第7話 蠢動

 私はまだ翔和の部屋にいた。

 翔和は深夜2時という時間帯にもかかわらず、大暴れする。

 そりゃそうだろう。

 殺したはずの相手が一度ならまだしも、こう何度も目の前に現れたのであれば、恐怖心も湧いて来るはずだ。

 しかも、今回はそれどころではない。

 私が直接、彼女の身体を押さえつけるという芸当までしでかしてやったのだ。

 これで冷静さを保っていられるわけがない。

 ただ、翔和自身は霊力を感知する力はないのか、私の姿が消えた今、直接私がどこにいるのかをまるで分かっていない方向を見ている。

 友理奈の視線は明らかに私を見抜いているような視線だけれど、翔和はそうでない。

 そうとなれば、今度は私がさらに翔和を恐怖に陥れて、私の存在を理解してもらえるようにしなくてはならない。


「だって、あれだけの憎悪を私に向けてくれたんだもの……」


 私はニヤリと微笑みながら、その場を後にした。




 私は身体をジタバタさせるが、全く動けそうにない。

 いや、何かに摑まってるんじゃないから安心して!

 私はそんなヘマはしない! こ、これは必要なことだからやってるんだけど、日に日に………。


「………ちゅるちゅる………」

「……あ♡ ちょ、ちょっと……裕也くん……」


 私は身体をピクピクさせて、頬を赤らめる。

 ど、どうして―――――。


「………ペロペロペロ………」

「……も、もう……そ、そこは……舐めちゃ……ダメ♡」


 タナトスに耳をハムハム、ペロペロされて、私は身体の奥底からゾクゾクと快感が押し寄せてくる。

 抱きしめられているのだが、身長差がありすぎて、私の身体は持ち上げられたままだったりする。

 やり場を失った足は押し寄せる快感にピクピクと痙攣して、耳奥を舐められた瞬間に、足は真っすぐにピーンと硬直した。

 私は断続的に押し寄せる快感に耐えられず、甘い吐息が漏れ出してしまう。

 だ、ダメ……。私、ここは耐えなきゃ!

 て、別にエッチしてるわけじゃないのよ!

 キスをして霊力を回復させる「儀式」のようなもの。

 私とタナトスは天界での登録では、「恋愛関係」と登録されてしまい、手を繋ぐという生温い方法では回復させてもらえないようになったらしく、キスをしなければならない。

 キスくらいならば、と私は了承したが、甘かった―――。

 どうやら、タナトスはその甘い顔面マスクによってイチコロになる女性も多いようだが、本性は天界きってのエロ死神らしい……。

 キスの行為だけでもエスカレートしていって、すでに今、私の身に起きていることも、私が生きている間には経験したことのないようなイチャラブエロキッス♡


「今日は美琴のしたいシチュエーションでしてあげてるんだぞ……」

「……わ、分かってるぅ……」


 わ、分かってる。分かってるから、裕也くんの声で言うの止めて!

 今日のシチュエーションは、『女性向けハーレム系ソシャゲ「True of LOVE ~私立薔薇園学園高等部~」の沢渡裕也くんが強引に私の唇を奪う』というファンならヨダレ物のシーンのはずだった。

 だが、エロ死神によってエロ修正が施された結果、キスをするまでに色々とされていたりする。まだ、キスすらしてもらえていない。にもかかわらず、身体がこんなにも敏感になっているなんて!?

 もう、胸の中は裕也くんの笑顔にキュンキュンさせられまくっているし、それだけならまだしも、キスの前の前戯的な首筋舐め、耳ハムハムペロリなどの悪行の結果、すでに私はメス堕ち寸前だったりする。

 いや、もう身体は堕ちてるのかもしれない。


「……ねえ、チューしてぇ……(メスボイス)」

「仕方がないなぁ……。じゃあ、ご褒美のチューね(裕也くんボイス)」


 タナトスは私の頬に手を添えて、自身の唇に私のものを導いてくれる。

 ……んちゅ……ちゅる…ぬちゅ………


「――――――――!?」


 ちょ、ちょっと!? 舌が入って来てるんですけど!?

 「True of LOVE ~私立薔薇園学園高等部~」っていつから18禁ゲームにレートが変更されたの!?

 と、自身が勘違いしてしまいそうな激しいキスに私は何度も身体をピクピクさせてしまう。

 嗚呼……私、イってる……。これ、間違いなく私、イっちゃってるよ……。

 マジで今、下着がやばい…ことになってる。

 でも、その代わりに今までにないくらい霊力が身体に流し込まれている。

 ああ、これもすっごく慣れてくると気持ちいいのよね。身体に満たされている感じが味わえて。


「……ゆ、裕也くぅ…ん……」


 そして、この後、私は小一時間、気を失ったのである。

 ええ、恥ずかしいことにイキすぎたことにより、何かの糸が切れたとでも思ってほしい……。

 いや、それ以上にえぐらないで……。私のみみっちぃ名誉のために……。




 私が目を覚ました後も目の前に半裸の沢渡裕也くんになり切った死神タナトスがいて、ひと悶着あったのだが、そこは私の自制心が打ち勝ち、事なきを経る。

 そして、私とタナトスは今、翔和のマンションにいる。

 時間は午後10時を過ぎて、良い子(小学生)は寝ている時間帯である。

 といっても、私たち高校生にとってはこの時間帯こそが、授業の予習をしたり、スマホをいじったりと色々と忙しい時間帯だったりする。

 翔和も授業の予習をしていたのだろう……。

 疲れたのか机に突っ伏すように寝ている。


「色々と頑張っているのは良いんだけどねぇ……。でも、私にあれだけの敵意をむき出しにしてくれちゃったら、ちょっとね……」

「で、美琴。本当にやるのか?」

「もちろん! タナトスから教えてもらったときに、マジでありがとう! って私、感動しちゃったんだから!」


 私はタナトスから青い宝玉を受け取ると、そのまま寝ている翔和に近づく。

 すると、まるで何かに吸い付かれているかのように、私の身体は翔和の身体に滑り込む。


「……うわぁっ!?」


 私が悲鳴を上げたときにはすでに翔和の身体に融合していた。

 皆さんは「夢遊病」と俗に言われるものをご存じだろうか。

 そう。ノンレム睡眠と呼ばれる深い眠りのときに生じる睡眠障害で、 脳が部分的に覚醒しているため、ベッドから起き上がって歩き回る症状が問題となる、あれだ。

 あれは実は霊的現象で起こっているというと、嘘つけと思われるかもしれないのだが、私からこれから実演して見せようとしているのはまさにそれだ。

 私のような死んだものである霊体が睡眠中の生きているものの身体に入り込むと、脳が部分的に覚醒してしまうのである。それは私たち霊体が意識を乗っ取った状態に陥るからである。

 そこで、霊体が身体を使って、歩き回ったりしているのが「夢遊病」なのである。

 で、私が今、翔和の身体に入ったということは、私の霊体による脳の部分的覚醒が生じて、視覚などの乗っ取り行動を起こすことができるのである。


「おお~! 本当に自由に体が動けるんだ!」

「当たり前だ。そもそも夢遊病などという病気が存在してたまるものか。あれは霊的現象なんだよ。ところで、このマンションの周囲には土地柄、地縛霊とか浮遊霊はたくさんいるから、だけでその子にとっては恐怖だろうな」

「おっけー。じゃあ、私、ちょっと出かけようかな」


 私は物音を立てずに翔和の部屋から廊下を通り、靴を履いて玄関から出る。一気にエレベーターで1階まで降り立つと、人一人いない静かな環境のお出ましだ。

 さすが、閑静な住宅街―――。

 人の気配が一人もいない。まさに好都合!

 さすがにハーフパンツにパーカー姿と言っても、高校生がこのような時間に意味もなく歩いていると、警察官に職務質問されてしまうのは目に見えている。

 私はキョロキョロと見まわすと、


「うん……。メチャクチャいるね……。野良幽霊……」

「まあ、この辺はもともと戦時中の陸軍の訓練学校跡とも言われているからな。訓練中に亡くなったものとか、戦死を遂げたものが帰る場所がなく、ここに戻ってきたというのはありえなくはない話だ」

「ああ、だから、この辺にいる野良幽霊さんたちは頭やら身体が異形となっているわけね……。普通に私でも怖いよ……。こんなのがマジマジと見てこられたら……」

「で、そろそろその女の意識も覚醒させるか?」

「そうね。視覚だけは共有させてあげて、あとは私が歩き回るとするかな……。これって、野良幽霊に触れると何か起こる?」

「まあ、無害とはいかないかな……。肉体そのものに問題が発生する可能性があるかもしれない」

「ああ、それはまずいわね……。死なれたら困るから……。私は翔和の一生を弄びたいんだから!」

「性格悪いよなぁ……。陰険すぎる……」

「ふん! 放っておいて! さあ、目を覚ましてあげて!」

「仰せのままに……」


 タナトスは私(翔和の身体)の目線の位置で人差し指を十字に切り、手をパッと広げる!

 瞬間に風圧とも言えない何かの圧によって私は気おされてしまう。

 その瞬間に翔和の身体の……いや、意識の中の翔和が目を覚ます。


「……ひっ!? 何なの!? これは………!?!?」


 翔和は目の前にたくさん蠢く黒い影……、つまり野良幽霊に驚き、その場で腰砕けになってしまったのであった。




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作品をお読みいただきありがとうございます!

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