第18話 森のお仕事(2)

クレーターのような場所の中心部分に立派に聳え立つ大樹の中に行くために降り階段をひたすら降りる


ここには他種族用に階段が造られているので本当に外部と接触がないわけでもないことがわかる。



エレシアは階段を降りながら中心部分の大樹を見つめる。


大きな幹に綺麗な苔草の芝生、都市が他種族のために作ったとはいえ大自然そのものと何一つ変わらないそこの光景にエレシアはついうっとりとしてしまう。

たくさんの妖精が飛び回り、競走したり喋ったり…見ているだけでも心が癒されていく。



「エレシアちゃん!ここ、結構雰囲気いいでしょ。私はここから外に出たことはないからわからないけど正直ここよりも暮らしやすい場所なんてないんじゃないかってほど立地条件がいいと思うんだけど、どう?」


うっとりしているエレシアを見てすかさずプルピィが話しかけに来る。


「うん…とても住みやすそう。空気も綺麗で水も、食べ物も、とても美味しそう。」


「でしょでしょ!こんな自然地球に来る前にはなかったなぁ。木は細くて弱々しいし、他の種族が森に入ってくるから私たちの居場所はどんどんなくなるし、こっちの身にもなれってんだ!」


プルピィは感情激しく過去話をする

ただエレシアにとっては聞きたい話でもあった。


「ここに来る前はこんな自然なかったの?」


「そうなの!私たちシルフとかエルフ、ニンフとかはこういう空気の澄んでいる大自然の中でしか生きられないの。前にも森から少し出たことのあるエルフとかドリアードがいたんだけど全員病弱になっちゃったりして大変なんだよ…」


地球で生まれて地球で育ったエレシアにとって、異種族が人間族と合流する前の世界の事は何も知らない。

その中でこうやって話を聞けるのはとても良い知識になる。


本当は異種族がどのような経緯で地球という星に空間転移してきたのか、どうやってこの世界を統治したのかを色々と聞きたかったのだが、下り階段も終わりが見えてきたので私は話題を振るのをやめた。



「やっとついたか…相変わらず長ったらしい階段だったな。」


随分と長い階段を降りたその先には広大な緑の苔芝生からなる地面が広がっていた。

階段から地面に降り立った瞬間、フワッと地面が私を包み込むかのような感覚に襲われる。

原理はわからない。沈んでいるようにも思えるが足を上げても沈んだ形跡が見られない。


「…すごいふわふわな地面。」


足踏みをするごとに苔の芝生がふわふわとした反発力を出している。



「最初はすごく違和感だが大樹の中に入れば問題ない。とりあえず大樹の方まで歩くぞ。」


そう言ってギンは慣れた足取りで大樹の方へと進んでゆく。


「わっ…わわっ!」


エレシアも初めての感覚に戸惑いながらもギンの後を追いかけていった。




階段を降りた場所から数メートルしか離れていないにもかかわらず、初めての地面を歩く感覚にまた違った筋肉が使われてとても疲れる。


なんとか大樹の前まで来れた頃には、エレシアは汗でぐっしょりになっていた。



「エレシア…大丈夫か?」


汗をかいてヘトヘトになっている私に気がついたギンは私を心配するが、その汗一滴も垂れていないケロッとした顔がなんだか腹立たしい。



「大丈夫…たぶん。」

私はギンに対する腹立たしい気持ちと、疲弊した体を誤魔化すようにはにかんで答えた。


「ここからは木の中だから変な感覚はない。だが、ここからまた一番上まで目指さないといけないから少し休んでいくか。」

そう言って上を見上げる


何メートルあるのだろうか…

その立派に聳え立つ大樹の、一番上に行かなければならないらしい。


エレシアは額から汗を垂らしながら、半ば絶望して上を見上げるのだった。


「とりあえず入ろう。ここじゃあ居心地が悪い。」


そう言ってギンは大きな大樹の中に入っていった。

エレシアもギンの後に続いて入ろうとした時、ずっとギン達の後をつけてきたプルピィがエレシアの異変に気づく。


「え!?エレシアちゃん、汗すごいよ!体も疲れてそうだし、私が手当てするよ!そこから療養室まで案内するから、とりあえず行こうよ!」


プルピィはエレシアを確認して、その都度「こっちこっち」と合図をしながら誘導してくれる。


私はプルピィに従って大樹の奥の部屋へと歩いていった。







「エレシアちゃん、だいぶ疲れ切ってるね。やっぱり初めてだとあの地面は癖者なのね。私は宙を浮いてるからあの苔地面なんとも思ってなかったけど恐ろしいわ…」



エレシアはフワフワと可憐に飛ぶプルピィの後を追って、療養室に設備されてるには少し小さく感じるベッドに案内され、そこにエレシアを座らせた。


療養室は思った以上に涼しく、窓も見当たらないのに明るくて風通しが良い。

そんな不思議な空間に疑問を感じながらあたりを見渡しているとプルピィから何かを渡される。



「これは?」

渡されたのは液体の入った小瓶だった。


「それは疲労感を軽減する薬。簡単にいうと回復薬よ。基本的にシルフやエルフ達は『マナ』っていう自然の力を使って魔法を使うことができるの。今渡したやつはそんな魔法で作った回復アイテムなの。」



「へぇ〜これが回復薬…」

エレシアは初めての回復薬に興味津々、もらったボトルを様々な角度からまじまじと見つめる。

特に光ったりキラキラしたりする様子はない。強いて言えば薬の色が半透明の薄い赤紫色をしているくらいだ。


「さぁ!グイッと飲んでみて!味とか見た目とかを捨てた分効果は絶大だと思うから!」


エレシアはなんだか胡散臭い気もするが、魔法というロマンの塊を信じてグイッと小瓶の中身を流し込んだ。


始めはとてつもない苦味が口の中に広がったが、その後一気に無味になる。

飲みやすいように作られていないので苦味は強烈だが、後味に残らないように最後は無味にしてくれたんだろう。

無味になったので意外と飲みやすく、そのままグッと飲み込んでしばらくすると即座に効果が現れてきた。


疲弊した体は体力を取り戻し、血の気が引いて白くなっていた顔色にも赤みが戻ってくる。


「何これ、さっきまで疲れてたのに体が軽い…」


「効果テキメン!実はそれ、私が作ったんだ〜。」


魔法が本当だと渡った瞬間、エレシアは食い気味でプルピィに話しかける。



「すごいね!やっぱり魔法ってすごいよ!『マナ』だっけ、それを取り出して使えば私も魔法が使えちゃったりするのかな!?」


いきなり魔法の話に食いついてきたエレシアに若干戸惑いながらもプルピィが答える。


「うーん、違う…かなぁ、マナは自然の恩恵を受けた種族のみが使える魔法の素だから、エルフとか…『妖精』とか『精霊』って呼ばれる種族しか使えない気がする。エレシアちゃんが魔法を使えるようになるためには他の方法になるかなぁ。」


「そうなんだ…」


あからさまに落ち込むエレシアを見て、どうにか機嫌を元に戻そうとしたプルピィがせかせかと話す


「でも、私たちはマナによって物とかそういう『対象物』に魔法をかけることができるから、魔法が使えない人でも専用の用具を身につけたりすれば、ちょっとした魔法とかは使えたりすることもできるよ!」


そう言ってベッド隣の引き出しを漁り始める。

「確かここに…あれ、どこにやったっけ。」


喋りながらあちこちの棚を漁り、持ってきたのは可愛らしいブレスレットだった。


「多分これ!いつかは忘れたけど『物』に付与する魔法を練習するために使ってたブレスレットだと思う!最後にどんな魔法を付与したのかわからないけど、よかったら使ってみて!」


そう言ってプルピィから綺麗なブレスレットをもらった。


シンプルで可愛らしいデザインに所々見たことのない透明な宝石が埋め込まれている。

魔法が付与されているはずなのに市場で出回っているアクセサリーと見た目はそう対して変わりない。


「これをつけると魔法が使えるの?」


そう言ってエレシアは貰ったブレスレットを左腕につける。



邪魔にならないちょうどいい大きさで、見栄えも悪くない。



「おそらくはね。実践したことはないけどそのブレスレット、結構いろいろな実験に使ってたから三種類くらいは簡単な魔法が打てるんじゃないかな?」



エレシアが左手をバット突き出してプルピィの方に向け、「やぁっ!」とハリのある声を出して魔法を使おうとする。


「きゃぁあ!」

プルピィが悲鳴をあげて自分の身を守ろうとするが、特に何も起こらない。


「あれ、使えない…」


「ちょっと!いきなり私に向けて魔法を使おうとしないでよ!それでもしビームとか、爆発弾とか、そんなのが出てきたらどうするつもりだったのよ!」



エレシアは「ご、ごめんね…」と、はに噛みながら謝ってしてその場を和ませようとするが、プルピィは意外と本気で怒っている。

どうやら生半可な考えで魔法を使おうとしたのが悪かったらしい。


「魔法は何もかもが安全なわけじゃないの!今みたいにどんな魔法があるのか知らずに使ってしまって暴発するなんてことはザラじゃないわ!今みたいなことは絶対に!やらないようにすること!いいね!?」



結構本気で怒られて、エレシアも深く反省する。

魔法を使いたいという欲が、一歩間違えれば大惨事になるところだった。



「まぁ、魔法と縁がなかった人からすれば魔法を使ってみたいって気持ちは分かるんだけど、初めて使う魔法とか物に付与されている魔法を分析したりとか…そういうことをするときは周りに誰もいない場所、あるいは近くに魔法が使える人を用意しておくことが大切!」


プルピィからの手厚い注意喚起を聞いて、さっきやってしまった行動は本当に危ないことだと分かってさらに気持ちが凹む。


エレシアが明らかに凹んでいるのを読み取ったプルピィはすかさずフォローを入れる


「でも、渡した時に魔法の説明をしなかった私も悪かったわ。エレシアちゃんだけのせいじゃないからそんな落ち込まないで。魔法を使えることはちょっと得した気分にもなるし、いち早く使いたくなるのもわかる。魔法を使う時はギンと一緒に使ってね。」



エレシアはプルピィに叱られたことで少し涙ぐんでいたが、これも経験の内と心の中で何回も唱えて涙をぐっと堪えた。




「エレシア大丈夫か?体調は治ったか?」


二人のやりとりを全く聞いていないギンが様子を見に療養室に入ってきた。

ギンは二人が何も喋らないのを見て怪訝そうな顔をする。


「…どうした?二人揃って反応なしで。俺が見えてないフリでもしてるのか?」


ギンが話しかけても二人とも返事をしない空間に、最初は顔が明るかったギンも次第に表情が曇っていった。


「なんだ、お取り込み中か?」


とりあえず何が起こってこんな雰囲気になっているのかを知るためにギンはプルピィに質問をしながら療養室にズカズカと入ってくる。

重たい空気が外部からの干渉によって悪い方向へと傾いているような気がした。


ギンはただ普通に状況を知りたかっただけだと思うが、部屋の雰囲気も相まって怒っているように聞こえる。


ギンは二人に近づき、プルピィに目線を向ける。


「私!?私は何もしてないわ!ただエレシアちゃんを回復させるために薬を飲ませただけで…」


ギンはプルピィからエレシアの方に目を向けるが、エレシアは涙を堪えることに精一杯でギンと目を合わせずにプルプル震えていた。


「薬を飲んだんだよな…本当に大丈夫か?」



小刻みに震えているエレシアに対してギンは余計に心配する。

涙を堪えるのに必死なエレシアはギンと目を合わせず、言葉も発することなくコクリと一回頷いた。



ギンは明らかにおかしな二人の言動に違和感を覚えたが、今話を深掘りしても面倒なことになりそうだったので一旦話を中断させて喋り出す。


「ここで何があったのか俺には知らんがそろそろエルフのところ行くぞ。早いうちに帰らないと色々面倒だからな。」


ギンはそれだけを伝えると「準備ができたらエントランスまで来てくれ。」とだけ言って療養室から出ていった。



プルピィとエレシア、また二人だけになった療養室は、静かで重たい空気が漂っていた。


「…それじゃあ私、ギンに呼ばれたから行くね。」


エレシアは目に溜まっていた僅かばかりなる涙を手で拭って話す。


プルピィはギンに勘違いされている気がして相当なショックを受けて放心している。

よほどギンのことが好きなんだという気持ちと、同時に申し訳なさがエレシアの胸の中で広がった。



「ブレスレットありがとう。あと、回復薬も。私はまだ魔法とか、この世界の成り立ちとか、そういうことを全く知らないけれど、それと同時にこうやって悪いことはダメってちゃんと叱ってくれる友達もいなかったの。」



いつもならここでプルピィが割り込んで話をしてくると思っていたのだが、今回は何も言わずに私の話を聞いている。



「プルピィには悪いことをしちゃったって思ってる。魔法が使えない私のためにブレスレットをあげて、何も考えずに魔法を使おうとした私のために叱ってくれて、私はそんな経験を一回もしたことがなかったからちょっとビックリしちゃったの。」


プルピィが何かを喋ろうと口を開くが、話し始める前にエレシアが続けて話す。



「だからね。嬉しかった。これが友達なんだなって思ったの。お母さんが教えてくれた『本当の友達』がやっとわかった気がするの。だから———」


エレシアは勢いよく顔を上げてプルピィを見る。


「私と…友達になってくれないかな。」



予想外の話にプルピィはしばらくの間動かずに硬直していたが、やがてフフッと笑ってエレシアの周りを飛び回る。



「そんなの、もうとっくに友達でしょ?本当の友達は、知らない間に出来てるの。」


プルピィは何周か回った後にエレシアの目の前に止まる。

綺麗な黄緑色のロングヘアーがふわっと靡く。


「早く言ってきなさい。エレシアちゃん。ギンが待ってるわ。」



その優しい口調は今まで聞いたことのない『優しさ』のこもったしっとりとした声だった。


エレシアはベットから立つとそのまま駆け足で療養室を出る。


「プルピィありがとう!これからもよろしく!」


元気になって走ってゆく背中を、プルピィは手を振って送った。









(友達…かぁ。)


久しぶりに聞いたその言葉


なんだか少し心恥ずかしくて背中がムズムズするような甘酸っぱい響き



(初めてかも。私と友達になった人。)


今までの記憶が走馬灯のように蘇る

(お前うるさいな。——あんたがいると私たちの会話が弾まないの。——黙ることはできないの?———)




そんな記憶を全て心の奥にしまって、今はエレシアの『友達』という言葉の響きを思い出す。



「ありがとう。エレシアちゃん——」


自分も救われた身であることを片隅に置いて、一人残った療養室でプルピィは静かにつぶやいた。


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