第10話 初めての出会い(2)


「え、えっと…一人なんです…。」



「…一人?」


エレシアは焦って余計なことを喋らないようにギンの顔を見ずに下を向いて矢継ぎ早に話す。


「両親は…今不在なんです。基本は家にいなくて、一年を通して数回しか出会いません。」


「…一年に数回、なかなかそんな家族はいないはずなんだが、都市間を行き来するような職だとあり得ないこともないのか…」


ギンは私が話したことを簡潔に、簡略してメモ帳に書き留める。

字を書く音が鮮明に聞こえるほど素早く書いているが、ぶっきらぼうに書いているようには見えない。


「それで、生活品か何かを買うために都市市場の方へと出向いたわけか…エレシアちゃん、家の住所って分かる?」

ギンがメモ帳から目を離さずにエレシアに問いかける。


「わからないです。転々と家を変えているので……」



会話を一つ一つ繋いでいくごとに背中から変な汗が滴り落ちる。

都市の仕組みを全くわからないエレシアにとって、ギンとの会話は全てエレシアが思い描く都市の話でしかないのだ。



「都市転職か…それにしても子供だけを置いていくとは珍しい家族もいたもんだ…」


ギンはメモ帳に文字を書き終え、ペンをカチャカチャ回しながらメモ帳を睨みつけるかのように見続ける。

おそらく私の証言に矛盾点がないか、おかしな点がないかを一から見直して整理しているところだと思う。



不穏な空気が立ち込める中で、しばらくの間ギンが行うペン回しの音だけが部屋中に響く。

ギンはペンを回す手とメモ帳を読む黒目以外全く動くことがなく、それがまたエレシアに緊張感を与えてくる。


ギンがすぅーっと息を吸う。

その呼吸音さえもエレシアの恐怖心を沸き立たせるものだった。

次に繰り出される言葉によって私の次に取る行動が変わってくるのがわかるとより緊張して手先が震えだす。


「親は普段どんな感じなんだ?誰かに預かってもらったりするのが一般的だと思うんだけど、なんかそういうことを親が禁止してるとか?」



「いや…そんなことはないです。多分、預かってもらう分には親もありがたいと思うんじゃないでしょうか。ただ転々と住む場所を変えているので親しい人がなかなかいなくて頼りにくいんだと思います…。」



ギンは「そうか、確かにそうだね。」と回していたペンで追加の文をメモ帳に書く。

それからピタッと動きが止まったかと思うと、何か悩み事をしながら立ち上がって書類や本が横積みされている自分の机の前に立ち、そこから一枚の契約書のようなものを引っ張り出してくる。


「こんなものがあるんだが、どうだ?」

ギンはそう言いながらエレシアの前にある机に持ってきた紙をゆっくり置いた。


大きな文字を読んでみるとそこには『巡都市間取締官代行契約書』と書かれた紙だった。



「俺ら都市間取締官は基本的に行う任務があまりにも少なく、そのくせ国職だからって国からは結構お金が入ってくる。いい職だろ?」


「は、はい…」

エレシアはいきなり話し始めるギンに戸惑いながらも、話の続きを静かに聞く。


「だが、この職だけ異様に優遇されちゃあ都市に住む奴らだって不満がたまるだろ?だからその対策として俺らに与えられたもう一つの仕事がこれだ。」


ギンは自分の席からグイッと体をエレシアの方へと伸ばして紙を人差し指で強調するように指さす。


「こいつは簡単に言うと『なんでも屋』だ。やってほしい内容とその理由、条件があれば条件などをつけて俺ら都市間取締官に提出すれば、可能な限りその書かれた内容を仕事として俺らが行う魔法のような紙。」


そう言ってギンは常に持っているペンで紙の要望欄という枠に『子供の引き取り及び扶養』と達筆な文字で書く。



「俺は結構暇をしてる。エレシアちゃんとその両親がよければの話だが、両親が帰ってくるまでの間なら俺が引き取って養うこともできるが…どうだ?」



この契約はエレシアにとって大チャンスだ。

都市にきて一番問題視していた「家の確保」がすぐにできる。

それに加えて「養う」ということは食事をはじめとする生活に必要な行動を全て提供してくれるということ。

これから長い間都市にいるエレシアにとって最高のお話だ。



ただ、必ずしもこの契約がメリットだけのものではない。

この契約は両親が他の都市から帰ってくるまでの期間が有効期限、両親…お母さんから離れたエレシアには、お母さんがいつ帰ってくるのかなんて見当がつかない。

下手すれば一生帰ってくることはないのかもしれない。


そうなるとこれは嘘の契約になってしまう。


それも、一つの嘘がバレてしまうと芋づる式に私がドラゴン族だということがバレるのも可能性としてはあり得る…

都市間を取り締まっているギンにとって、伝説の存在であるドラゴン族が私であることがバレてしまったら国を巡る大混乱になることは間違いない。



大きなリスクを背負ってこの契約を受理するか、はたまたこの契約を破棄してほかの家探しから始めるか………



選択肢は二つだが、エレシア迷うことなく答えを出していた。


「契約します。これからお世話になります。」


いくら嘘をつくのが上手だとしても必ずしも真実を告げなければいけない時がやってくる。それまでに私がどのように生きて、どのような目的でこの都市に来たのかをギンに教えることができるのなら、最悪の場合を回避することができるかもしれない。



ギンにはこの先迷惑をかけるかもしれないが、いつかお母さんと対等に並ぶようになるためには国職をしてる人の動きを知るのも良い経験だと判断していた。

大きなリスクを背負いながら、エレシアはどうにか都市での生活ができるようになった。



「オーケー!じゃあここに自分の名前だけ書いてくれ。あとは俺が理由とか書くからよろしく。」


ギンはペンをエレシアに渡して電話をするために部屋の隅へと移動する。



エレシアはギンから貸してもらった銀色のペンで自分の名前を書く。

貸してもらったペンは他のペンと比べてずっしりと重く、シンプルで使いやすいペンだった。

……自分の名前、性格と掛けているのだろうか?


文字もカーバンクルにかけてもらった魔法のおかげで知らない間に習得している。

書きたい言葉を頭の中で考え、紙に書き出そうとするときにはすでに任意の語へと言葉の認識が切り替わっている。




「書けまし…た。」


契約書に名前を書いてギンの方を見るが、どうやら電話の相手と上手に話がついていないようだ。言葉遣いが多少荒い、少し揉めているのだろう。


ギンが揉めている間にエレシアはまだ慣れないギンの部屋を偵察するかのように確認する。


(質素な家具の色に、ところどころガラスで囲われた展示品のようなものがある……都市を取り締まる人だから貴重品とかを押収してるのかなぁ?どれも見たことのないものばかり。)


他を見渡すが、キッチンにも皿が積まれていることはなく洗濯物もベランダに干されている。

本当に男一人で済んでいるのだろうか?と思うほどに清潔感があって住みやすそうだ。




「わかった!わかったから切るぞ!」

ギンは電話主と早く電話を切りたいのか、早急に言葉を吐いて電話を切った。

そして一息ついてエレシアの方を向く


「あー、すまんすまん。ちょっとうるさかったな。契約書に名前書いてくれたか?」


そう言って私の前にある契約書を慣れた手つきで手に取ってソファにドカッと座る。



「…ふーん、人間なのにミドルネーム、そして全部カタカナ表記かぁ。なかなかに珍しいな、ハーフだったりするのか?」


軽い対話をするために話をふっかけてくるのかは分からないが、さっきから質問が妙に掘り下げてほしくないものばかり…

(このギンって男、だいぶ上の職についてるだけあって感がいいのね…)


あまり聞かれたくはなかったところを正確についてくる。

まだいろいろな人と関わったことがないが、おそらくギンは私にとって少し苦手なタイプなんだろう。

エレシアはその時初めて相手との相性を知った気がした。



「お父さんが他種族でミドルネームがあるんだと思います。…ですが私はお父さんを知りません。お母さんだけに育てられてきたので…」


今の話、一部は本当だ。

私が覚えている記憶の中にはお父さんの記憶はない。

会ったことがないだけなのか、会っているが記憶にないだけなのか、私にはわからない。



「そうか。これ以上の質問は辞めておくよ。そうズカズカと家族間の話に首突っ込まれるのは嬉しくないよな。」


「いえ……まぁ、…」

確かにギンの言う通りなのだが、自分が思っていることを相手が瞬時に汲み取って気を遣わせるのはなんだか申し訳ない気がした。

エレシアはどう反応していいかわからず苦笑いをしながらその話を切り上げた。



内心少し話がうま過ぎて信じられない自分もいるが、今の私の責任は私が取らないといけない。


それを理解した上での承諾をギンにしたんだ。

それを心に留めてエレシアはまた一歩大人へ近づいたような気がした。

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