第12話 俗念

 私は促されるまま屋敷に案内される。

 それほど大きくない畳敷きの和室に通され、熱いほうじ茶が出される。

 私は気分を落ち着かせるために、ズズズ…と口に入れる。

 ほうじ茶の苦みと温かさが私の気持ちを落ち着かせる。

 退魔師・西大寺鳳凰はテレビに出て来るような詐欺師の類の霊能者ではない。

 本物の退魔師であり、霊能者でもある。

 これまでにも数多くの憑いている霊を取り除いてきた生粋の霊能者である。

 ただ、霊能者というと、テレビで騒がれている巷の嘘くさい連中のことをどうしても思い浮かべる人が多いようで、それを好まない西大寺は自分のことを退魔師と呼ぶようにしている。

 そんな彼と出会ったのは、私が小学3年のころだった。

 私はある事件に巻き込まれた影響で、周囲の人間とのかかわりを避けていた。

 そんな折、お母さんが私の手の甲に変なアザが出来たことを心配して、病院で検査をした。しかし、どこの病院も原因不明というよりも、私自身は健康体そのもので、検査をする必要性もなかった。

お母さんはその検査はおかしいと睨み、ついにはこの退魔師のもとにたどり着いたのである。

周囲の人々や親戚からは、ついにはお母さんは頭のおかしい人と思われて、ついには縁切りまで行われた。

しかし、この西大寺鳳凰に見てもらったところ、私には霊力は少ないものの「使役霊」を従わせれる体質であると同時に、このままでは私だけでなくお母さんにも「厄災」が降りかかるかもしれないということを言いだしたのである。

私は小学生ながら、この男の話している素振りを見るに、真面目ではあるもののテレビでよく見る詐欺師の類ものではないかと思い、信用していなかった。

お母さんは自身の信頼できる答えとして、この男に全幅の信頼を寄せていた。

私がこの男を信じることになったのは、その男に連れて行かれた古びた蔵でのことだった。

その蔵で、私は西大寺鳳凰による『召喚の儀』が行われ、私の身体に初めて守護霊が宿った。

それが「夜蜘蛛」であった。

私は召喚された「夜蜘蛛」を見て、泣きはしなかったものの、腰は砕けていた。

当たり前だが、恐怖の対象として見た。

目が合った瞬間、背筋の凍るような思いをし、そして喰われるとすら思った。

夜蜘蛛は私の目の前に近づくと、その禍々しい姿に恐れおののき、身体がガクガクと震えた。

 私はその瞬間、気を失った―――。

 怖さが限界に達して、私の脳は一時的な喪失を食らったのだった。

 目が覚めた時にはその恐怖の夜蜘蛛は目の前から姿が見えなくなっていたが、その代わりに私の腕には見慣れぬ腕輪が付けられていた。

 西大寺がいうには、この腕輪が夜蜘蛛と契りを結んだ証のようなものである、と。

 そこで私は悟った。

 あの恐ろしき蜘蛛の怪物は私の使役霊として体内に宿ったのだ、と。

 そして、それは私を主として認め、私の思い通り扱うことが出来るのだ、と。

 夜蜘蛛には、細々とした仕事を除き、大きな仕事を3つしてもらった。

 そして、最後は相沢美琴の殺害。

 このラストの仕事を終えた後、一度夜蜘蛛を封印した。

 しかし、脅威は再び私の前に現れた。

 そして、夜蜘蛛を呼び戻した。しかし、結果は惨敗。

 まさかの夜蜘蛛を失う結果にまでなった。

 私の考えが甘かったのだ。

 美琴くらい倒せると思っていた。しかし、この2週間で見違えるような恐怖を背負ってきていた。

 美琴は私に対して、何をしたいの―――?

 私がそんなことを考えていると、西大寺が煙草を煙管キセルで燻らせつつ、私に話しかけてくる。


「翔和よ……。夜蜘蛛はどうした?」

「見たままよ。失ったの」

「ほう? あの夜蜘蛛が倒されたということか?」

「そうよ……。私にとっては、恐怖以外の何物でもないわ……」

「どうやらかなり憔悴しているようだな」

「見れば分かるでしょ? 相手が死神だったのよ!?」

「死神だと? 相手がそう名乗ったのか?」

「そうよ……。死神タナトスだと本人は名乗っていたわ……。どうやらそいつが、私に恐怖を与えているようなの……」

「しかし……いや、まあ……」


 西大寺は何か悩み始める。

 どうしたというの? 私が何か悪いことをしたのであれば、文句の一つでも言われても仕方がないと思うが、単に死神タナトスに夜蜘蛛は殺された。

 これははっきりとしたことだ。


「ちなみに相手は死神だけだったのか?」

「ちょっと……。何が言いたいの? 私の話が嘘だとでも言いたいの?」

「いや、普通に死神がいきなり使役霊を倒しにかかるとは思えないということだ……。その死神が誰かの使い魔であるならば、分かるのだがな……」


 ふむ、とごつい手をふさふさの顎の髭にやる。

 顎髭を弄りながら、何やら悩んでいるようである。

 どうやら、コイツには私が相手にしていた死神以外の存在……つまり、美琴について感づき始めているようだ。


「何が言いたいの? 私は別に何か悪いことをしたわけではないのよ?」

「とはいえ、相手が死神となると話が違う……」

「どういうこと?」

「死神相手に、よくもまあ夜蜘蛛は善戦したと言いたいのだ。死神を相手にしてよくも生き延びてこれたな……と」


 ああ、これは分かっているな。

 私は悟った。西大寺は分かったうえで話をしている。私には、もう誤魔化せないんだぞ、という圧力をかけているのだ。


「死神が誰かの使役霊ということはありえるのか?」

「もちろん、あり得るわよ……。私の使役霊である夜蜘蛛には3つの大きな仕事をしてもらったことはあなたも知っているでしょう?」

「ああ……。中身までは聞き及んでないけれどね。君が復讐したいことがあったはずだよな……。今回の死神はその復讐に関係があるのか?」

「あると言えば、あるけれど、言いたくはないわ」

「たとえ、翔和の命を危うくするとなってもか?」


 西大寺は私にさらなる圧力をかけてくる。

 何としてでも言わせたいのだろう。私が夜蜘蛛にさせた3つの大仕事というものを。


「それは大丈夫よ。死神は私の命を狩ろうとはしていないみたいだから……」

「なっ!? 死神がそう言ったのか?」

「ええ、私の夜蜘蛛が倒された後に、死神にそう言われたわ……」

「ふむ……。ますます不可思議なことだな……」

「そう? 私も死神を目の前にして焦ってはいたけれど、命を狩られないと言われるとやっぱり安心してしまうわね……」

「いや、安心しても良いのか? 相手は死神だというのに……?」

「まあ、気持ち的には信用はしていないわよ。いつ殺されてしまうか分からないわ……。だから、相談に来たというのもありうるわね……」


 西大寺が先ほどから私の後ろに目をやりながら、何やらブツクサと独り言を言っている。

 私の背後がどうかしたのか?


「結論から言うと、翔和よ……。お前はさらに大きな怨恨を背負わされておる」

「怨恨?」

「何か、知っているのか?」

「さあね……」


 ありまくるわよ! つい先日殺した美琴にはとっても憎悪、恨みを持たれていてもおかしくない。

 いや、というよりも持っている……アイツは。

 そもそもどうして自身が死ななくてはならないのか理解していない。だから、この世の中から簡単に成仏することもなく、いまだに私の近くにいているのだから……。


「まあ、良い……。どうせ、あったとしても私に話をしてくれることはないだろう?」

「あれば……の話でしょう?」

「ないと言い切れるのか?」

「それは答えらないわ……」

「それはあると言っているようなものなんだがな……。まあ、よい。とにかく、それならば1つだけ言っておいてやろう……。お前が過去にあったことで憎悪の念に取り込まれて、その恨みを晴らすために『何か』を行ったとした場合、お前はそれに対する償いをしなくてはならないということだけは肝に銘じておくのだぞ」

「何が言いたいの?」

「……何、罪を犯せば、それだけ必ず償いもなしに生きていくことは不可能ということだよ……。これ以上を皆まで言わなくても、理解できるだけの頭脳を持っていると、私はお前のことは買っているのだがね」


 本当にムカつく男だ。

 私のことを買っている? 試しているの間違いだろう。

 私は常にこの男の手の平の上で転がされていると小学生のころから思っている。

 そもそもそういう残念な扱いを常にされてきたのだから……。

 思い出せるのはこの男に色々とされながら、美琴家族を不幸に落とし込むことだけしか考えていなかったあの頃だ。

 そうだ。

 私にとって、美琴の存在そのものが許せないと常日頃からコイツに思わされてきた。

 だからこそ、本当に美琴を消さなければならない。

 美琴を消すためなら、この命を投げ打ってでも構わない。

 さあ、夜蜘蛛すら消された私は次はどういう実験台にしてくれるのであろうか?

 西大寺鳳凰―――。

 私に対して次はどのような一手を打ち出してくれるのかしら……。

 相沢美琴―――。

 本気であなただけは許さない。どうして許されないのか、自身の過去を今一度見てみなさい。

 そうすれば、恨みを持たれて当然だと理解できるから……!





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作品をお読みいただきありがとうございます!

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