第15話 都市のお仕事(2)

ギンはその後、ハンクの店で十分な食料を調達して、店を後にした。


「それにしてもハンク、相変わらずいいやつだよなぁ…」


ギンが食料で重くなったリュックを揺らして背負い直しながら呟く。

普段よりも重荷を詰め込んだリュックは心なしかギンを背中から地面に引っ張るように弛んでいた。


「ハンクさんとは長い付き合いなんですか?」


「まぁそうだな。子供の頃は背丈も同じくらいだったのに、今じゃああんな巨体になって…」


ハンクのことを話しているときのギンは本当に楽しそうで、昔からずっと仲が良かったことが一目でわかる。



「とりあえず食料は手に入れたし、次は何を買おうか…」


都市市場を隅々まで偵察するギンに対してエレシアはふと疑問に思う。


「あの…仕事しないんですか?」


仕事をする姿を見ようと思っていたにも関わらず全く仕事をする気がないギンに、少し困惑しつつも聞いてみた。


「仕事って、今やってるけど?」




「…え。」


「え?」


お互いに状況が理解できずに困惑した顔でお互いを見つめ合う。



「巡都市間取締官の仕事って…」

そこまで言ったところでギンが自分を擁護するかのように仕事の内容を足早に話し始める。


「ざっくり言えば都市内のパトロールだ。そこで何か事件だったり問題沙汰になってる現場を鎮圧、王に報告、注意喚起などなど…役割的には重要なんだが、こうやってみんなが平和に暮らしてさえいれば仕事はないんだわ。」


随分と気楽な仕事…

今の話を聞いただけではそう思ってしまう。だが、取り扱うのは都市での揉め事やそれ以上の大事件で大半を占める。

いざとなったら都市間の取締役として事件現場の鎮圧から事情聴取、事件の要因と騒動の一連を王に報告。その全てをしなければいけないので総合的に能力が高く臨機応変に対応できなければ務まらない仕事だと思う。


それなのにギンは…


(すごい気を抜いてるように見える…本人には悪いけどギンがミノタウロスを倒して私を助けるのには無理がありそうな気がするけど…)


種族が違えば体格だって違う。

それは人間とオークを横に並べるだけでも一目瞭然だ。

そんなオークよりも一回り大きなミノタウロスの種族相手に人間のギンは勝っている。それも武器なしで。


それが私には不自然でたまらなかった。



「ん?なんだエレシア、随分気に食わないような顔してるな。」


どうやら思っていることが多少顔に出ていたらしく、それを指摘されたエレシアはすぐさま顔を両手で制す。


「と、特に何も!」


その仕草がいかにも何かを隠すような動作で、それを見るなりギンが不満げに顔を近づけてくる。

「…怪しいな。なんだ、俺が仕事してないのにお金もらってることに気に食わないか?」


「そうじゃないよ!違うんだけど…なんか、こう…」


言っていいのかわからずに口ごもる。

これで雰囲気が悪くなってしまったらせっかく打ち解けてきたのが全て水の泡だ。


(やっとこうして話ができるようになったのに、振り出しに戻るのだけはやだなぁ。)



初めて出会った事情聴取の時、エレシアにとってギンが私をグイグイ問い詰めた時に感じたあの威圧感は未だにトラウマになっている。



「…俺に不満があったらなんでも言ってくれ。愚痴でも侮辱でも二回までなら許してやる。」


そう言ってギンは二本の指を立てて私に強く強調する。


エレシアは「なんで二回だけ…」と消え入りそうな声でつぶやいた。



言わないとそれこそ雰囲気が悪くなりそうだと判断したエレシアは一人でボソボソ呟くように話す。


「その…気に障ったら申し訳ないんだけど…」

その小さな声を色々な声が飛び交う市場の中で精一杯聞き取ろうと、ギンは耳に手を当てて相槌を打ちながら聞く。


「ギンさん、人間だから他の種族に比べて力も強くないと思うけど、なんであの時ミノタウロスに勝てたのかなってずっと疑問に思ってて……」



それを聞いたギンは思考停止したかのように表情を固め、その後プッと吹き出して笑う。


「な、なんで笑うんですか!?」

真剣に質問をしたのに笑われる始末、その間の抜けた行動に少しだけ腹が立つ。


「すまんすまん、たしかにこんな弱そうな俺があんな大きなミノタウロス相手に無傷で勝利するのも違和感だよな。」


そのいかにも共感しているような言い回しにもまた腹が立つ。


「まぁ人間だから力をつけたって限界があるし、その限界に達していたとしてもミノタウロスやオークに勝つことは無理に等しいかもしれん。」


話しながらギンは不機嫌なオーラを醸し出すエレシア向かって自分の頭を人差し指でトントンと叩いてジェスチャーする。


「けど、人間にはどの種族の中でもトップクラスの知能がある。その知能を使って習得したのが最大の攻撃手段『魔法』だ。」



魔法の言葉を聞いた瞬間、エレシアの肩がピクリと動く。

そのまま脊髄反射のように驚異的なスピードでギンの話に食らいつく。

さっきまでの不機嫌オーラはとっくに消え失せていた。


「ギンさん、魔法使えるの!?」


「あぁ。人間が正当防衛として身につける『体術』と良く似てる。ただ、体術と違うところは魔法の方が制御が難しいってところかな。簡単に例えると…制御権が自分にあるものと、制御権が他の人を通じて自分にあるものみたいな感じだ。けど、センスがある奴は魔法をいとも容易く使いこなしたりしてる奴もいるぜ。」



ギンは歩きながら魔法の習得をわかりやすく説明する。

エレシアも幼い頃からお母さんに魔法のことを教えてもらったことはあるが、あくまで魔法の存在を教えてもらっただけで習得まではさせてくれなかった。

だからこそ、本当に魔法が使えるギンを前にしてエレシアは目を輝かせるのだった。



「魔法って具体的にどんなものなの!?国王の隣にいたアヌビス達が使ってたワープみたいなものもできるの!?」


「どうだろうなぁ…魔法って使うために専門知識を脳に叩き込まないといけないんだ。それも使う用途によって覚えるものも若干変わってくる。攻撃、防御、アシスト、治癒、そしてエレシアが言ってた転移などの特性、大きく分けてこれら五つの魔法があるんだ。」


エレシアはギンの話に何回も相槌を打ちながら熱心に聞く。

エレシアの気持ちのいい聴きっぷりにギンも調子に乗り出して自慢げに話し始める。



「俺が脳に詰め込んである魔法は主に攻撃、防御の二つだけ。おそらくハルフーンの隣にいたアヌビスは特性の魔法を覚えているんだろう。でも正直あのアヌビス達が使っていた魔法はまた違う方法で使っているような気もするけどな。」



店の奥からギンに向けてタートルマンのおばちゃんが手を振っているのを見てギンも笑顔で手を振り返す。

都市市場の知り合いと挨拶を交わしながらも、ギンはエレシアに一通り魔法の話をした。



「とまぁ、魔法についてはこんな感じだ。意外と知らなかっただろ?」


「知らなかったです!詳しい説明ありがとうございます!」





ギンとエレシアは二人で魔法の話をしながら都市市場を後にした。

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