第9話 初めての出会い(1)
しばらく歩いただろうか。
黒コーデの男は一言も喋らずに黙々とミノタウロスを引きずりながらどこかへと向かっている。
その沈黙と微妙な距離感が、かえって無駄に気を遣ってしまう。
「あのー、どこに行くんですか?」
沈黙が苦手なエレシアは微妙な空気感に耐えれず、男に聞いた。
「あぁ、これから俺んちまでついてきてもらう予定だ…と言ってももう着いたけどな。」
ついたと言われて目に入ってきた家は豪邸の域を超えた煌びやかな家だ。
柵で囲われた広大な庭の奥に構えたシックで上品な家は、明らかに他の家とは違う特別なオーラを放っていた。
「こ、ここですか!?」
エレシアは初めて見る大きな家に期待と喜びの混じった軽いトーンで男に聞いた。
「ん?あぁそっちじゃねぇよ。そこは国王の別荘だ。俺んちはこっち」
黒コーデの男はそう言って豪邸の隣に建っているヨーロッパ風の小さな家の方に向かっていく。
いや、正確には隣の家が大き過ぎて小さく見えるだけだ。
(やっぱりこんな大きな家を持ってるわけないよね……)
エレシアは分かっていながらも隣の豪邸に目をやった。
この国の王の別荘…別荘でもこれだけの私有地を持っているのなら、きっと住んでいる世界も違うんだろう。
別に期待していたわけでもなかったのだが、どこか落ち込んでいる自分が頭の中にいた。
「ちょっと待っとけ、お前は家の中で話を聞く。」
そう言って男は玄関近くの支柱にミノタウロスを縛り付け、扉を開けて私に入れと合図をする。
指示された通りに私は男の家に入った。
中は男が住んでいるようには見えないほど綺麗に整頓されており、家のような接客室のような、コンセプトに迷う内装になっていた。
男は黒いジャケットを脱いでハンガーに掛け、そのままソファにドスンと勢いをつけて座る。
「とりあえず気楽にしてくれ。ゆっくり話を聞きたいんだ。」
エレシアは言われるがままに男と対面で座る。
初めてあったのにどこからか湧いてくる安心感に不思議を感じたが、そこまで悪い人ではなさそうだ。
「じゃあ…とりあえずさっき起こった事件の大まかな経緯を教えてくれるか?」
ギンの冷静な口調にエレシアはミノタウロスとの事件についてゆっくりと話し始めた。
「…私が悪かったのかもしれません。最初にぶつかったのは私で、謝らなかったのが良くなかったんだと思います。」
男は「ほうほう…それが事の発端かぁ。」とメモを取りながらエレシアの話を聞く。
「でも、ミノタウロスがやっていた種族の優劣は決して許せることではないですし、そうやって支配していたのは昔の話、今じゃみんなが平等じゃないですか。私は弱小種族って呼ばれて腹が立ってしまいました。」
エレシアは男の目を見ることなく、下を向いたまま話を続けた。
「それは……」
男が手に持っていたペンをクルクルと回して前屈みになる。
「えっと…誰だっけ、名前聞いてなかったな。」
「エレシアです。」
「エレシア…エレシアちゃん。わかった。で、最初に種族差別をしたのはミノタウロスで間違いないな?」
「おそらくそうです…」
男は姿勢を戻して足を組み、「じゃあ悪いのはミノタウロスの方だなぁ…」と、メモ帳にカリカリと高速で文字を書きながら答えた。
メモをとっている間に少し会話が途切れる時間があったので、エレシアはすかさずそこで質問をしてみる
「えっと、あなたはどういう人…なんですか?」
男はメモを取るのをやめてメモ帳の上から目だけを出してエレシアの顔を見る。
そのままゆっくりとメモ帳を下ろしてエレシアをキョトンとした顔で見つめた。
「エレシアちゃん、こういう事件に絡まれるのって初めてか?」
「まぁ、はい。そうですね…」
「そうか…結構運がいい奴もいるもんだな…」
男はメモ帳をパタンと折り畳んで机に置いた。
どうやら男は何故か私が言ったことに驚いているようだ。
実際昨日までは森にいたので事件なんて起きるはずもなく…逆に言えば都市に入って初日で事件に巻き込まれたと言ってもいい。
「俺らにお世話になってないってことはいいことだ。だが、これから先も事件に巻き込まれないという保証はない。とりあえずこういう団体もいるんだってことを覚えておいてくれ。」
男はそう言うとソファから立ち上がり、さっきまで来ていた服を手に取ってエレシアの前にある机に乗せた。
「俺は『巡都市間取締官』っていうのをやってるんだ。簡単に言うと、歳が定めた規定に違反する奴や暴行事件の鎮圧とかをやってる団体だな。」
机に置いた服の胸ポケットについているバッジを指さす。
「これが俺らの団体のシンボルマークだ。基本的にこれをつけてる奴が俺の仲間ってことになるな。」
「そうなんですね…その団体には他の種族の方も所属しているんですか?」
「あぁもちろん。人間という一種族だけの職業だったり、団体だったりは基本的にないからな。今は簡単に言うとグローバル化みたいなもんだ。違った種族の奴らでも力を合わせて共同作業するのが今の世界のスタンスだな。」
エレシアはなんだか心の奥底で安心できた。
お母さんが昔行った『人間と異種族が平等に暮らせる世界』の創設。
それを今でも守り続けようとする人々によって保たれているのだと思うと人間の姿をして生活している一他種族としてなんだか嬉しいような、そんな感じがした。
「でもって、俺は巡都市間取締官のメンバー、『悠楽 ギン(ゆうらく ぎん)』だ。
「悠楽さん、ですね。今回は本当に助けていただいてありがとうございました。」
エレシアはそう言って深々とお辞儀をした。
礼儀は小さい頃から親に習っている。
丁寧にお辞儀をすると、ギンは「ほえー」と言いながら私に感心した。
「いやぁ、エレシアちゃん、礼儀がなってるなぁ…まだ幼いのにこんなに礼儀がなってりゃあ将来有望だな。」
そう言ってギンはワッハッハと大きく笑った。
正直どこに笑う要素があったのかわからなかったが、とりあえず相手に合わせようと思いエレシアも愛想笑いをする。
ギンが笑い終わり、ふぅっと一息つく。
「さて、一通り話を聞いたところなんだが…」
ギンは机に置いていたメモ帳を手に取り、さっき使っていたページを開いた。
ペンが指を避けるかのように一周まわったかと思うと、今度はガシッと指で掴まれ音を立てながら止まる。
「エレシアちゃん、あんたはなんで一人なんだ…?普通ならこんなところを子一人で親が行かせるわけがない。何か用事があるのか?」
ギンのその一言で空気が変わった。
つい先ほどのような笑いが起こる雰囲気ではなく、明らかに何か迫られるような感覚がエレシアには伝わった。
言い方は特に変わっていないが、どことなく放たれる威圧感を纏ったオーラがエレシアを襲いこむ。
「あ…えっと……」
なんて言えばいいのかわからない。
下手な回答をすればどうなるのかわからないからだ。
相手がどのような立場にあるかを教えられた後にされたこの質問には、確実に情報を聞き出そうとする作戦的な話し方で嫌な感じがした。
相手は都市間において事件や他種族のことに関して取り締まっている団体、もちろんドラゴン族のことも頭の中に入っているだろう。
「何か…言えない事情があるのか?」
私がすぐに答えないことに、ギンは何かを察知したかのように追い討ちをかける。
そしてその一言が一段と場の空気を重くする。
(どうにかして誤魔化さないと…今私がドラゴン族の末裔だと知られると色々と大変なことになっちゃう…)
幸いにもギンは私がドラゴン族であることに気づいていない様子だ。
ここまで圧をかけて聞いているのはおそらく「なぜ弱小種族として知られている人間が親に守られずに子供だけで都市に出向いているのか」という質問だと思う。
ただエレシアにはその質問と自分がドラゴン族であることを両方庇えるような嘘をつかなければならない。
考えれば考えるほど脳内がパニック状態に陥って冷静な判断ができていないのがわかる。
どうにかして答えなきゃと解決策を考え、手から出る冷や汗をグッと握りしめてエレシアは口を開いた。
「え、えっと…一人なんです…。」
「…一人?」
ギンは突然予想もしていなかった返答に聞き返す
「…はい。親は不在で…一人なんです。」
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