dragon's history〜ドラゴンズ・ヒストリー〜
赤坂 蓮
過去編
第1話 ドラゴンの子供エレシア
カドモス暦元年
人間世界は古くからドラゴンという存在を崇めて御加護を得ていた。
だが、信仰が薄れ人々の記憶からドラゴンとの関わりが途切れた頃、突如として伝説として語られていたドラゴンを代表とする異種族の住む世界と人間世界が時空変動により偶然的に繋がった。
これにより、人間世界には沢山の異種族が入り混じってしまった。
長い間お互いに交差することがなかった世界線が突如として繋がったのだ。
異種族側は平和的解決を求めたが、人間は突然の出来事を『異種族の侵略』として無差別攻撃を開始し、銃火器で戦いに挑んだ。
結果は言わずもがな人間側の大敗で幕を閉じた。
人間側から始めた抗争は見事な返り討ちにあい、人類の絶滅寸前まで追い詰められた。
人間側は異種族に屈服し、地球ごと異種族に譲り渡すことを決断した。
自ら上下関係を作り上げ、自分たち人間という種族を一番下に置くことで全滅を免れようとしたのだ。
だが、ドラゴンの長であり異種族の代表である『カドモス・ドラゴン=アーレス』はこれまでの人間の行いを全て許し、互いの意見を尊重した。
人間と異種族が平等に、そして平和に暮らせるようにと世界規約を制定し、また人間側と異種族側の両方から各十名の最高導司令官を選び、国を異種族と人間1人ずつで治めることで大陸を10カ国に分断した
こうして歴史に大きな変動をもたらしたこの日から新たに暦が作られ、カドモス暦と名付けられた。
人々は異種族の許しを経て共生の道を選び、お互いに平和な日々が訪れたのだ。
その後、世界の王として人間側、異種族側からも讃えられたドラゴンは世界から姿を消し、この話もまた伝説の神話となった。
これはそんな人間と異種族の共生する世界で起こる、一人の少女の物語である。
ドリグアラ王国の深い森で、二人はひっそりと暮らしていた。
空気は嗅覚で美味しさがわかるほどに澄んでおり、木漏れ日が緑の大地に注ぎ込まれる。
若緑が世界を優しく包み込み、苔むした岩があちらこちらで顔を出している。
「お母さん!見てみて!おっきいキノコ取れた!」
幼い女の子、『カドモス・サブド=エレシア』は長く赤い髪を泥で汚し、大きなキノコを持って裸足で勢いよく走ってくる。
身長はまだ一メートルもない小さな体に対して髪の毛は割に合わないほど長く、幼い子にしてはとても元気に走り回る。
「面白いものをみつけたのね。エレシア。」
森の奥から太く大きな声が地面を震えさせながら伝わる。
うめき声にも聞こえるが、その声はちゃんとした言葉として理解できる。
エレシアが走っていくその先には赤い毛並みを持ち、根本から先端にかけて赤黒く光沢のある鱗を一つずつ持つ巨大なドラゴンが森の奥深くで佇んでいた。
ドラゴンの佇む森の周りは大樹の前方を中心に木がひとつも生えていない空間があり、森の中で唯一巨大な穴が空いたように木が生えてない場所になっている。
「お母さん、またその格好なの?ここだと木が邪魔にならない?」
エレシアの言葉に反応してそのドラゴンはガフっと一息大きな鼻息を鳴らして「…そうね。」と言いながら上を向く。
ドラゴンの顔、体、尻尾、
それぞれがどんどん縮んでいき、最終的にはエレシアと同じ赤い髪をした人型の姿に変わった。
スラっとした体型に綺麗な赤色のロングヘアー
首元や瞳の構造などは、若干ドラゴンの要素も入っているが、姿形としては人間そのものだ。
「お母さん!」
エレシアはお母さんの方に勢いよく向かっていき、そのままお母さんに抱きついた。
「元気がいいわねエレシア。今日も何か見つけたの?」
お母さんの声はさっきのドラゴンの時の声とは違い、優しく透き通るような美しい声をしている。
「あのね!おっきいキノコ見つけた!あと、カーバンンクルと一緒に遊んだよ!」
「これは…ヨカケナシね。サイズもいい感じだし、今日はこれを使ったご飯にしてみる?」
「やったぁ!」
お母さんの提案にエレシアも喜ぶ。
「ただし!川でご飯に使う水を汲んでくるついでにその身体中についている泥も洗い流してきてね?」
エレシアはお母さんから深い木の皿をもらい、「行ってくる!」と元気に川まで走って行った。
小さな道を進んで小石を飛び渡り、毎日のように通う川への通路をエレシアはリズムをとりながら進んで行く。
目的地の川で自分の髪の毛についている泥を落とし、お母さんから受け取った深い木の皿に水を汲む。
鮮やかな赤色の髪の毛は水に濡れると色味が一層深い真紅へと変わり、木漏れ日を反射して綺麗な色を放っている。
エレシアは川の近くの木になっている木の実を帰るついでに取ってお母さんの元へリズム水をこぼさずに足速で帰って行った。
お母さんは大樹の根が張り巡らされている場所に掘って作った地下倉庫から肉を取り出し、エレシアがあらかじめ用意してくれていた木製の鍋に入れる。
ちょうどいいタイミングでエレシアも帰ってきて、ご飯の支度が始まった。
石で遠景の窪みを作り、川の近くで拾った乾いた木を集めて窪みの中に入れ、そこに枯れ草を乗せる。
「お母さんいつもの!」
エレシアが急かす
お母さんは「はいはい…」と言いながらポーチに入っている葉っぱを一枚取り出してそれを口の中に放り込む。
エレシアが目を輝かせて待っている中、口をモゴモゴさせた後に口に手を添えて、集めた木に向かってゆっくりと息を吹きかける。
お母さんから吹きかけられた息の中に火種が混じって出てきて枯れ草に引火し、見事に焚き火を作った。
「いつみてもお母さんのその技には惚れ惚れしますなぁ…」
渋いおじさんの声を真似ながらエレシアは肉の入った木の鍋を火にかける。
鍋用に使う木の鍋には耐熱性のある樹脂が塗られていて、火にかけても燃えることはない。
川で汲んできた水を鍋に入れて、温まるまでしばらく待つ。
広大な大自然の中で蘇鳥たちのさえずりがあちらこちらから音を奏でるように聞こえてくる。
「そういえばエレシア、今日カーバンクルと出会ったの?」
お母さんが優しい声で話しかける
「そうなの!水色の子と、黄緑の子、赤い子もいたよ!みんな可愛くてずっと見てられる!」
「そうね。あの子たちは警戒心が強くて懐くことなんてそうそうないのに、エレシアは何か特殊な力でも持ってるのかな?」
「持ってる!みんなと仲良くなれる不思議な力を持ってるの!」
「いいわね。それじゃあ大人になったらみんなをまとめるリーダーになれるわね!」
お母さんとの話をしている間に鍋の水がお湯へと変わり、いい感じに沸騰してきたのでそこに辛味のあるヒリガンの種をすり潰し、エレシアが取ってきたキノコと一緒に入れる。
「私の取ったキノコ!どんな味かなぁ」
ワクワクするエレシアを見て微笑みながら「もうちょっと待っててね。」と言ってお母さんは新しい木の皿にカナボシの実という甘い果実を盛り付ける。
エレシアが川の近くで採ってきた木の実だ。
鍋の具材も満遍なく火が通り、二人で鍋のものを取り分ける。
肉はひとつづつ、キノコはエレシアの器に多めに入れる。
ほくほくと上に登る煙がいい香りをつれて上へ上へと登っていく。
その匂いにつられるようにエレシアも鼻を上へ上へと伸ばしながら匂いを嗅いだ。
とてもいい匂いに涎が少し垂れてしまう。
お母さんが鍋の具材を全て取り分け、エレシアに器を渡す。
「じゃーん!アーレス特製キノコスープ完成!」
肉とキノコの入ったスパイシーな香りがするスープ。
「おぉ!お母さんすごい!食べていい?」
エレシアは目の前にした絶品料理によだれを垂らしながら聞く。
「いいわよ。ゆっくり食べなさい。」
お母さんの合図とともにエレシアは「食べるぅ!」と元気に声をあげて一気に肉にかぶりつく。
両手で肉を掴んで引っ張りながら分厚い肉を噛み切る。
熱々の肉を素手で掴むがドラゴンの血を受け継いでいるので皮膚が分厚く、熱さをあまり感じない。
エレシアは一心不乱に目の前にある鍋の具材を食べる。
自分が取ってきたキノコも気になり食べてみるが、独特のクセもなく食べやすい。
エレシアはしばらく食べることに夢中で黙々も食べ続けた。
「そんなに美味しかった?それなら成功ね。今度ヨカケナシを見つけたらたくさん取っておきましょう。」
「私、キノコたくさん生えてる場所知ってるから今度一緒に行こうね!」
どんな時も元気に反応するエレシアにお母さんはほっこりしながら、二人は楽しくご飯を食べた。
いつでも優しいドラゴンのお母さん
豊かな森に囲まれて何不自由なく、楽しく二人で暮らしていた。
何日も…何週間も…
ただ、
時が過ぎれば知識が増える。
好奇心から色々なことを知りたくなる。
「お母さんはこの森から出たことある?」
大きな葉っぱで作ったベッドで横になってる時、エレシアは素朴な質問をお母さんに投げかけてみた。
エレシアも人間の年でいえば十歳、色々と知識を欲しがり、自分で実際に得た知識を活用するほどに成長していた。
「行ったことあるわ。」
お母さんは星の輝く夜空を見上げながら話す
「ここはね、ドリグアラ王国っていう国の中にある深い森なの。でも国の中っていっても森に住む人はあまりいないわ。いろいろな種族が自由に生活できる場所は『都市』というところにあるの。都市に行くと森で見る景色とは大違い!たくさんの人がいてとても賑やかなのよ。」
エレシアは「ほぉ、それは興味深いですなぁ…」と、お得意の渋いおじさんの声真似をしてお母さんの話を聞く。
いつまでも可愛らしい反応をするエレシアにお母さんもフフッと微笑む。
「でもね、まだエレシアには早いかな。」
「え!?なんで!?」
エレシアはガバッと起き上がって悲しそうな顔でお母さんを見つめる
「都市部に行ってみたい」という気持ちと、それを否定されてしまった悲しい気持ちが混ざりながら感情として顔に出ている。
「そうね。エレシアはまだ子供だし、もう少ししたら行けるかもね。」
「もう少しっていつの話?一週間後?それとも明日?」
もう少しの期間が短いことにお母さんは「そんなに焦らないの。」と微笑みながら話す。
「そうね…二年後ならどうかしら。エレシアは人間でいう十二歳になるの。そしたら都市の方に行ってもいいかもね。」
「本当!?でも二年後かぁ、なんだか長く感じるなぁ…」
木々の隙間から吹き込む風が葉を揺らし、ザザザと小さく音を立てる。
夜空を覆う数多の星と程よい光を放つ惑星『アマスター』が、エレシアとお母さんにスポットライトを当てるかのように光を放つ。
「そう?私は二年が長いとは思わないわ。小さくて元気いっぱいだったエレシアだって先月のことみたいに感じられるし、今じゃこんなに大きくなっていい子に育ったもの。二年なんてあっという間に過ぎるわよ。」
二人で綺麗に澄んだ夜空を見上げる。
大樹から伸びてきた葉っぱの奥に見える夜空は黒を数多の星で光らせて綺麗な色を作り出す。
「あと二年かぁ…二年経ったら私は立派な大人になるの?」
「都市に一人で行ってみないとね。都市にはまだエレシアが知らないことたくさんあるの。都市に行っていろんなことを学んだらら立派な大人になれるのよ。」
そう言ってお母さんはエレシアの方を見る。
エレシアもお母さんの方を見て、二人でクスクス笑う。
「私、いい大人になるね。」
「ええ。立派に育ってね。」
二人見つめあった状態で、
エレシアはゆっくり眠りについた。
隣で気持ちよく寝ているエレシアをみると、お母さんは眠れなかった。
(もうそろそろよね。悲しくなっちゃうけど、あと二年が限界…もう都市のことに興味を持ち始めるほどに成長したのね。)
ぐっすりと眠るエレシアの頬をゆっくりと撫で、お母さんは安堵の微笑みを浮かべる。
エレシアは楽しい夢を見ているのか、ムニャムニャと小声で何かを話しながら気持ちよさそうに眠っている。
(二年後、あなたは一人で生きていくのよ。でも心配しなくていい。きっと立派な大人になってるわ。)
お母さんは固い意思を決めて、眠りについた。
あと二年間
それが、エレシアといられる時間なのだ。
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