第23話 巫女

 恐怖———。

 そう。これは紛れもない恐怖だ。

 私の足はガクガクと震えている。でも、耐えなきゃ……。

 殺されるかもしれない———。

 私はその恐怖に心が満たされつつあった。

 今すぐにでも叫びたい。


「あ、片岡さん。叫んでも無駄ですよ。ここら周囲には、結界と人払いの術をがかけています。だから、叫んでも先生や他のクラスメイトが助けに来てくれることはありません」


 うわぁ、万事休すってこういう時に使う言葉なんだね!

 だって、目の前には翔和さんが、人殺しのような顔をしているし、その背後からは黒い足が何本も出てきている。

 そして、さらにギョロリと赤い硝子玉のような眼が私を見てくる。

 あれが美琴ちゃんの言ってた夜蜘蛛———。

 すごい禍々しいオーラ。そして、溢れ出てくる霊力。

 こんな守護霊を維持していられるなんて、神林さんって一体何者なのかしら……。


「ねえ、神林さん。あなたの目的は何なの? 私を亡き者にしたいだけ?」

「そうね。まずは夜蜘蛛を知られたので、ちょっと事故に遭っていただこうかと……」

「事故ですって!? 殺人事件じゃないですか!」

「そうですね。あなたから見たら殺人事件のように見えるかもしれませんが、私から見たら事故です」

「なるほど。そういうことですか……。美琴ちゃんは事故死なんかじゃないんですね」

「あら、察しが良いですね? でも、今、ここでそれを言われても無駄になるということは、考えられなかったのでしょうか……」


 神林さんは微動だにせず、私に話し続ける。

 背後の夜蜘蛛はゆらりゆらりと蠢きつつある。

 ああ、いつでも殺せるってことか……。

 悔しいなぁ……。私にもっと力があれば、この場を抜け出せたかもしれないのに———。


「さあ、片岡さん。そろそろ終わらせませんか?」

「不本意ではあるけれど、死なないように頑張るわ」

「いいえ、ここで死ぬんです。そして、夜蜘蛛の糧になっていただきます」


 うわぁ。それは本気で嫌かも……。

 あれにチューチュー吸われちゃうのかぁ……。

うあ! 確かになんか口っぽいところに針のようなものがあるし。


「あなたに選択肢なんてないの!」


 神林さんがそういった瞬間に、夜蜘蛛の糸が私の方に飛んでくる。

 私はそれを咄嗟にしゃがむことで回避する。

が、糸は速度を殺しつつ、ぐにゃりと曲がって私の方に向く。

私はそのまま転がって、その場を脱出する。

もちろん、私のいた場所には、糸が突き刺さり、床面が抉れる!


「ああっ! もう! 何でそんな自由気ままに操れるのよ! 物理的法則はどこに行ったの!?」


 私はベッドから落とされ、そして床を転がされと踏んだり蹴ったりだ。

 文句のひとつも言いたくなる。


「あら、わざわざベッドというバリケードから広い場所に出てくれると助かるわ。こちらも攻撃がしやすいから。ねぇ、夜蜘蛛?」


 夜蜘蛛は神林さんの背中から姿を現している。

 てか、デカッ! 違反レベルだろ? チートかよぉ!!

 私は、起き上がろうとするとその脅威に圧倒されてしまう。


「そんなに暴れたら保健室どころか、学校が壊れちゃうと思うんだけれど?」

「あなたって巫女の血筋なのに何も知らないのね。そもそもこの結界内で破壊されたものは結界の解除と同時に修復されるわよ。まるで何もなかったかのようにね」

「うえっ……。そんなのチートじゃん!」

「ええ、そうかもしれないわね。私のようにもともと能力のないものが、こうやって力を手に入れて、そして思い通りに何苦労することなく復讐劇を進めていくことができるのは、あなたのいう通りチートと言われてもおかしくないかもしれないわね……」


 何がおかしいのか、神林さんは悦に入るように「ふふふ」と上品に笑っている。

 保健室のドアは10mほど先にある。

けれど、ここが神林さんが言う結界で維持されただけの空間となると、開けたとしても逃げることはできない。それどころか、もしかすると開けることすらできないかもしれない。

ならば、何か、何かあの守護霊に……美琴ちゃんのために何か一撃を喰らわせてやりたい!


「では、一瞬で終わらせてあげます。おりなさい!」


 神林さんが言い放つと同時に、彼女の背後にいたはずの夜蜘蛛が私の目の前に移動していた。

 早っ!?

 咄嗟に私はしゃがみ込むしかない。

 私の頭上を蜘蛛の足が横に空を薙ぐ。


「本当に殺す気満々なんですね!」

「私はそういってるはずよ。片岡さんは、どうして分からないのかしら!」


 続いて蜘蛛の足の斬撃が振り下ろされる。

 あ、ダメだ! 絶対に避けれない————!

 私がもっと強かったら……。

 私がきちんと巫女になっていれば……。

 私にも守護霊がいたら……。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 夜蜘蛛の斬撃は、絶対に友理奈を貫くと思っていた。

 いや、避けられるはずのない状況だったから。


「……え、うそ……」


 私は言葉を漏らす。

 友理奈は最後に両腕で自分の身を護るように構えていた。

 だが、それが夜蜘蛛の足によって引き千切られることも、折られることもなかった。

 夜蜘蛛と友理奈の間には、七色に輝くまばゆい光に隔てられていた。


「……ちょ、ちょっと……何なの!?」


 翔和が理解できずに苛立ちを見せる。

 それもそのはずだ。

 友理奈の身体には闇魔法の使い手たちが好んで飼育していたと言われるバジリスクの白い版のような大蛇が、身体を護るように巻き付いていた。


「……ふぇ!? な、何? これは何なの!?」


 友理奈ですら、自身の守護霊を理解できずにいる。

 まだ、覚醒が達成されたわけではなく、ようやく卵から孵ったというべきなのだろう。

 友理奈の身体から溢れ出る霊力は、溢れ出ているだけで制御できている様子はない。

 このままではいずれ………。


「関係ないわ! そんな壁、破壊しなさい!」


 翔和の言葉に夜蜘蛛が鋏角を打ち付ける。

 渾身の力で、何度も、何度も………。

 ズシッ! ズシンッ! ビシィッ!!

 何度目かの鋏角の打ち付けにより、ついには壁にひび割れが生じる。

 マズい、このままでは明らかに防戦一方の友理奈の壁が破壊されたら終わってしまう。

 私はいてもたってもいられなくなり、飛び出した。

 タナトスが何かを叫んでいたようにも思えるけれど、私はそれよりも先に身体が動いていた。

 ビシィィィィィィィィィィィィィィィィッ!!!

 ひび割れは大きくなり、次の一撃で終わろうとしている。

 私は友理奈の身体に抱き着き、そのまま首筋にキスをした。

 きっとこれはルール違反。

 人間界に霊体の私は干渉することは許されない。

 私がしている行為は明らかに一線を越えてしまっている。

 でも、関係ない。

今は、友理奈が覚醒しないと今後がない———。

私はありったけの霊力を友理奈の身体に注ぎ込んだ。

 友理奈の身体は、光り輝く、七色の光を発光させながら———。

 その後のことは、あまりも早かった。

 友理奈が微笑むと、自ら壁を打ち破り、目の前に迫る鋏角を掴み取ると、そのままへし折った。

中から緑色の液体が溢れ出るのを横目に、友理奈はボソボソと聞こえない言葉を言ったかと思うと、身体に巻き付けていた大蛇を右腕に巻き付かせ、祝詞のりとを完成させるとそれが剣のように変化して、それで夜蜘蛛に対して何太刀も入れる。

夜蜘蛛は原型に回復を試みるも、細胞の復活が行われない。

 切り刻まれた場所は、黒い塵と化してきている。

 そして、最後にその白い剣で夜蜘蛛の頭を両断して、戦いは終わった。

 翔和は何が起こったのか分からないでいるが、自身の腕輪が砕け散ったのを見て、恐れをなして走り去った。


「……ありがとう……美琴ちゃん……」


 そういうと、友理奈は保健室の床に倒れ込んだ。

 タナトスは近づいて友理奈を観察して、


「彼女は大丈夫だ。たぶん、慣れぬ霊力量を扱ったから、身体にその負担が返ってきたのだろう。しばらくは目を覚まさないだろうな……」

「そっか……よかった。友理奈が死んじゃったら、元も子もないからね」

「いや、それよりもお前のやったことは……」

「分かってるよ……。ルール違反だよね。きっと罰が下るんだろうね……」


 私が落ち着いた調子でそういうと、何か違和感を感じた。

 あるはずのものがない……。

 そう。私の右手がなくなっていた……。

 砂のように私の霊体は綻び始め、崩れ落ちて言っている。


「そっか……。私、ルール違反と一緒に霊力もなくなっちゃったんだ……。後先考えないといつもこうなっちゃうからダメだね……私って……。きっと、私、このまま成仏しちゃうんだろうな……」

「落ち着け、美琴! お前はやるべきことをまだできていないんじゃないのか?」

「うん。でも、約束は守らなきゃ……。短い間だったけど、ワガママに付き合ってくれてありがとう。タナトス………」


 私の身体の部位が次々と形状崩壊をして、砂になっていく。

 私は目を閉じて、いよいよ成仏のときを待つことにした………。

 あ、形状崩壊と同時に意識もいよいよ保てなくなってきたかも………。





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作品をお読みいただきありがとうございます!

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