第11話 呪縛

 キシャァァアァァァァァァァァァァァァッ!!!


 蜘蛛って喋るんだ……。

 変なもので、私にとって、もはや恐怖を上回りすぎたのだろうか。

 自分の身体の何倍もある図体をした夜蜘蛛を見上げると、何だか落ち着いた気持ちにもなれた。

 翔和は自身の身体から夜蜘蛛は全身を現した。

 黒光りする甲殻の8本の脚が私たちの目の前に現れると、その大きさには驚いたのだけれど。


「で、死神さん、そこに美琴はいるの?」

「ああ、いるぞ。美琴ならば、今俺に抱きついているよ」

「ええっ!?」


 抱きついてねーよ!

 て、翔和はまだ私を見ることはできないんだ。

 さすがに霊力の消耗がもったいないから、霊体の具現化はさせないでおくけれど……。


「てのは冗談で、普通に俺の横にいるけれど、見えないのか?」

「ええ、私はもともと霊力を持ち合わせていないのでね」

「そうか。守護霊を介して上位霊しか見えないのか……」

「ええ、そういうこと。だから、下位霊である美琴は普通には見えないのよ。地縛霊とか私に危害を加えそうなものは見えるのだから、美琴も私に害を加える存在として見えても当然なのにね」

「ま、見えてないならそれに越したことはない。見えたらそれだけ前の気持ちも乱れるんだろうからな」

「そうね。さあ、お喋りはここまでにしましょう。一気に片をつけてあげる」


 翔和はペロリと舌なめずりをして、夜蜘蛛に「さあ、殺せ」と指示を出す。

 夜蜘蛛は守護霊として何をすべきか理解したうえで、こちらに白い糸を複数本放つ!

 て、私でも見える―――!

 白い糸がどう動いているのか。そして、その軌道がどこにむかっているのか!

 私はタナトスに抱きつくようにしながら、さっと左に身を捻る。

 タナトスは私を連れたまま、身をひるがえし、大釜で蜘蛛の糸を一太刀する。


「先日の地縛霊を倒しているところを見て思ったのだが、この蜘蛛の糸は少々面倒な仕様だな」

「何が言いたいというの?」

「いや、糸を使って霊力や魂を吸収できるのであれば、面倒くさいことを取っ払って捕まえるだけに専念すればいいのだろうが、吸収しようとすると物理的に喰わなければ接種できないというのは実に構造的欠陥を持っている」

「何を強がっているの? 夜蜘蛛パートナーをバカにしないでよ!」


 翔和の怒りとともに、夜蜘蛛の攻撃も一層激しさを増す。

 さすがパートナーと呼んでいるだけのことはある。翔和の感情一つでこうも攻撃力が変わるとは……。

 タナトスに対する夜蜘蛛の前足二本による斬撃が絶え間なく続く!

 私は蜘蛛の糸から逃れつつ、夜蜘蛛の後方や図体の下に潜り込んだりと逃げ回っている。

 とはいえ、翔和に見えていないから好都合。

 何が起こっているのか分かっていないらしい。

 翔和の視線の先にはタナトスしか見えていない。

 そろそろ私の状況も変化しつつあった。

 その時――――、


「……ぐぅあっ!?」


 斬撃の一つをかわした瞬間に、蜘蛛の糸でタナトスは捕らえられる。


「ようやく捕まってくれたわね! さあ、終わりの時にしましょう!」

「――――!!」


 タナトスは身をもがくものの糸が切れそうにはない。

 タナトスの身が夜蜘蛛に引き寄せられる。そのまま摂取しようとしているのだろう。

 ぬちゃあ……と夜蜘蛛の口が開き、中が蠢く。

 私たちはこの瞬間を待っていた。

 私はタナトスに近づき、抱きしめてキスをする。

 て、やっぱり舌入れて来るよ、この人ぉ~~~♡

 私の手には大鎌が生成され、そのままの勢いで夜蜘蛛の複数の赤い目を引き裂き、かつ守護霊の核ともいうべき石を砕いた。

 これがペアになったときにのみ出来る『守護霊斬り』―――。


 ギシャアアアァァァァァァァァァァァァァッ!!!!


 夜蜘蛛はグロテスクな断末魔ととも、蠢く口からは黒い石油の様な粘々とした粘液をまき散らし、暴れ狂った。

 夜蜘蛛は核を破壊され、使役者との契りが切られたことにより、霊力の提供が止まり、形を維持することが出来なくなり、崩れ始める。

 タナトスを巻き付けていた蜘蛛の糸も消し炭のようにボロボロと崩れ落ちていく。

 身動きの取れるようになったタナトスはそのまま私の抱きしめたまま、崩れ始めている核を掴み取る。

 夜蜘蛛の本体と核が引き剥がされたことにより、さらに形状崩壊が進み、黒い塵となって消えていった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 翔和は何が起こったか分からなかった。


「夜蜘蛛が崩れていっている!? なぜ、そんなことが起こるの!?」


 呆けていると、パキッという音が響き、退魔師・西大寺からもらった腕輪に激しいひび割れが生じ、パキンッという音とともに粉々に砕け散った。

 ど、どういうこと―――!?

 夜蜘蛛が殺されたというの―――?

 視線を上げると、そこには死神が立っていた。


「……ひぃっ!?」

「我が名は死神タナトス。美琴に免じてお前の命を奪い取りはしない」


 は―――!?

 恨んでいるはずの美琴が私を殺さないですって―――?

 どういうこと―――?

 混乱している私を無視して、死神タナトスは話を続ける。


「その代わり、これをくれてやろう……」


 そういうと、死神タナトスは右手に握りしめていた夜蜘蛛の朽ち果てようとする核を握りつぶり、黒い塵を私の頭上に振りかける。


「な、何をするの!? これが私の守護霊に対する弔い方なの!?」

「いいや、違う。これは俺からの美琴風に気の利かせたプレゼントだ……」


 何が起こるというのだろうか?

 ふんっ! 何も起こらな――――――、!?!?!?


「見える? 私のこと?」

「み、美琴!?」

「あ、見えるようになったんだ……。これで少しは私を意識するようになったんじゃない?」


 死神に抱きつきながら、笑顔で微笑む美琴。


「死んだはずなのに……!?」

「死んだ? ああ、殺したの間違いでしょ? 私はまだあの世に旅立ってないだけよ。あなたに色々としてあげたいから……」


 私は頬を少しばかり赤らめている美琴を睨みつける。

 そんな視線気にもしないをでも応えるかのように、


「これからは下級霊でも見えるようになるんだから、気を強く保ちなさいよ……。あ、ホラ?」


 美琴が右側を指さす。私は吊られるようにそちらを見ると、


「―――――――!?」


 目の前に顔がめった刺しにされたブヨブヨに太った上半身裸の男が、私の目の前にキスできるかくらい近くにいた。

 私はその瞬間に意識が飛んだ………。




 私が目を覚ますと、そこには死神と美琴の姿はなく、自分の部屋であった。

 ベッドから下り、締め切られたカーテンを開けて、窓の外を眺める。

 これまで見ていた景色と何一つ変わらぬ世界。

 そこに、地縛霊などの下級霊さえいなければ―――。

 公園で遊ぶ子ども、そしてその近くで談笑する母親。

 その母親の首に巻きつく黒い影。子どもと一緒に砂場を徘徊する赤ん坊の様な影。


「何ておぞましい世界なの……」


 振り返ると、そこには目玉一つの霊がギョロギョロと私の行動を見ている。

 私は目を合わせない素振りをしつつ、リビングへと向かう。

 リビングにはお母さんがいた。


「あら、大丈夫? うなされてたけれど……」

「う…ん……。ちょっと大丈夫じゃないかも……。何だか色々と悪化していて見たくないものまで見える……」

「そう……。この間行った退魔師の方の所に相談に行ってみたら?」

「でも、お金がかかるよ……」

「でも、あなたがこのままでは追い込まれてしまうわ。そうならないようにしないと……。だから、相談に行ってきなさい?」


 お母さんは本当に心配そうに私の顔を覗き込んでくる。

 お母さんには心配をかけたくないのに……。すべてはアイツの所為なのに……。


「……うん。分かったわ。じゃあ、今日、行ってみる」

「そう。学校には体調が悪いって連絡してあるから安心して行ってきなさい」


 お母さんは優しい表情で私を見送ってくれた。

 あんなトラウマを抱えているにもかかわらず―――。




 いつも思うのは、この山の階段はどうにかならないか、と。

 私は息を切らしながら、退魔師・西大寺鳳凰の屋敷に着く。

 門をくぐろうとしたとき、門に貼り付けてあった呪符が青白い炎を上げて燃えた。


「え!? 何? 何なの??」


 私は驚愕の声を上げると同時に、屋敷から西大寺が飛び出してきて、私の近くに走ってくる。

 が、ある一定の距離のところで、立ち止まる。


「翔和……。お主、どうして………」

「……え? 何? あなたには何が見えるの!?」

「以前とは波長は同じではあるが、これまでのものよりも大きなもの憑りついておる……」


 やっぱり美琴のことかしら。

 これまでよりも確かに強くもなっていたのも事実だし……。


「悪いが、ここまで増幅しているものを見せられると、夜蜘蛛が断たれたのも理解できる……。翔和よ、話を聞かせてもらうぞ……。さあ、入れ」


 私は西大寺に促されるまま、屋敷に入らされることとなった。

 この打てぬ終止符のひとつの区切りを見つけるために―――。




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作品をお読みいただきありがとうございます!

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