第19話 森のお仕事(3)
「ギンさん!準備できたよ!」
沢山のシルフ、ニンフが行き交うエントランスのソファに一人、ギンが顔にリュックを乗せて寝ている。
エレシアが駆け寄ってリュックを退けると、ギンが目をしょぼしょぼさせながら起きる。
「ギンさん…療養室から出てそんなに時間経ってないのによくそんなに爆睡できるね。」
驚きながら聞くエレシアに、ギンは頭をかきながら大きなあくびを一回する。
「俺は寝坊助だからな。一秒でも睡眠ができそうな時間があれば寝るぜ。」
そう言ってエレシアに親指を突きつけて眠そうな顔でグッドサインを送るのだった。
それからゆっくりと立ち上がって服を整え、リュックを背負ったギンは「こっちだ。」と言いながら足早に階段の方へと向かう。
エレシアもギンの跡を追うように階段の方へと歩いていった。
階段は大樹の内側ギリギリに作られており、大きな螺旋階段状になっていて幅は十分にある。
人間以外も通れるくらいのスペースが確保されているので来客は少なからずいると考えれる。
近くで大樹を見た時でも大きいと感じていたのだが、中に入ってみるとより大きさが感じられる。
普通ではない、規格外の大きさだ。
「あ!ギンじゃんやっほー。」
すれ違い様にニンフがギンに軽く挨拶し、ギンもそれに対応して手を振る。
「ギンじゃん!久しぶりだね〜。これあげる〜」
「私のも受け取ってよ!はいこれ。」
「ギン様もう…最高!これあげちゃう!」
「尊過ぎて死にそう…」
すれ違うごとにニンフ達がギンにどんどん小瓶やら宝石、食べ物を渡す。
まるで有名人みたいだ。
貰ったものをリュックにしまっているとギンの前に人影が覆い被さった。
「ギン!久しぶりだな!」
一番最後にやってきたのは元気のいいドリアードだった。
木の枝のような角に緑髪のショートヘア、人の姿をしていて露出度の高いセクシーな木の葉のドレスを着ている。
ギンは人影を見上げてドリアードの方を見る。
「お、ドルフじゃねぇか、久しぶりだな。」
ギンも面識があるらしく、一度階段で立ち止まって話し始めた。
「お前がここに来るの久しぶりだな。しばらく見ない間にお前の評判うなぎ上りだぞ。」
「なんでそうなってるんだか…別に俺は何もしてないしただの仕事でここに来てるだけなんだけどなぁ」
どうやら本当にエルフの中で、ギンは人気者らしい。通り過ぎたエルフ達の話を聞いているとイケメンだとか美しいだとか…人気基準がアイドルそのものだ。
「ウチの生徒からいろんなものもらってんじゃん。カツアゲはよせよ。」
「カツアゲなんてしてねぇよ。すれ違うごとに貰ったんだよ。……これヤバいやつじゃないよな?」
ギンが沢山貰った小瓶の中から黄緑色の液体が入っている小瓶をリュックの中から手に取って眺める。
するとドルフは自身ありげに声を張って答えた。
「安心しな。今日ウチの生徒達が頑張って作った補助薬だ。どんな効果にするかは自分たちで決めさせたが、必ずいい効果になるようにあらかじめ液体に条件下魔法をかけてあるからな。」
(生徒…ってことはこのドリアードさん、教師なのかな。)
昔お母さんから知識を学ぶことができる『学校』というものがあるということを聞いたことがある。
生徒が知識を教えてもらう側で、教師がみんなに知識を与える側。
沢山身につけている知識をみんなに共有してみんなの知識を増やしていく。
そんな場所があることを聞いてはいたが、実際に教師、生徒と出会ったのは今日が初めてだ。
「それにしても俺が前来た時よりも生徒数が増えたか?」
「そうだな。ここ最近増えてきているらしくて私的には嬉しいばかりだ。せっかく芽生えた命なんだから、私が全力を尽くして立派な精霊に仕立て上げないとな。」
ドルフは自信満々に話す。
その立派な人柄にエレシアは心を打たれた。
「それじゃあ私もう行くから、これ良かったら使ってな。」
そう言ってドルフはギンに少し大きめの瓶を渡して階段を降りていく
不透明のピンク色をした液体が中に入っている。
「おい、こいつは何の効果がある?」
ギンが聞くとドルフは足を止めることなく応えた。
「テンプテーション。女を魅了するにはうってつけのもんさ。あんたもいい歳してるんだから、そろそろパートナーでも見つけな!」
ドリヤードは楽しそうに声を弾ませて階段を降りていった。
「あんの野郎…」
ギンは怒りながらも、どこか嬉しそうな表情をしていた。
階段を上り始めて五分ほどが経過した。
二階にある教室を超えて三階の大広間もスルー、現在四階を通り過ぎたところまで登り続けている。
単調に登っているだけだがエレシアにとってはそれが逆にキツい。
(段差がバラバラだったり遊び要素があれば楽に登れるんだけどなぁ…)
道が整備されていない山道を通るのは得意だが、階段のような整備されていて一定のリズムで歩かなければいけない場所はエレシアにとって分が悪い環境でもあった。
「大丈夫か?後もう少しだが、キツかったら言ってくれ。」
ギンの優しい気遣いに私も「大丈夫!」と残りの力を振り絞って一段一段登っていく。
五階、六階を過ぎてとうとう頂上の七階までやってきた。
その頃にはもう体力は底を尽きていて、今にも膝から崩れ落ちそうになるほど力が入らない状態になっていた。
「相変わらず長ったらしい階段ばかりだよな…魔法が発展してるなら少しは文明開花してくれたっていいのに。」
ギンがブツブツ文句を言う後ろで、エレシアは何とか登り切ったことの達成感で力が抜けて思った通りに体が崩れ、そのまま地面に仰向けで寝転がってしまった。
「おい、エレシア大丈夫か?」
ギンが心配してエレシアの方に駆け寄る。
エレシアは「大丈夫〜」と言いながらギンに向かってVサインを送るのだった。
静かな空間で、ギンは私の体力が回復するのを待ってくれた。
空気中に漂う安らかな木材の香りがエレシアの疲れを癒していく。
静かな空間の中で私はギンと新しい世界にいる———まだ見たことも聞いたこともなかった新しい世界だ。
お母さんがいなくてもここまで懸命に生きていると思うとなんだか自分が誇らしく感じる。
「そういえば、療養室にいた時プルピィと喧嘩でもしたのか?」
ギンが独り言を呟くように質問した。
どうやらギンも少しはあの深妙な空気に疑問を持っていたらしい。
私は包み隠すことなく全てを打ち明ける。
「…私ね、魔法を使えるのを見るとどうしてもそれに憧れちゃって、魔法を使ってるのを見るとあまりいい気分にはなれなかったの。魔法が使えるギンやプルピィにも、正直ちょっと嫉妬してた。」
ギンがキョトンとした顔で何かを言いたそうに見つめてくるが、私はそれを無視して話し続ける。
「だからね、ちょっと無理なお願いをしてプルピィに魔法が付与されたブレスレットをもらったの。どんな魔法が使えるのかはプルピィもはっきり覚えてないって言ってたけど、私はとにかく魔法が使える状態が嬉しくて…魔法が使えるのかなって思ってどんな効果なのかも知らずにプルピィに向けて魔法を使おうとしたの。」
そこまで静かに聞いていたギンが笑いを堪えるような声で話に割り込んでくる。
真剣に話をしていたのにギンの反応を見るとなんだか無性にイライラする。
「そんなことだったのかよ…なんだ、心配して損したじゃねぇか。」
その他人事で無責任なギンの姿がどうも私には合わない。
エレシアはムッと顔をひきつらせて怒った。
「そんなの!魔法を使える人には使えない人の気持ちなんてわからないでしょうね!」
いきなり牙を立てるかのように怒り出したエレシアに対してギンは補足で話す
「魔法が使えないことに対して笑ったんじゃねぇ、俺が笑ったのは魔法の効果の話だ。基本的にマナで使える魔法の中で優れているのはアシスト系と治癒系、特性系の三つ。プルピィがもし攻撃系の魔法を知っていたとしても付与するほどの高度なことは出来ないと思うぜ。」
そう言ってギンはエレシアの左手を握って手首についているブレスレットを眺める。
ブレスレットはギンが左手を握ったことで光を放ち、小さな音でウォンウォン鳴る
「…魔法の特徴から考えると三つだな。『リペム』『パラポワ』『プロリエイト』あたりの魔法だろう。」
名前を言われてもピンときていないエレシアに対してギンが名前を挙げた魔法を一から説明する。
「『リペム』は基本的に対象者の治癒能力促進の魔法だ。これは付与効果だから対象者が魔法を使えないとしても効果をつけることができる。ただその対象者に治癒能力がなければ何も始まらないからそれを頭の片隅に入れておくこと。」
エレシアはギンによる魔法講習会を念入りに聞いた。
「次に『パラポワ』だな。これは自分の魔力を高める魔法だ。例えば…エルフ達はマナを使って魔法を使うが、マナにも濃い・薄いがある。その『濃い』マナを作り出せるのがパラポワだと思ってくれていい。もちろん、マナが濃い方が大きな魔法が使えるものだと考えてくれ。」
「そして最後だが…『プロリエイト』はなかなかに強力な魔法だ。効果としては自分が強く欲しいと願ったものを取り寄せる能力だ。ただこの魔法は扱いが悪い。大きさによっては自分の魔力を使いすぎてしまうことだったり自分が一度見たことのあるものしか取り寄せれない。そんなところかな。」
ギンが一から十まで全て教えてくれた。
エレシアは改めてプルピィから貰ったブレスレットを見る。
ブレスレットは光を反射させ煌びやかに存在感を出している。
「…これ、魔法の内容はわかったけど、使い方とか知らないし、どうやって使うの?」
「使い方って…難しいことを言うなぁ」
ギンはエレシアからの質問に頭を悩ませながら渋い顔をして言った。
「そもそもある程度の魔法知識がないと魔法ってのは使えないようになってるんだ。それこそ魔法を何も知らないやつでも使えるようなことになっちまうとこういう付与魔法を使える種族を独り占めにする種族だって出てくるはずだ。」
「たしかに、それで独り占めして魔法が使えない人でも付与魔法だけで強くなったら手がつけられないもんね…」
魔法のことに関しては親から深く教わることがなかったため、ギンが教えてくれる魔法のことは大体が初めて聞く内容だ。
エレシアはギンの話を熱心に聞きながら話の途中で違和感を感じた。
「ねぇ、魔法の知識がない人は使えないって…この魔法が備わってるブレスレットも私がつけるとただのブレスレットになるってこと?」
「まぁそうなるな。俺がつけたら魔法は使えるが、今のエレシアは使えなさそうだな。」
「そっかぁ…」
エレシアはそう言ってブレスレットを見ながら露骨に悲しんだ。
露骨に悲しむエレシアを見て何かを思いつくようにギンが立ち上がる。
「せっかくここまで登ってきたんだ。ここに住むエルフやニンフ、シルフなどは基本的に魔法の知識に飛んでる。奥の部屋にいるエルフの女王なら教えてくれるかもな。」
その一言にエレシアは飛び上がるように立ち上がり、「それってもしかしたら私も魔法が使えるかもしれないってこと!?」と希望に満ちた声を出した。
「断言はできないが、魔法を使えるか使えないかの判断ならできるだろう。とりあえず合わないことには話が始まらないさ。」
そう言ってギンはいかにも偉い人専門の立派な扉の前に立つ。
エレシアもギンの行動を真似してギンの左隣に立つ。
そのまま二人で息を揃えて歩き出し、立派な扉を開けてエルフの待つ場所へと足を踏み入れた。
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