第6話 反響

 目が覚めた時、スマートフォンで時間を確認したら、午前3時だった。

 寝ていたわけではない。さっき見た悪夢のような現実で1時間ほど気を失ったのだ。

 私は小刻みに震えていた。

 これは恐怖―――。

 そう。恐怖だわ。この感覚は今までも何回か味わったことがある。

 自身に守護霊が宿ったときもそうだった。

 守護霊が可愛らしいものばかりだと思っていたが、私に憑りついたのはそんなものではなく、化け物だった。

 それと相まみえたときは小学3年生ということもあって、腰が抜けると同時に軽く失禁してしまっていた。

 他にも何度かあったが、今日のそれはその中のものに匹敵するくらいの恐怖だった。


「……な…なんで……、アイツが……いる…のよう……」


 私は掛布団で全身を覆い隠し、漏れだすように吐きだした。

 目からは自然と涙が溢れ出ていた。

 どうして私がこんな怖い思いをしなくてはならないのだ……?


「アイツは……美琴は…死んだんだ……」


 そう。美琴は確かに死んだ。

 私の目の前で。

 私の手で直接殺したわけではないが、私の「意志」で殺したから、まあ、同義であろう。

 確かに私の目の前で美琴は、トラックに轢かれ、運悪く車体の下に身体が巻き込まれ、事もあろうか、首が引き千切られ、血を吹き出しながら、胴体と頭が離ればなれになった。

 そして、私は美琴の葬式に「友人」として出席して、その腹立たしくも幸せそうな死に顔のまま、出棺され、すでに骨となったはずだ。

 そんな美琴がなぜか、1時間前に私に対して金縛りを仕掛けてきた。

 それだけでも呪い殺されると思い、恐怖したのだが、殺されることはなかった。

 しかし、そこで見たのは、意地悪に私を恨むように見下ろす美琴であった。

 もしかしたら、まだこの部屋のどこかから見下ろしているのではないだろうか。

 そうなったら、むしろ、布団の中などで目の前に顔を出されたらそれこそ、失禁してしまう。

 私は自身の恨みを晴らしたいがために美琴を殺したのだから、何が悪い?

 法治国家だからなんだ!

 私は警察に事情聴取すらされたものの、両手で学生鞄を持っていたから疑われることすらなかった。

 むしろ、私の予想以上に壮絶な死に方だったから、それを目にして心理的に不安定になっているのではないかとカウンセリングすらしてもらえた。

 学校への復帰も好きな時に復活すれば良いということで、少し休暇をもらえもした。

 いきなり復帰すれば、鉄の心臓でも持っているのかと怪しまれたら、それこそ、これまでの計画が水泡と化すからだ。

 私にとっては今回は、長年の計画の成就。悲願を達成したのだから、これで終わりのはずだった。

 それなのに………。


「……うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 私は大声で叫び、掛布団を蹴り飛ばした。

 残念ながら、今は忌々しい姿の守護霊も私の奥底で冬眠中だ。

 自身に危険がないと察知したから、というよりも単に用済みだと思ったからだ。

 しかし、まさかこんなことになろうとは……。


「……ど、どこにいるの!?」


 私は部屋を見渡す。

 月明りが反射して部屋の壁に出来上がる揺らぎがすべて霊的なものに見えてしまう。

 私は手元にあった枕を思い切り投げつける。

 ガシャンッ!!!

 壁に飾られてあった写真が床に落ちて、ガラスが床面に砕け散る。


「―――――!?」


 しまった。

 私は今、寝間着姿だから、靴下を履いていない。

 何かあった場合、部屋から出ていくには床面に散らばったガラスの破片が邪魔になってしまう。

 後悔しても仕方ないのは分かっているものの、見えないものへの恐怖は恐ろしいほど大きい。

 いや、恐怖なんてものじゃない。

 神経質に部屋を見渡していると、ドアをノックされる。

 私は身体をビクリとさせて、


「誰? 誰かいるの!?」

「私よ。お母さんよ。どうしたの? こんな時間に大きな声を上げて……」

「分からない! 分からないけれど、何かがいるの!?」

「入っても大丈夫?」

「分からない!」


 私が悲鳴のような声で叫ぶと、お母さんがドアを開けて、部屋の灯りを点ける。

 部屋には何もいなかった。

 ただ、床面には壊れた写真立てのガラスの破片が散乱していた。


「あらあら……。どうしたの……。あなたらしくないわよ……」

「………………」


 私は何も答えられない。

 いや、どう返事すればいいのか分からなかった。

 そもそも私が見たものをこの場で母親に伝えて信じてもらえるだろうか……。

 否。信じてもらえるはずがない。

 そもそも頭がおかしくなった娘なんて見ても、母親が嬉しいわけがない。


「……こ、怖い夢を見たのよ……」

「あら、そうなの……。それであんな声出して、枕を投げつけたりしたのね……。少し、そこで待っていなさい。床にたくさんのガラスが散乱しているからこのままではケガをしてしまうわ……。掃除機を持ってくるから」

「……ありがとう……」


 お母さんは心配ではないのだろうか……?

 娘がこんな夜遅くに奇声を上げているのを見て……?

 本当に優しい母親だわ。

――だからこそ、アイツだけは許すことはできなかった。

 お母さんは、隣の部屋から掃除機を持ってきて、ガラスの破片を吸い取ってくれている。


「ねえ、お母さん……」

「なあに?」

「……私が奇声を上げていたのに、お母さんはどうしてその理由を訊いてこないの?」

「……うーん。別に訊かないわよ? だって、怖い夢を見ることだってあるし、時には奇声をあげたくなることもあるかもしれないじゃない。それは人それぞれだから、私はあなたが無事に元気でいてくれたら、それで幸せだから……」


 どうしてこんなに優しいお母さんなんだろう。

 私はそっと母親を抱きしめる。


「どうしたの? 今日は何か変ね?」

「……うん。何か変だけど、お母さんが来てくれて本当に良かったわ……」

「そう。私はいつまでも翔和のお母さんなんだから、いつでも頼っていいのよ……」

「……うん。ありがとう……」


 私はいつの間にか目から涙が零れ落ちていた。

 どうして、こんな優しいお母さんを………。

 だから、アイツらは許せなかったんだ……。




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