第32話 暴露

 ヒュノプスに連れられるままに私は一つの部屋に案内された。

 そこには美琴が先客のように席に着いていた。

 まるで生きているようにこれまでと変わらない姿。

 私は若干の焦りを覚えるが、私は彼女を間違いなく夜蜘蛛で殺害したのだから、あそこにいるのはあくまでも霊体と呼称されるものであって、本物ではない。

 ん? 一応、本物にはなるのか?

 まあ、どちらでもいい。

 私を殺しにかかって来さえしなければ、私は恐れるものは何もないのだから。

 そして、もしも、私を殺そうとするならば、契約を結んでいる関係で救ってもらえるはずだ。

 救ってもらえないのなら、私は何のためにこの死神に血を分け与えているというのだ……。

 タダ飯を食われているような気がして、少々腹立たしく感じてしまう。


「翔和ちゃんも、こっちにおいでよ。君と話をしたい子がいるんだ」

「…………ヒュノプス……、その子、入った瞬間から凄い憎悪が出てるんだけど……」

「大丈夫だよ。君を殺したりしないから……。もしものときはボクがきちんと殺ってあげるから」

「いや、すでに死んでる相手に……。こういうのってオーバーキルって言うのかしら?」

「たぶん、それ意味間違っていると思うから……」

「そうなの?」

「うん……。さあ、待たせるのも悪いだろうから、おいでよ」


 私は相手が分かっている状況にもかかわらず、案内された席に座る。

 目の前には美琴がいる。

 これだけでも何だか変な感じだ。

 私の知っている美琴は、事故で胴体と頭が引きちぎられた姿……か、葬儀の時に見た綺麗に取り繕った姿。

 私が対面するように座ると、美琴はビクリと身体を震わせる。

 いつも、こちらがあなたに驚かされているので、そちらの方が驚かされているのだけれど……。


「お久しぶりね、美琴」

「本当、久しぶりよね、翔和」


 何だか変な感じ。お互いがジャブの打ち合いをしているような、探りを入れているような感じ。


「美琴は今、どんな気分?」

「大親友だった人と会えて嬉しいよ。て、言うべきなのかしら? さすがに殺された相手を面と向かうと変な気分ね。少し腹立たしさも芽生えるかも」

「そう……。で、やっぱり原因は分からずじまいだったのね?」

「ええ、そもそも私が何かをしたのであれば、分かるかもしれないけれど、私がしたという記憶がないのだから……」

「でしょうね。だって、あなたの問題じゃないもの。これはあなたの血親だった人の問題だもの」

「お、お父さん?」

「ええ、美琴はお父さんのことを覚えている?」

「もちろん、小さいころに亡くなったけど、すごく多忙な人だと認識してるわ。週に何度か帰ってきて、それ以外は仕事をしているって感じの……」

「やっぱりその認識だったのね」

「何よ、その言い方は……」

「だって、あなたのお父さんは私のお父さんでもあるのよ」


 美琴は私の言ったことに対して、一瞬戸惑いの表情を浮かべる。

 そりゃそうだろう。私が言ったことを理解できる人間なんてそういやしない。

 だって、美琴の父親は私の父親だと今ここで言ったのだから。

 当然ながら、それは到底理解できない、というか理解できないことだと思う。


「アンタ、今、自分が何を言ったのか分かってるの?」

「ええ、分かっているわよ……。あなたの父親、つまり私の父親でもあるけれど、ややこしいから、もう名前で呼ぶわね。『義雄』の不倫がすべての原因なのよ」

「――――!?」

「あ、やっぱり気づいてなかったんだ……。そりゃ、殺されても気づくことはないか。単に不幸の連鎖が起こった悲しい女の子って感じで今まで生きて来たのね」

「お父さんは5年前に飛行機の整備不良が原因の事故で亡くなったはずよ……」

「その整備不良が人為的に作られたものだったらどうするの?」

「何よ、それ?」

「あれは夜蜘蛛がしてくれたの……。私にはまだまだ分からないことだらけだったから、夜蜘蛛が私の意思を理解してくれて、飛行機の配線の一部を接続不良状態にしてくれた。そして、一定時間が経ったときに、接続不良が問題を引き起こし、エンジンが不調をきたして、墜落……。正直、スッキリしたわ。私のお母さんを泣かせた最悪な男を殺せたんですもの」

「そ、そんな………」


 美琴の瞳には涙が浮かび始めている。

 この程度のことで涙が流せるなんて、感受性の豊かな子ね……。


「新聞に義雄の名前が載ったとき、一時的にお母さんは複雑な表情をしていたけれど、最終的には落ち着きを取り戻したわ。どうしてもっと素直に喜べなかったのかしら……」

「それは、戻って来て欲しかったからでしょ……」


 美琴がボソリと呟く。


「はぁ? 戻って来て欲しい? どうしてそんなことを思っているのよ! 私とお母さんは見捨てられたのよ」

「たとえ、そうであっても自分のもとに帰って来てくれるのではと、少しは淡い気持ちを抱いているものなのよ」

「ふん。訳が分からない。まあ、いいわ。そして、次にあなたのお母さん。これは美琴も一緒だったのだから、覚えているでしょ?」

「生憎、私はあの蜘蛛の所為で、記憶を改竄されていたわ。自分で過去を見に行って初めて気づいたわ。あのような残虐な殺し方をされたんだってね……」

「何? 私を恨むの? それは間違っているわ。恨むなら、義雄を恨みなさいよ」

「お父さんは確かに間違っていたかもしれないけれど、でも、だからといって、そこに他者を巻き込むのは間違っているわ」

「そう、勝手にそう思っていればいいわ。これは私と夜蜘蛛の考えた計画の1つだったのだから……」

「そして、次に――――」

「お姉ちゃんは?」

「は?」

「お姉ちゃんを殺したのはあなたなの!?」

「な、何言ってるの!? 私、あなたに姉がいたことなんて知らないんだけど!」

「う、嘘! 殺したんでしょ!」

「誓っていいわ。私はあなたのお姉さんを殺してなんかいない。そもそもあなたにお姉さんがいたなんて本当に今知ったばかりよ!」


 な、何なの!? 急に人が変わったみたいに、美琴のお姉さんなんて本当に知らないわよ。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 翔和が私を睨みつけている。と、ヒュノプスが私の傍に寄り、


「美琴ちゃん、どうやら翔和ちゃんは嘘をついていないようだ……。ボクら死神は嘘をつく人間を見逃さない。でも、今、ここではそのような感じは認められない。だから、翔和ちゃんは嘘をついていないよ」

「そ、そうですか……」


 私はちょっと肩を落としてしまう。


「大事なお姉さんだったんだね?」

「ええ、私にとっては……。病弱で常に入院していました。病棟が病棟なだけになかなか会いにいけなかったので、もしかすると、お姉さん自身は家族を恨んでいたのかもしれませんが……。そんな姉はお母さんが亡くなった翌年に他界しました。病院は病死と伝えてきたのですが、さっきからの話を聞いてしまうと、これも翔和が……て思ってしまって……」

「そうか。名前は何て言ったんだい?」

「相沢美鼓です」

「………。その名前は聞いたことがあるなぁ……。たぶん、タナトスが最期を担当したはずだ……」

「タナトスが……?」


 私はヒュノプスの方を振り返る。

 背に翼を生やした青年はコクリと頷くと、


「彼からそんな話は聞かなかったかい?」

「ええ……聞いてはいま………」


 いや、聞いていた。しかも、すごく最近に………。

 病弱な女の子が自分で大鎌を喉に突き刺して、亡くなったという話を……。

 あれが、美鼓お姉ちゃんだったら………。

 亡くなったのも2年前だから、辻褄は合う。


「その表情だと話は聞いていたみたいだね……」

「はい。知ってますね……。美鼓お姉ちゃんの最後は……」

「ほら、関係なかったでしょ?」


 翔和は当然じゃないという顔をする。


「ちなみにその次は、権藤雄一けんどうゆういちという男よ」

「え!? 雄一先輩が!? どうして?」

「この男はね、あなたに振られた後に自暴自棄に陥って、防寒まがいのことをして、私のお母さんの再婚相手を殺害したのよ。しかも、再婚して1年という記念日の日にね!」

「――――――!?」


 何だか、翔和も色々と不幸を溜め込んでしまっているような気がする。

 言ってはいけないのかもしれないけれど、私と違ってそういう不幸が来た時にため込めない子だったのね……。

 だから、夜蜘蛛という使役霊を使って、自分に不幸を突き付けた人物を殺害し続けた。


「そして、最後にあなたよ、美琴。私にとって、大親友を演じ続けられたことは本当に凄いことだったわ……。いつ、あなたを殺害しようか悩んだくらいだったもの……」

「翔和………」

「最後は呆気なく死んでくれたおかげで、私としてはエピローグがやや消極的過ぎとも思ったけれども、まさか、浮遊霊のようになって私の人生に干渉して来るなんて思いもしなかったわ……。以上が私のあなたに対する復讐劇の顛末よ」

「―――――」


 私は沸き起こってくる『何か』を抑えようと必死だった。

 もう爆発しかけていたかもしれない。

 いや、もう私は完全に爆発していた――――。




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作品をお読みいただきありがとうございます!

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