第31話 疑惑
朝、俺が起きるとそこに美琴の姿はなかった。
思わず、寝過ごしたかと思ったが、それほど寝ていたわけではなく、時間としてはまだ時計は朝の6時を少し過ぎたところだった。
「一体、こんな時間にどこに出かけたんだ……」
俺は髪をグシャグシャとかきながら、身支度を整える。
別に怒りとかそういうものはなかった。
というのも、俺は美琴に対して、腕輪を取り付けてある。
奴隷玩具専門店で購入した奴隷管理用腕輪を―――。
本人は、俺とのつながりがあるのはこの腕輪のおかげと思っているようだが、それは間違っている。
そもそもこんな腕輪に頼らなくても、今は問題なく俺の言うことを聞いてくれている。
というか、思った以上に相沢美琴という人間は、大人しかった。
俺に従順であった。
そして、何より俺もアイツに…………。
「いや、そんなことはどうでもいい。何だか、変な胸騒ぎがする。今すぐ美琴を探しに行くとしよう」
俺は先日の変わった波動を感じたことといい、今日、美琴が俺に黙って消えたことといい、最近、何やら胸騒ぎがしてならない。
とにかく、アイツの居場所を――――。
俺は腕輪から伝わる周囲の景色から場所を特定していく。
「アイツ……。まさか一人で……!」
俺は急いでその場所に向かった。
アイツの存在を消してしまってはならないんだ!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私がわざわざ早起きをしてきたのは、翔和の部屋だった。
一つは好奇心というものであったが、もう一つは胸のざわつきを少しでも抑えたくて……。
しかし、私は今、その浅はかな行動を猛烈に反省している。
目の前にいるのは本当に死神だった……。
「おやおや? こんな可愛いお嬢さんがボクのもとに何が御用かな?」
「あれ? おかしいですねえ……。私は誰にも見えないはずなんですけれど……」
「いえいえ、全然見えてますよ! まるっと見えてますよ。愛らしいお顔とその発達途上のお胸も」
誰が発達途上じゃい!
ったく、どいつもこいつも胸のことばかり見て……。
そんなに見たかったら美夢を呼び出したろか!
『あ、妾、あの死神は好きじゃないから、出たくない』
いや、そんなわがまま言うな!
しかも、発言としてではなく、念で送ってくるな!
思わず吃驚しちゃったじゃないか!
「まあ、見えちゃったのなら仕方ないよね……。あなたお名前は?」
「ボクはヒュノプスって言うんだ。死神やってまーす」
うわ。軽っ!
てか、まあ、軽いのは良いんだけれど、それ以上に何だかコイツから感じるオーラがタナトスのそれとは違うような気がする。
それだけでも、距離を取りたい。
私は一定以上に近づかないようにしながら、ヒュノプスの様子を伺った。
「私は相沢美琴っていうの」
「あ、君が美琴ちゃんなんだぁ~」
「――――???」
「知ってるよ、君は翔和ちゃんに対して嫌がらせをしている張本人なんだろう?」
「嫌がらせって……。ちょっと誤解があるわ!」
「へぇ……。誤解?」
うっ……。急に空気が冷たくなった。
それ以上に何だか、突き刺さるものを感じる。
私の中にいる美夢も警戒をしろと言っている。
私は最大限に警戒をしつつ、ヒュノプスと会話を続ける。
「そ、そうよ。私は別に翔和に対して、常に意地悪をし続けているわけじゃないわ。そもそも、私は翔和に殺されたんだし」
「いや、普通成仏しない幽霊が嫌がらせしているんだから、それが普通だと思うんだけど」
「冷静に分析しないで!」
た、確かにそう言われればそうだったわ……。
普通に私は霊体なんだから、浮遊霊として憎悪の対象を呪うのは当たり前。
とはいえ、私をそのような低俗な霊体と一緒にしてほしくない……。
「私だけじゃない。私のお母さんも私よりも先にこの子によって殺されたのよ」
私は飄々と学校に行く準備を進める翔和に指さしながら言った。
私の発言に少し眉を曇らせて、
「ほぅ……。何やら、面白そうな話じゃないですか……」
「私にとっては、家族や私が殺されているんだから、面白い話ではないわ」
「まあ、そう言わないで……。その話、ボクも聞いてみたいな」
「断ればどうするの?」
「うーん。そうだなぁ……」
ヒュノプスは考える素振りを見せた刹那―――。
彼の顔は私の真横にあった。
「―――早っ!?」
「いや、もう遅い……」
私の霊体の首は、いつの間にか出されていたヒュノプスの大鎌ですでに切断されて、私の首と胴体はズルリとすでに離れ離れになり、そのまま崩れ落ちる。
「うーん。だから、霊体ってのは脆いんだよね……。脆くて儚い……。それは人の人生のそれとも一致するような気持ちだよ……」
ヒュノプスは自己陶酔するように惚れ惚れとしつつ、床に崩れ落ちたものを見つめている。
そして、ニヤリと微笑むと、
「残念ながら、守護霊として契約しちゃったから、使役者の邪魔なものは何としても排除しなくてはならないんだよ……」
クフフ……なんていう気持ち悪い微笑みを浮かべているのを聞きつつ、私もそろそろ嫌になってきた……。
私は躯を起こすと、傍に頃ばっていた自分の頭を拾い上げる。
そして、ぐちゅりと自分の首の付け根に取りつけると、首の細胞がぐちゅぐちゅと蠢きながら、私の首と胴体を繋げていく。
「そうか……。そういうことだったのかぁ……。なかなかおもしろいね、君」
いや、正直この場で褒められてもそんなに嬉しくない。
「そういうことか……。君の身体はすでに霊体じゃないのか……。その再生速度から考えて、淫夢魔……、美夢の身体だね?」
私の身体の中で何やらゾワリと感じる。
ま、いっか。
「それにその腕輪……」
「ん? これ?」
「奴隷玩具専門店で見かけた腕輪だね」
「え? 何ですって?」
どいつもこいつも私のことを奴隷と言ってくる……。
いや、私のことではなく、腕輪が奴隷用!?
「その反応……。教えてもらってないのかい?」
そう。私はタナトスからそんなことは一言も教えてもらえていない。
そして、今、私は恥ずかしさと怒りに猛烈に震えていた。
タナトスのやつ、どうして私の腕に奴隷用の腕輪なんか付けるのよ!
「それに………。ま、いっか」
「いや、普通に気になるでしょ……」
「君たち、真実を知りたいのなら、話し合えばいいんじゃないの?」
「話しても、そっちが真実を明かしてくれないのよ……」
「ねえ、翔和ちゃん。この子、面白いね」
「え……、何よ……って美琴!? 朝から何なの!?」
「ああ、大丈夫だよ。この子から攻撃されることは、もうないから……」
翔和は私の顔を見て驚くが、ヒュノプスになだめられて落ち着きを取り戻す。
「ねえ、翔和ちゃん。真実は話しておくべきだと思うんだけどなぁ……」
「どうして? 話さなくてもいいわよ。どうせ気づきもしないんだから……!」
「いや、それが問題なんだって。美琴ちゃんは本当のことを知りたがっているんだから、それを教えるべきだよ……。その方が苦痛も大きくなる……」
え? どういうこと?
苦痛が大きくなるって言うのはどういうことなの?
私には大きな疑問が沸き上がる。
「分かったわよ……。仕方ないわね」
「翔和ちゃんは偉いなぁ……」
そういって、ヒュノプスは翔和の頬にキスをする。
満更でもないように少し頬を赤く染めつつ、私からはしっかりと目を外す。
「どう? 絶対に安全な空間にご案内するから、ね?」
首を切断された身であるから、そう易々と相手の罠の様な手に乗ることはできない。
しかし、なぜかヒュノプスは冷静な表情で、私に身の安全をアピールして来る。
どうも、理解できない!
いや、理解の範疇を超えているのよ! このヒュノプスという男は……。
「分かったわ……。私の身の保障がされるというのなら、話は聞くわ……」
「良かったぁ~。じゃあ―――」
いうと、ヒュノプスが人差し指で、空間に四角を描く。
すると、そこには扉が生まれ、その扉をカチャリと開ける。
「さあ、二人とも、ここでお話しをしようか」
そう笑顔で私と翔和の二人を主人のように出迎えたのであった。
本当に、この男は一体何なの!?
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