第3話 生きる知識



小さな穴からゆっくり這い出る。



外に出たのは何日ぶりだろうか、エレシアは久しぶりに外へ出た。

だが、ずっと貯蔵庫で座りっぱなしだったエレシアは上手に立ち上がれないでいた。



大樹の葉からの木漏れ日がどことなく私を照らし続け、風に揺れる木々の音は心地よい。

ただ今はそれが返って腹立たしく気持ちが悪い。


エレシアはろくな物も食べずにげっそりとしてしまった体、筋肉は衰え骨の形がわかるほどに痩せ細ってしまった体を震わせながら、小鹿のように立ち上がった。



目の前には昔と何も変わらない円状に木が生えない広場のような場所が広がっている。

少し前まではここにお母さんと私、二人で一緒にいた…

一番思い出のある場所といってもいいだろう。

だが、今はそれがかえって嫌な思い出として蘇ってくる。



(お母さん…)


いまだに実感できない…というより実感したくないだけなのだが、確かにお母さんはもういない。

私を置いてどこかへ行ってしまった。





(…食料、それと水。)

生存本能が要求する。

とりあえず空腹を避けようと、小さい頃から知っている川へ行こうとする。

その川のほとりにある木はおいしい果物がなっていることは昔からよく知っている。



エレシアは背中に木の皮で編んだカゴを背負い、川の方へとよろめきながら向かった。





懐かしい光景

よく通る道でも数日経てば草木も生え伸びる。


エレシアはそんな草の中にある小さな小道をよろめきながら進んだ。

数日間まともに動いていなかった体は完全に動き方を忘れ、一歩踏み出すだけで内側から痺れるような痛みが走った。

それでもなお、エレシアは歩みを止めることなく目的地へと進んだ。




しばらく歩いていると見覚えのある川へたどり着いた。

川の水は昔と変わらず綺麗で、川底が見えるほど澄んでいる。



岩場まで来るとバランスを取ることができずに転んでしまった。

それでも目の前には水がある

エレシアは犬のように四つん這いで川の方まで移動し、両手両足を地面についてゴクゴクと川の水を飲む。


しばらく水を飲んでいなかったのでいきなりの水に枯れ切った喉が膨れる感覚があった。

ドラゴンにも水が必要で、生きるためには必ず摂取しておかなければならない。



自分の気が住むまで飲み終わったエレシアはそのまま河原に寝そべる。

「くはー!ひ、久しぶりこんな美味しいの飲んだ…」


いつも飲んでいた水も、何日も飲まなければ飲まなかった分だけありがたみがわかる。


乾いた喉を潤して、全身に水分が行き渡るのが感じられる、そんな感覚がした。




しばらく飲んで一時的に回復したエレシアはゆっくりと立ち上がり、川の上流を目指す。


川の上流は湧水からの栄養をとって立派に育った木々がたくさん生えていて、きのみなどは毎日その場所で採っていた。




いつも木の実を採っていた場所にたどり着くが昔と景色が変わらない、どこか懐かしい感じがした。



「この実は食べれる…これも、これも、この果物も。」




川の上流にある木は一種類だけではなく沢山の木があり、それぞれに木の実がなっていた。



エレシアはその木の実をある程度採ってはカゴの中に入れ、また採ってはカゴに入れ、それを数回繰り返してカゴの中身がいっぱいになるまで続けた。



「ちょっととり過ぎちゃったかも、でもまぁいいか。」



エレシアはきのみでいっぱいになったカゴを背中に背負って自分の家である貯蔵庫に帰っていった。


背中に重みがわかるほどの木の実を持ち帰りながらも、エレシアはお母さんから学んだ知識をひたすら頭の中で思い返す。


(お母さんが言ってた…木の実だけじゃ生きていけない。自分の体を作るためにも、お肉もまた取りにかなきゃ。)



お母さんに教えられたことは知識から実践へ、そして実践から経験へと変わる。

そうして学んできた経験が、今こうやって生きていくために必要になっていく。


エレシアはカゴの中の木の実を落とさないように注意しながら、足速で拠点まで帰っていった。




無事に大樹までたどり着いたが辺りはすでに薄暗く、日の光も頼りなくなってきていた。


山から降りてきたエレシアは額に滲む汗を手で拭いながら次の行動を考える。


「お腹は空いたけど、まず先にアレをしなくちゃ。」


エレシアは木の実がたくさん入っているカゴを下ろして周囲の枯れ草を集め、貯蔵庫の一番上の棚に置いてある小さなポーチを持ってくる。



(川に行った時に木を取ってくるの忘れてきちゃった。けど、こういう時は…)


お母さんが行っていた事を経験として生かし、火を起こす動作を真似してみようと試みる。



(木の枝でも燃えやすい木と燃えにくい木があるってお母さんが言ってた。たしか葉っぱの形が細い木の方に火がつきやすいんだったっけ。)



エレシアは取った木の枝をアーチ状に組み、そのアーチの中に枯れ草を敷き詰める。


ポーチの中から葉っぱを取り出して口の中に放り込む。

お母さんがやっていた火の付け方だ。



(葉っぱをある程度噛んで細かくして…口の中を高温にするっ…!)



前に一度お母さんに火の付け方を教わったことがあるが、上手にできなかった。



だがそれは数年前の話

手順は変わらない、あとは意識をどれだけ一点に詰め込めるかが重要だ。



エレシアは必死に口の中を高温にするが、いかんせんそういう経験をしたことがないのでどうも上手くできない。




(高温…高温、高温、高温!)


やり方がわからず適当に首を振ったりしてみるが何も起こらない。




(なんで!?お母さんはどうやって…?)


その時、お母さんが火をつける光景が頭に浮かんだ。

とても鮮明に、そして流れるときのように、しっかりした映像として浮かび上がった。


そこにはお母さんがどうやって火種を口の中で作っているのかが目に見えるように分かった。



葉っぱを細かく噛んだ後にゆっくりと息を吸い込んで、顔を前に出す感じで口の中に吸った空気を送り込む



一見すると何もない動きに見えるが、エレシアにはその動きが火種を作るコツだという事を見抜いた。




エレシアは頭に浮かんだお母さんを真似して、ゆっくりと体を動かす。


(大きく息を吸って…)

肺いっぱいに息を吸い込んで目を瞑る


(顔を前に出す感じで口の中に空気を!)


口の中に空気が送られて頬が膨らみ、その中で一気に高温になるのが分かった。

ただそれと同時に、急に口の中が熱くなったことにビックリして尻餅をつき、口を開けてしまった。


口からは煙が出て、葉っぱは焼き尽くされていた。




(で、できた!ちょっとびっくりしちゃったけどちゃんとできた!)



無事口の中で火種を作り出すことはできたが、肝心なことにまだ枯れ草に火をつけることができていない。


エレシアは今の感覚を忘れてしまわないようにとすぐさま葉っぱを口の中に入れて再度同じ事を試す。



(ゆっくり息を吸って、顔を前に出す感じで口の中に空気を送る!)



前回と同じように、膨らんだ頬の中で一気に高温になるのが分かった。

だが今回はもう驚かない。


(あとはこれをゆっくり枯れ草に吹き掛ければ…)


お母さんと同じ動きで、口に手を添えてゆっくりと枯れ草に吹きかける。


火種となった葉っぱはオレンジ色の光としてエレシアの息と共に出てくる。

それが枯れ草について火を生み出し、やがて大きな炎となった。



「やった!成功!」


暗くなった森を焚き火で明るく灯し、エレシアはジャンプして喜んだ。







日は完全に沈み、時間は夜になった。

エレシアは近くにあった木の枝をくべて焚き火の炎を途絶えさせないようにした。



今日採ってきた木の実を食べてお腹はいっぱいになったのだが、タンパク質が多く摂取できる魚や肉が少し恋しくなった。


(肉はお母さんが持ってくるからどこで取ってるかわからないんだけど、魚なら川にいるよね。)



肉を取りに行ったことは無いが、魚なら川の下流の方に取りに行ったことが数回あった。



「一人で生きるって、案外難しいのね…」


自然とそう呟いて、エレシアは仰向けに寝転がった。



自分がどれほどお母さんに助けられてきていたのか、どれほど知恵を使わずに生きていたかが今日一日過ごしただけでひしひしと伝わってくる。


たくさん歩いた足は疲弊し、いろいろな事を考えて行動したため脳もだいぶ疲れきっている。



「あ、これ寝れる………」



寝転がったせいか、急に疲れがどっと溢れて瞼が重くなり、そのままエレシアは眠りにつくのだった。



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