第10話 喜悦
ここ1週間ほど美琴らしきものに出会うこともない。
それどころではなく、超常現象そのものにすら出会うことも無くなった。
私は折角守護霊を呼び戻したというのに、平穏無事な生活を送っているわけである。
あれ以来、学校にも普段通り登校しているし、クラスメイトの友人たちとも何変わらぬ会話をしているといったところだ。
変わったことと言えば、最近、クラスメイトで美琴と仲の良かった片岡友理奈さんが私を少し避けているように感じることくらい。
まあ、あの子はあの子で少し変わった子だし、中学も別だったから、私と特段仲がいいというわけでもない。
とはいえ、普通に避けているというよりも何かに悟って避けられているような気がしてならない。
手出しをするつもりはないけれど、様子見という感じでは気にかけておいた方が良いかもしれない。
確かあの子のご実家は神社だったはずだから。
それにしても、夜蜘蛛を使役するのは本当に霊力を使う。
西大寺からもらった腕輪は、自身の体力エネルギーを霊力に変換するための道具だ。
この腕輪があるから、霊力の保有量が少ない私でも、夜蜘蛛のような守護霊を使役することができる。
とはいっても、コイツはまた格別守護霊の中でもレベルが上位のものだったりするので使役するとなるとそれなりの覚悟も必要とする。
まあ、最悪、美琴とあの死神がもう消えたというのであれば、夜蜘蛛を元通りに封印してしまえばいいだけだ。
災いをすべて払い除ける力がある守護霊は代償と引き換えに本当にいい仕事をしてくれると私は思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
目を覚ますとそこには裕也きゅん♡が私の方をずっと見つめていた。
私は自分の今の姿とその置かれた状況を一瞬で理解し、恥ずかしさのあまり彼とは反対側に向いてしまう。
ちょっと!? やっぱり、どう見ても沢渡裕也くんでしょうが!
ああ、恥ずかしい。やっぱり昨晩、私の身体を愛撫していたのは、裕也きゅん♡だったのね。
もう、死んでもいい!(て、死んでるんだっけ……)
「助けてくれてありがとう……」
彼は耳元でそう囁くと、私の耳を甘嚙みしてくる。
「ひやぁっ!?」
ドクドクと心臓の音は高まり、一気に顔は火照り始める。
裕也は私の身体に手を添えてくる。
「あ、そこは……」
「大丈夫、優しくするから……。ホラ、こっち向いて――」
私が彼の方に振り替えると、そのまま唇を塞がれる。
唾液が絡むような甘く濃厚なキスをする。
私はボーッとして裕也の顔を見る。
もう、彼のものになりたい―――!!
……くちゅ……
「ん? くちゅ……?」
「美琴、お前、エッチ過ぎないか、こんなに濡らして……」
「―――――!?!?!?」
私は一気に現実に引き戻された。
「調子に乗って、どこ触ってんのよ~~~~~~~~~~!!」
パチンッ!!!
私はタナトスから身体を引き剥がすと、凄い勢いで頬を叩いていた。
いやぁ、自我と理性というものは常に自己管理できるように鍛錬しておかなきゃダメだわ。
危うく倫理規定に引っかかるところだったわ!
「タナトス? 一線を越えてはダメなのよ? 分かってるわよね?」
「何を怒ってるんだよ……。お前も『裕也きゅん♡』とか言って、声どころか顔も蕩けて瞳もメス堕ちしてたじゃないか……」
「あー! 全部言わなくていいし! たとえ、メス堕ちしていても、私たちの関係はまだ恋愛関係で登録されているだけなんだから、リアルな恋人同士じゃないんだから一線を越えることはご法度です!」
「ああ、分かったよ。つまり、交尾するなってことだな?」
「こ、交尾とか言うな!」
「でも、しっかりと濡れてたのは事実だぞ。折角、さらなる快感を味わってもらおうかと思ったのに……」
「意識的には断じて求めてない!」
「まあ、身体は素直だったというわけだな。ところで、身体隠さなくていいのか? 俺、お前の裸体に興奮してるんだけど」
私はそう言われて、タナトスの下腹部のあたりに視線が自然と行ってしまう。
そこには、いきり立ったロングソ……て、説明させるなーっ!!
「もう! そんなもの朝から見せないでよね!!」
私は顔を真っ赤にして、風呂場に駆け出した。
シャワールームに逃げ込むと、何をするでもなくドキドキを抑えることに必死になっている。
だ、だって、脳裏に焼きついちゃったんだもん……。
私が服を着替え、気持ちを落ち着かせて、部屋に戻ったときには、タナトスはトイレからスッキリした表情で戻って来ていた。
えっと、ナニをしてきたんでしょうか……、あなたは。
敢えて聞きたくはありませんけれど……。
そこで、今回の回復の経緯を私が話をすると、それによる変化をタナトスが説明してくれた。
タナトスがいうには、私との『抱きしめ行為』によって霊力の共有の契りが結ばれただけでなく、私とタナトスにもその契約のボーナスのようなものが、それぞれ付加されたらしい。
かくいう私は、霊力保有量のさらなるレベルアップが行われ、実際、友理奈と話をしたときのように身体を触れ合うようなレベルであれば、24時間そのままでも霊力が枯渇することがないようになったらしい。それに霊力保有量がアップしたということは、霊的現象(人間界でいう超常現象)の起こせる幅が広がったらしく、地縛霊などはちょっとした霊力の供給により、私に従うようになったらしい。
「て、おいおい、そりゃとんでもないことじゃないの? だって、私がその辺にいる地縛霊を自分の好きなように扱えるわけでしょ?」
「まあ、さすがに奴隷のように扱ったり、勝手に処分したりは出来ないけれどな」
「いやいや、翔和に対して嫌がらせをするには十分すぎるでしょ」
「まあ、人を脅かすのは容易い御用だな」
さらに、タナトスにはどういうボーナスが付いたのかというと、私と霊力を共有しているときに限り、守護霊を使役者から断ち切ることが出来るようになったらしい。
「てことは、翔和についているあの夜蜘蛛を―――」
「ああ、潰すこともできるってわけだ」
「そうなんだ! それって凄いことじゃない?」
「ああ、だからもっと身体を重ねないか? もっとすごいボーナスが……」
「ねえ、この鎌って結構重いんだね。勢いで振り下ろしちゃったらタナトスも死んじゃうのかな?」
「……ちょ!? お前! それは止めろ! てか、どっから鎌を取り出したんだよ!」
「ホラ、霊力の共有が出来るようになったから……かな?」
「そんな無茶があるか!」
そそくさとタナトスは私から鎌を取り上げるとどこへともなく収納する。
便利そうだなぁ……この能力。
「もう、2週間も翔和の前に現れていないから、きっと私たちは消えたんだと思ってるんじゃないかしら。だから、翔和にはちゃんと私がまだ成仏していないってことを敢えて教えておきたいのよね」
「わざわざ教えたうえでイジメるってなかなか性格悪いな……お前」
「どうぞお好きなように言ってください! 私は不意打ちとかはしたくないタイプなの。正々堂々と翔和には精神的苦痛を味わってほしいの」
早速、地縛霊を使って、脅かしてやろうと思うのよね……。
私はタナトスを守護者として引き連れて、翔和の家に向かい、夕方になるのを待った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
放課後、私は駅前の本屋に寄った関係で、帰宅が遅くなっていた。
私も高校生なのだから、参考書を使って勉強を始めなくては、大学入試にも影響が出てしまう。
手は早いうちに打っておいた方が良い、と思ってのことだった。
家に近づいてくると、先日、美琴に連れてこられた辺りを通ることになった。
いつもこの辺は行き交う人が少なすぎる。本来ならば、犬の散歩などをしている人がもう少しいてもいいはずなのだが、今日は特にすれ違う人がいなかった。
夜蜘蛛が私の中で警鐘を鳴らす。
まるで危険が迫っているかのように―――。
その危険はすぐにやってくる。
夜蜘蛛を使役してから見えるようになっていた地縛霊などが続々とこちらに視線を送り始めるのである。
昨日まではこんな視線で見られたことがなかったにもかかわらず、だ。
こういう時は敢えて視線を合わせない方が良い。
私には夜蜘蛛がいるのだから、それに恐れて襲い掛かってくる霊などいない。
私はそう高を括っていた。
それが一瞬のスキを生み出していた。
電柱の陰にいた軍服姿の地縛霊が銃剣をこちらに向けて突進してきた。
「――――――!?!?!?」
私は悲鳴にならない声を上げるが、銃剣が私に突き刺さる瞬間に私の背中から生えた硬い手(足?)が軍服姿の地縛霊を貫き、耳鳴りの様な叫び声が脳内に叩きつけられる。
それが合図かのように続々と軍服姿の地縛霊が私に襲い掛かる。
私は逃げ惑うことはせず、夜蜘蛛を信じて迎え撃った。
低級の地縛霊は私に傷一つ付けることができないまま、黒い霧のように消え去った。
いや、夜蜘蛛に喰われていった。
「こんなに私に向かって直接攻撃をしかけてくるなんておかしい……」
私は脳裏に美琴の顔が浮かぶ。
「そう。そういうことね。やっぱり美琴は私を殺そうとしているのね。そこにいるんでしょ、美琴? やっぱりあの時、夜蜘蛛の餌にしておくべきだったわ……!」
私が振り返ると、そこには美琴が憎悪に満ちた表情でこちらを見ていた。
そしてその傍には先日深手を負わせた死神の姿も一緒にあった。
「そう。回復したんだ。いいわ。二人とも本当に夜蜘蛛の餌にしてあげるわ!!」
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