第2話 恐嚇

【霊体】

「霊体」は、「5つの体のうち、メンタル体、アストラル体、エーテル体、さらに肉体を合わせた体のこと」をさし、5つの体のうち、コーザル体と呼ばれる魂を除いた、4つの体が合わさっている状態。



 どうやら、私は死んでしまったらしい。

 気づいたときには自分の葬式会場に私は

 私は目下、自身の遺体というものを見下ろしていたりする。

 私の両親はすでにいない。

 実父は航空機事故で5年前に、実母は私と同じように交通事故で3年前に死別している。

 だから、実父のお兄さんから支援をしてもらいつつ、格安マンションで一人暮らしをしていた。

 こうやって見てみると、ウチの家族というものはすべて乗り物関係の事故で亡くなったというわけだ。

 義理の父として私をここまで育ててくれた伯父さんには本当に感謝している。

 実の子でもないのに、涙を流してくれるのは本当に嬉しい。

 そして、担任の先生や中学時代の恩師、そしてクラスメイトのみんな———。

 私は棺桶のところから葬儀の席場に視線を流すと私のために涙を流してくれている人々を眺める。


「やっぱり、私、本当に死んだんだ……」


 私はぼそりと呟くが、当然私の声など誰にも届くはずがない。

 そんななか葬儀は進行して、いよいよ出棺の時刻となる。

 私が納められた棺桶は葬儀場の中程に移動させられ、蓋が開けられる。

 私は綺麗に死に装束を着せられているが、首の部分には白い布が巻かれ、見えないようにされている。

 私はそれを見た瞬間に脳裏にずきりと重鈍い痛みを感じる。

 大型トラックに轢かれ、胴体と首が引き千切られる瞬間がフラッシュバックされる。

 私ってば、霊体なのにどうしてこんなに痛みや吐き気を感じちゃうのよ……。


「そっか……。思い出したくないものを……」


 参列者に1本ずつ菊の花が配られ、私の入った棺桶に順に入れていかれる。

 クラスメイト達は大粒の涙を流しながら、菊の花を入れていく。

 私は菊の花に囲まれて、首が千切れていることすら分からないような状態になっていく。

 その時、棺桶に寄りかかるように泣き叫ぶ子がいた。


「どうして……! どうして、死んじゃうの!? また、明日って言ったじゃん!」


 片岡友理奈だった。

 高校に入ってから最初にできた友だち。

 奇策にいつも話しかけて来てくれて、私がアニメオタクだってことも別に気にせずにグイグイと話しかけてくるような子だった。


「もう、話しかけることができないんだ……」


 棺桶の端に手を掛けつつ項垂うなだれる彼女にそっと私は近づき、触れられないまでも彼女の肩に手を据える。

 触れている感覚すらない。ただ、気持ち的に添えているような状態になっているだけだ。


「さようなら……。友理奈……」


 友理奈は私が触れているのも気づかないまま、クラスメイトに引きずられるように棺桶から離れて行った。

 そして、私は次の瞬間胸がざわついた。

 棺桶の前に立っているのは、神林翔和かんばやしとわ——!

 翔和は俯き加減で表情が読み取れない。


「美琴……」

「翔和……悲しまないで……」


 クラスメイトに背中をさすられつつ、白の菊を棺桶の中に入れる。

 私は自身の棺桶の中に滑り込み、表情を確認する。


「!?!?!?!?」


 翔和のその表情は今まで見たことのない恍惚とした表情だった。

 頬を赤らめ、ぐにゃりと顔が歪んでいる。

 まるで悪魔でも憑依しているのではないかというような気持ち悪い表情。

 死体をそんな目で見るなんて、本当にあり得ない。

 私は吐きそうになる。翔和の表情はそれほどまでに歪んでいたのだから。

 しかし、周囲の参列者はそんなことを知る由もない。

 だって、彼女の表情は見えていないのだから。


「やっぱり、何かある……。翔和が私を殺す動機が……」


 私がそんなことを考えている間に参列者は皆、花を棺桶に添えてくれ、私は顔を残してそれ以外が花で飾られた。

 ありがたいことに事故で首が引き千切られたけれど、顔はほぼ傷を負わなかったことから、綺麗なまま眠っている。

 葬儀屋の人たちによって、棺桶の蓋が閉じられ、開かないように釘が打ち込まれる。

 親戚や学校の先生たちにより、担がれる様にして私の入った棺桶は、葬儀場の横にある火葬場に運ばれ、その日のうちに荼毘だびにふされることとなった。




 私はその後、遺骨となった自分を見て、再度、自分は死んだのだと認識をさせられた。

 そして、一層、神林翔和に対する憎悪の念とともに、自身を殺害した理由が知りたくなった。

 私は居ても立っても居られなくなり、翔和の自宅に向かった。

 霊体という体はつくづく便利だ。

 空を飛ぶこともできるし、壁もすり抜けることが出来る。

 翔和の部屋に入ると、そこには翔和がベッドに仰向けに寝転がっていた。

 感傷に浸っている……わけがない。

 だって、コイツは神林翔和なんだぞ……。私の大親友でありながら、私を突き飛ばして殺害した張本人だ。


「警察は偶発的な事故だって言ってたから、私が疑われていることはないわ……。そう。誰がどう見ても事故よ!」


 翔和は自分に言い聞かせるように力強く言い切った。

 そして、握りこぶしを突き上げて、


「ようやく、恨みを果たせたのよ……。私は……」


 はぁ? 恨みですって?

 この私が何の恨みを買うようなことをしたというのだろうか。

 そんなことを言われても私には身に覚えのない話だ。

 どうやったらそれを分かるようにできるのだろうか。

 分からないことにぶち当たり、私のイライラは最高潮に達する。


「もう! いい加減にしてよ! 翔和!!!」


 私が叫ぶと、本来聞こえないはずの私の声に反応したかのように翔和がビクリと身体を震わせる。

 その勢いで起き上がり、周囲を見渡す。


「何? 誰かいるの? 誰よ!?」


 驚き方が何やら尋常ではない。

 私は単に叫んだだけだ。でも、もしかするとそれが何か超常現象のようにのだろうか。


「な、何だったのよ……。何だか奇声みたいなのが、頭の中に響いたんだけど……。きっと体調が悪いのね。今日は早く寝ることにしよ……」


 翔和はそういうと、お風呂に入るために部屋を去っていった。

 私は部屋に取り残される。

 そうか……。そういうことか……。

 こちらから生きている人間に働きかけることは可能なのか……。

 よく分かったわ。


「じゃあ、私はあなたに殺された原因を突き止めるとともに、私の残りの人生分は、『あなたの人生』で楽しませていただくとするわ!」


 私はその日、絶望から生きる喜びを見出したような気がした。

 まあ、死んでるんだけどね……。




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