第13話 忠告

 私は美琴と退魔師のやりとりを遠巻きながら見ていた。

 私を殺したことに対して、この女は罪悪感などないというのだろうか。

 それどころか、私が何かをした結果、この事態に陥っているとまで考えているようだ。

 もうこうなったら、そんな馬鹿なとしか言いようがない。

 とはいえ、私が生きてきた人生の中で果たして翔和を追いこむようなことをしたことがあったのだろうか。

 私には本当に身に覚えがない。

 しかも、本人は私のことをかなり恨んでいる様子だったし……。

 私が一体何をしたというのだろうか……。




 頬をポリポリと掻きながら、タナトスは私を嫌そうな視線で見下ろす。


「で、また、俺を巻き込もうというのか?」

「いや、別に巻き込もうというつもりはないんだけれど、そもそも気になっちゃってさ……。私が昔、翔和に対して何をしたんだろうと思ってさ……」

「一方的に殺されたと思っていたかと思えば、今度はもしかしたら自分にも少しは責任があるかもとか思っていたりするのか?」

「私が何か悪いことをしたとは思っていないわよ! ただ、あそこまで言われちゃったら、自分の過去を思い出してみたくもなるじゃない? で、それが技術的に可能なのかどうかってこと。ほら、夢を遡るかのような感じでさ」

「まあ、それが不可能ではない」

「え!? そうなの? それ、やってみたい!」

「まあ、ちょっと待て……。そんなに簡単にできるものじゃないからな……。まずは原理を説明させてもらう」

「うん。分かった……」


 私はいつものアジト代わりに使っているラブホテルのベッドに腰かける。

 タナトスは私の前に立ち、学校の先生のように話を続ける。


「まず、美琴がやりたいことは、技術的には『回顧』と呼ばれるもので可能だと思う。過去に遭遇した出来事などを夢を見るように多視覚的に見ることが出来るというものだ……」

「つまり、その出来事が起こった場所に戻って、色んな角度から確認作業をすることができるのね?」

「まあ、そういうことになるな。自分の見たい角度で見ることが出来る。もちろん、これには霊力が必要となってくる」

「まあ、そりゃそうよね」

「霊力の使う量は、戻す時間とそれを見ている時間に比例して、消費されていくことになる。もちろん、今回は俺もサポートをして霊力切れで死ぬということは回避してやるつもりだがな……」

「おお! それは心強いじゃない!」

「ただし、今の美琴では無理だよ」

「ええーっ!? 私も結構、霊力量が増えたと思うよ! ……その、キスとかしてきたし……」

「まあ、霊力量は増えてきた。とはいえ、回顧を長時間行うには、まだ無理だと思う。あと……」

「あと?」


 タナトスは何を気にしているというのだろう。

 私は頬を膨らませて、タナトスを睨みつける。


「お前が気にしなければいいのだが、美琴が見たがっているものは、美琴の心を破壊していく可能性がある」

「―――それって……」


 そうだ。私が『回顧』を使って見ようと思っている出来事は自身の家族の死に関することだ。

 それを見ようとするならば、死に立ち会わなければならないのだ。

 もちろん、手を差し伸べれば助かるかもしれない瞬間に―――。


「夢への干渉は過去への干渉となり、時間軸の狭間に囚われる危険性がある。そして、そこに囚われたら最後。死神である俺たちや天界ですら手を出せなくなってしまう。つまり、成仏すらも出来なくなるということだ」


 それは何て怖い状況なんだ!

 つまり、夢に手を出さずに自身の精神が砕かれぬように耐えろってことか……。

 最初の回顧で見ようと思っていることは、すでに決めてある。

 ―――私の死の瞬間だ。

 つまり、自分の死を第三者の視点で見ることになる。

 そのための霊力保有量の不足と精神的な強さを手に入れる必要があるのだろう……。

 後者は自分の心次第なところがあるが、前者は私だけでは何ともならない……。

 それにすでに私はタナトスを裸で抱きしめ合っている……。

 こうなると、次に待っているのは……だよね……。

 も、もちろん、私は……け、経験がないわけではない……。

 ただ、その一回でトラウマがあるのだ……。

 私の初めては、私自身の家庭教師に無理やり奪われる形で喪失したのだから……。

 だから、男の人に何かをされるというのは恐怖でしかない。

 まあ、今、私たちがラブホテルにいるっていうのは、行為を行うのにはもってこいの場所であることは確かなのであるけれど、私の心の準備というものが必要だ……。


「……あ、あのさ……ちょっとだけ、考える時間をもらってもいいかな……」

「ああ……。さすがに即決するものでもないからな……。ゆっくりとシャワーでも浴びながら考えたらどうだ?」


 シャ、シャワー!?

 もしかして、タナトスはやる気満々なの!?

 ま、まあ、タナトスが相手だったら、顔と声が『大しゅき』な沢渡裕也くんだから、私としては願ってもないんだけれど……ってそうじゃなくって……!

 私は言われるがまま、シャワールームに向かう。

 いつも着ている制服を脱ぎ捨て、下着を外して、お風呂に入る。

 死んでから……、タナトスと出会ってからこのラブホテルをアジト代わりに使っているから何も変わらないはずなのに……なぜだろう……。

 今日のシャワーは緊張して胸の鼓動が早い……。


「痛いだけだったんだもんなぁ……。さすがにあれはもう味わいたくないのよね……私は……」


 ザ――――――――ッというノイズとともに、シャワーは私に熱めのお湯を降り注いでくれる。

 最近の私のお気に入りは、自身の身体をちょっぴり霊力を使って具現化させて、シャワーを浴びることだ。

 こうすると変な話、本当にシャワーを浴びているような感覚を味わえるのだ。

 いや、霊力の無駄遣いとか言わないで欲しい。

 この程度の霊力だったら、タナトスとハグするくらいで回復するのだから。


「でも、私の霊力保有量ってやっぱりまだ小さいんだなぁ……。この間の裸でお互いを抱きしめ合ったときは、すごく霊力が動いたし、何だかその……エッチな気持ちにもなっちゃったもんなぁ……」


 あの時は今思い出しても恥ずかしい。

 どうやらタナトスは記憶がないらしいけれど、私の脳内にはきちんと見たものが……、その場で行われたことが保存されてしまった。

 というよりも、エッチすぎて忘れたくても、本能的に忘れさせてくれない……。

 私は自分の胸を見下ろす。

 そんなに大きくない胸。いいえ、健康的な程よい大きさの胸と言って欲しい。

 水着さえ着れば、ポヨンとちょっぴり下乳も見せちゃうこともできる。

 タナトスはそのまま寝てしまったようだが、私はほうけた真っ赤な顔をタナトスに見せたくなくて、掛布団の中に隠れるようにして、あの日は寝てしまった。

 また、あんなことをされちゃうのかな………。

 て、私、ちょっと期待してる―――!?

 で、でも、レベルアップのためだもの………。



 私はシャワーを浴びると、バスタオルを着たまま、部屋に戻る。

 私はあまりにも自分が今しようとしていることに恥ずかしくなってしまい、身体をモジモジとさせてしまう。

 だ、だって、私、死神相手に誘ってるんだもんね……。

 死神相手にきちんとした初めてを………。


「あ、あのね……、タナトス。私、色々と考えたの……。私にとって辛いこともあるかもしれないけれど、やってみようと思うの……」

「分かった……。て、何で何も着てないんだ!?」


 タナトスは振り返って私を見るなり狼狽した。

 え、この男も狼狽するときってあるんだ……。しかも、私のような小娘の裸ごときで……。


「え……!? だって、霊力保有量のアップをさせないといけないでしょ!?」

「あ、そっちで悩んでたの!? 普通、自分の死ぬ姿とか見るのは辛いからそっちで悩むんだけれど!?」

「え!? まあ、そうよ! そっちも悩んだんだけど、私にとっては初エッチの方がハードルが高いっていうかー!」

「やっぱり初めてだったのか!?」

「や、やっぱりって何よ!? それにきちんと言うと初めてじゃないわ! すでに処女膜は喪失してるんだけれど、初めては無理やりだったから……そのトラウマというか……。痛かったし……」

「ああ、それは問題ない。夜な夜なお前が寝てる間にいじっていたから、濡れ具合はすでに理解しているし、美琴の場合は目を合わせればチョロリンだから……」

「チョロリンって言うな! それに夜な夜な私の身体使って遊ぶんじゃねー! はっ! 先週も何度かお漏らししたような感覚があったのは……」

「あ、そうそう。少しずついじって、霊力保有量のアップと回復をしてあげてたの」

「本人の合意の上でやれ~~~~~~~~~~~~!!!」


 もう、本当に雰囲気台無し!

 私がモジモジしていたのは何だったって言うの!?

 逆に恥ずかしさが吹っ飛んじゃって、エッチする気すらも―――、

 私がムカムカしていると、腰に手を添えられて、ベッドに私は重力に逆らえずに倒れ伏す。


「……もう、今はそんな―――!?」


 私は真正面を向くと、そこには沢渡裕也がこっちを見つめている。

 恥ずかしくなり、視線を逸らすために顔を背けようとするが、それは左頬に手を添えられたことで実現しなくなる。

 そのまま、彼はそっと私に顔を近づけ、


「君を傷つけたりなんかしない……。俺に任せて……」

「……はい♡」


 私はもう自分の顔を鏡で見ることすらできない。

 きっと、酷いメス顔をしていることだろう。顔が真っ赤になっているのだけはわかる。死んでいるから体温なんてものはないけれど、きっと生きていたら頭から湯気だっているだろう。


「まずはキスをするよ……」


 ちゅ……ちゅるちゅる……れろれろ……

 うん。いつも通りだけれど、いつも以上にエッチに思えちゃうのは覚悟の違いかな……。

 そのうち、私もしっかりと準備が出来てしまう。


「しっかりと解れたみたいだね……。じゃあ、するね」


 その後のことは覚えていない。

 朝、私が気づいたときには、タナトスを抱きしめていた。

 それがある意味で現場証拠のようなものになってしまっていた。




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