第8話 嫌悪
私にとっては、今、目の前にいるものが一体何なのかを考える余裕すらなかった。
いや、それよりも、怖いものは怖い。
黒い霧がかったモヤモヤとした姿のもの。
それは明らかに人の形をしているようだったし、見れば見るほどその造形は何か人としては部分的に失われている。
ここから逃げなきゃ————!!
私は心の中でそう思い、家に向かって走り出そうとする。
しかし、それは叶わなかった。
歩みが止まるわけでもなく、そのままウロウロしている黒い影の間を通り過ぎる。
こ、怖すぎて、呼吸ができない———!!
歩いていると、目の前の黒い影が私に触れようとする。
私は「嫌ッ!」と叫ぶと、身体はひょいとその影から身体を逃がした。
一体何なの———!? これは何なの!?
私の募るイライラをさらに増長させるように、今度は電柱の陰からろくろ首のような妖怪として見たことのあるようなものが飛び出してくる。
えっと……こういうのって目線を合わせなければ大丈夫なのよ!
そういう風にあるホラー漫画に出てくる女子高生がしてたもの!
私は意識的に視線を逸らす……が、思ったことを脳から意思伝達がなされていないのか、がっつりと見せつけられる。しかも、その黒い影が私の方に襲い掛かってくる。
私の身体はひょいっとその襲撃から逃れてくれるものの、何だか怖さはある。
もう! 本当に嫌なんだけどぉ———————!!
私は自然と涙が溢れてくる。
当たり前だ。こんな怖い思いして普通にしていられるわけがない。
そんなことを思っていると、前方から真っ直ぐこちらに向かって歩いてくる人がいる。
ああ、よかった……。まだ、深夜じゃないものね。
私は何とかその人に助けを求めたくて仕方がない。
しかし、その考えが甘かったということを私はそう思った5秒後に知ることとなる。
お、お前は………。
そう。目の前にいるのは、制服姿の相沢美琴。
いつも見せていた可愛らしい微笑みを浮かべている。
そ、そんなはずはない……。だって、美琴は死んだはずなんだから……。
私はそう思った瞬間。
首がビチビチ、ギチギチと皮膚や肉、そして筋がひきちぎれるような音とともに美琴の首が地面にボトリと落ちる。
その顔はそのまま私の視線にとらえられるが、その顔もまだ可愛らしく微笑んだままだった。
気持ち悪くなった。いや、恐怖で頭がおかしくなった。
その刹那、私の肉体は自分の意思を取り戻したように動かせるようになった。
私は目から大粒の涙を溢れさせ、息を切らせつつ自宅に翔けて帰った。
そして、帰宅した私はその日、外からの情報をすべて遮断するようにして寝た。
お母さんが気にして声を掛けてくれたが、「大丈夫……」とだけ返事をしておいた。
翌日、お母さんには体調がすぐれないという理由で学校を欠席することにした。
そもそも学校を休んだのには別の理由があった。
このままでは、私は相沢美琴に殺されてしまう。
美琴は成仏なんかしていない。
きっと私の周辺にいて、私を呪い殺そうとしているに違いない。
そうであるならば、私にだって手がないわけではない。
私は美琴を殺すときに使用した守護霊がいる。
「
あまりの禍々しさにこの復讐劇が終わった後、退魔師によってその存在を一時的に封じ込めてもらっていたのだ。
とはいえ、こうも連日攻撃をしかけられては、私自身の身が持たない。
私は一つの決意として、自分の身を護るために「夜蜘蛛」の解放をするために退魔師の
元へと連れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私とタナトスは、翔和の後を付けていた。
理由は簡単だ。何か怪しいからというもの。
タナトスは何か嫌な予感がするのと、日替わりの運勢占いで良くない運勢だったらしく、付いていきたくないと言っていたが、無理やり連れてきた。
「ねえ、あれ、どう思う?」
山の石段を上っている翔和を見つつ、私はタナトスに話しかける。
タナトスは腕を組みながら、
「どう、とはどういう意味だ?」
「ああ、ごめん。昨日のは、効果あったのかな、ってこと」
「効果はあったんじゃないか? そうでなければ今日、わざわざ行動を起こしていないだろう」
「まあ、そっか。それにしても、この山は何なのかしら、すごく嫌な臭いプンプンなんだけど……」
「へえ、霊体の美琴でも感じるのか? すごいな……。さすが、霊力保有量が増えているだけのことはある」
「それって褒めてるんだよね?」
「ああ、もちろん。もっと激しいことをすれば、もっと保有量が増えるぞ?」
「あ、そこまでは結構です」
私は顔を赤らめながら拒否する。
まったく、このエロ死神め。すぐに私にエッチなことをしようとしてくる。
私たちはまだ一線を越えていない健全な関係なのだ!
「まあ、本題に戻ると、あの山はきっと霊力の強い人間が巣食っているようだな」
「霊力の強い人間?」
「ああ、霊能士とか退魔師とかいった類の霊体と対話をすることができるような連中がいるだろう。あれのことだ」
「ああいうのってテレビで見るけど、嘘だと思ってた!」
「たまに本物もいる。それに本物はテレビに出なくても勝手に客はやって来るもんなんだよ、今回みたいにな」
翔和は階段を上り切り、そのまま建物の中に入っていく。
神社とも寺院とも取れるような佇まいに私は呆気にとられる。
「こういうのって神仏習合とかいう状態なの?」
「まあ、そういってもいいけれど、前にも言ったが、それは人間が勝手に決めたルールだから、俺ら天界の人間はそういうものはどうでもいいと思っている」
「あまり近づくと気づかれちゃうかな?」
「そうだな……。何が行われているのか分からないが、ここで待つとするか……」
タナトスの提案に私は賛同して、翔和が用を終えて出てくるのを建物の外で待つことにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私は勢いよく障子を開ける。
そこには数珠を身体に巻き付け、札を身体に張り巡らせた傍から見れば怪しさしかない中年のおじさんが座っていた。この人物こそ、退魔師の
私に夜蜘蛛を授けてくれた張本人である。
「今日はいたのね」
「虫の知らせというものだ……。今日は何やらお前が来そうな気がしたから、外出をせんかっただけだ」
「そう。ならば私にとっては好都合だったわ」
「『夜蜘蛛』か?」
「そう。あの子を再度、私の守護霊としてほしいの」
「して、理由は?」
「私の命が死者に狙われている。昨日も私の身体が乗っ取られたの。これ以上、黙っていられないわ。自分の身は自分で守れないと!」
「ふむ。しかし、使役霊を維持し続けるのは——」
「分かってる。霊力を消耗するんでしょう? でも、仕方ないのよ。私にはあの『夜蜘蛛』が必要なんだから……」
「ならば、まずは霊力を維持し続けるようにこの数珠を……」
私は言われるがままに翡翠のような色合いの数珠を受け取り、左手にはめる。
西大寺は私を部屋の中央の魔法陣のようなものが描かれた部分に立たせる。
いよいよ、再会できる。そして、今度は私の身を守ってもらう。
西大寺は陣形の外から念仏、呪術にも聞こえる
陣形は鮮やかな色を放ちだし、そして私を暖かい光が包み込む。
おかえり、私の相棒————。
そう、心の中で呟いて、目を開くと、先ほどまで包まれていた光そのものが消えていた。
「……気配は感じるか?」
「ええ、懐かしい気配を感じるわ……。これで自分の身を守ることもできそうね」
私はニヤリと西大寺に向かって意地悪く微笑んだ。
西大寺は一つため息をつき、右手を差し出す。
コイツはコイツでちゃっかりしている。しっかりと金を貪り取るのだから。
私は封筒に入れた現金10万円を西大寺に叩きつけるように手渡すと、彼に背を向けた。
「また、何かあれば相談に乗ってやろう……」
「そうならないことを願いたいものだわ……」
私は西大寺の言葉に心底嫌そうな表情でそう応えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
建物から出てきた翔和には黒い霞のようなものが憑りついていた。
この感じ、どこかで……。
「あ! あれって私が殺されたときの……」
「ああ、どうやらあの時の守護霊のようだな……」
私の心の奥底に、嫌悪感にも似た何かが沸々と湧き上がってくる。
翔和は私のいる方を見上げる。
え!? 気づかれている!?
「ねえ、翔和って私が見えてるの?」
「いや、たぶん、ヘボいお前じゃなくて、俺が見えているんだろうな……。使役霊を身に着けると、霊力の強いものを見えることがあるようだからな……。お前みたいにヘボいのは見えないと思う」
「ヘボって言い続けるな! 傷つくでしょ!? て、あの守護霊、何とかなるの?」
「どういったものが守護霊になっているのかは分からないから何とも……」
タナトスがそう言った瞬間、目の前に白い線上の物がいくつも仕掛けてくる。
タナトスが張り巡らせた障壁によって、防がれるものの勢いがそがれただけで、再び線上のものが地表から攻撃してくる。
「どうやら、逃げさせてくれるようではないみたいだな……」
「じゃあ……」
「ちょっとばかり黙らせる必要があるみたいだな……」
タナトスは『夜蜘蛛』に向かって挑むために、地表に近づく。
どこからともなく取り出した死神の持つ禍々しい鎌を装備して———。
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