第29話 契約

 私は目を覚ますと、目の前に美琴がいた。

 もう、いい加減にして欲しい。

 どうしていつまでもこんな亡霊との生活を強いられるのだ。


「いい加減にして!」

「それはこっちのセリフなんだけど。どうして私がアンタに付きまとってるか分かってるの?」

「知らないわよ……。もしかして、成仏できなくて暇なの?」

「別に暇じゃないわよ」

「あら、そう……。じゃあ、どうして、私のもとに何度も来るの?」

「それはアンタが私を殺した理由を知りたいの!」

「は? 理由? まだ、分かってないの? 美琴の所為だと言ってるじゃないの!」

「私の所為!? その意味わからないのよ!」

「じゃあ、永遠に悩んでなさいよ!」

「アンタって本当に、ムカつくわね!」


 そういうと、美琴は私に迫ってきて、両腕を押さえてくる。

 え!? 何で!?

 どういうこと? どうして触れることが出来るの?

 私はジタバタと暴れまわるが、美琴に馬乗りのような状態になっており、身動きができない。


「あ、あなた、生きてるの!?」

「アンタが殺したんでしょうが! 目の前で見たでしょ!? いえ、目の前でアンタ自身が殺ったんでしょ!」

「じゃあ、どうして私を触れることが出来るのよ!?」

「それは企業秘密ってものよ! 知りたければ、アンタも私を殺した理由を教えなさいよ!」

「いやよ! あなたはあなた自身で気づく必要があるの。どうして私に殺されたか……」

「そればっかり。いいわ。今日はこのくらいにしておいてあげる。また、会いに来るからね……」


 そういうと、美琴は窓の方からすぅっと消えるように立ち去った。

 一体何だったのだろうか。

 美琴は死んでいない? じゃあ、最後はどうやって去ったというの?

 私はまた訳が分からなくなる。


「……本当に、何なのよ……」


 私はその日は朝まで恐怖で胸が高鳴ったままとなり、眠ることが出来なかった。

 どうやら、夜蜘蛛を再度失った今、アイツに相談する必要があるのかもしれない。

 私は翌日、学校を休んだ―――。




 退魔師・西大寺鳳凰の山はいつ登っても慣れない。

 そもそもどうして、こういう山の上を退魔師などの連中は好むのだろうか。

 空に近いと何かいいことでもあるというのか?

 私はそんなことをブツクサと言いながら、山道や階段を上って、ついには到着する。

 夥しい数の呪符で覆われた門をくぐると、そこには待ち伏せでもしていたかのように西大寺が立っていた。


「待っていたの?」

「ああ、そろそろ来ると思ってな……」


 髭面の男が私を屋敷に招き入れた。

 渋みの強い緑茶を私の目の前に差し出す。

 そもそも一般の客をもてなすことなどしない西大寺がお茶を入れてくれるのは、縁故から来るものなのだろう。


「今度は完全に夜蜘蛛の気配が消えているな……」

「そうね。やられたわ……。まさか、巫女の血族の人間があれほどにまで成長しているなんて思ってもいなかったわ。いつも学校ではふわふわしている感じだったから、少しは油断があったのは否定しないけれど、それでも急激な成長には裏がありそう……」

「で、夜蜘蛛とは関係が断たれたのか?」

「断たれたというよりも、その巫女に浄化されたというのが正しい表現かもしれないわね」

「そうか。さすがは巫女の血族と言ったところだな……」

「で、話は変わるんだけれど、昨日、霊体に身体を押さえつけられたの」

「ほう、霊体に?」


 先日、「すべてを話せ」と西大寺に言われた時に、私の復讐劇に関しても話をした。

 彼は別に私を警察に突き出す気もないように、「そうか」の興味なさそうに答えると、私の話の続きを興味深く聞いていた。

 そう。美琴の亡霊に攻撃されているという話に。


「お前が殺した娘がね……」

「あの子、生きてるんじゃないかしら……」

「はっはっはっ。面白いことを言うな。そもそもお前の目の前でその女は死んだんだろ? そして、葬儀場にもわざわざ出向いてその遺体とご対面までしてきて、まだそういうことを言うのか……」

「あなたも見たでしょ? ここで以前、死神と一緒にいた女を……!」

「ああ、見ているとも。凄くリアリティのある姿をしていたから、かなりの霊力を持っているようだな……。あそこまで成長させたのは君自身かもしれないな」

「どういう意味よ」

「そもそも霊体となれば、時期がくれば成仏させられるはずだ。ほれ、四十九日という言葉があるではないか。あの日を境に、あの世に旅立ち、この世と出会うことはできないというのが仏教界の考え方だ。しかし、あの子はそんな期間をもろともせずに、ずっと君に何かを仕掛けようとしている。と、なれば、その子自身に何か思いがあって、そこから来ているのではないかと私ならば推測するがね……」

「じゃあ、あの子は本当に……」

「どうした?」


 私の脳内には、美琴のセリフが反芻される。


『それはアンタが私を殺した理由を知りたいの!』


 本当に分かってなかったのね……。

そして、それが原動力になって、美琴が成長しているのね……。


「美琴は私に対して、殺した理由を知りたいと言っていたわ」

「どうやら、本人は意味も分からぬまま亡くなったようだな……」

「今まで散々、苦しめてきたというのに、全く気付いていなかったなんて……。鈍感にも程度があるわ」

「いや、本人は偶然が重なって、ようやく意味が分かり始めているのかもしれない。そして、少しずつその謎解きが出来てきて、憎悪が増してきているのかもしれないな……」

「そういうことね。じゃあ、益々私にちょっかいをかけてくるでしょうね」

「お前が語ってやらぬのであればな……」

「はんっ! 何で私が語って上げなきゃなんないのよ!」

「………よく分からぬな……」

「別に分かってほしくないわ。それよりものお願いを聞いてほしいの」

「……ほう。最後とな……」

「ええ、私とあなたのこの関係ももうお終いにするわ。私も一方的に食い物にされている感が半端ないから」

「……失礼な言い方だな。きちんと小学3年生の時に守護霊を呼び出してやってからの恩というものを感じてはおらぬのか」

「もちろん、感じていないわけじゃない。ただ、色々とお金も支払いすぎたから」

「……ふむ。で、何をして欲しいのだ」

「そうね。私に死神を召喚してほしいの」

「……し、死神だと!?」

「ええ、そうよ」


 私の提案に西大寺は大きく動揺して声を上げる。

 私は冷静なまま、返事をする。

 西大寺の動揺から見て、私がお願いしたことがどれだけ、おかしなことなのかは理解できる。


「し、しかし、死神を召喚するとなると、それに見合うものを提供しないと……」

「まあ、そうなるでしょうね。私もそれくらいは分かっているわ。それでなお、お願いしているの」

「つまり、お前はすべてを死神に捧げる準備が出来ているというのだな?」

「ええ……。私はその死神にすべてを捧げるわ」

「わ、分かった……。ならば、召喚の術式を書くとしよう……」


 守護霊とか死神とかはそんなにサクッとやってきてくれるわけではない。

 そもそもその人の死期が近くなってきたら、死神は現れると思うのだけれど―――。

 術式が完成して、1時間が経過した。

 青白く光る陣形に異変が起こる。

 仰々しい風が起こり、部屋の中にあるものをバタバタと風が飛ばしていく。

 畳が裂け、障子が枠ごと破壊されて、外に飛ばされる。

 来るわね―――。

 強い閃光が屋敷を照らし、私たちは目を伏せる。

 すぐに風は止み、私はゆっくりと目を開ける。

 そこには背中から翼の生えた青年が、私を見下ろしていた。

 私はその冷たく鋭い視線に唾を飲むしかなかった。

 死神はチラリと西大寺に目をやるが、やるがすぐに興味をなくしたのか、私の方に向き直る。

 ヒィッ………

 私は思わず息をのむ。

 あの冷酷な瞳は、たとえそうでなくても、殺意を向けられているように錯覚してしまう。


「ボクを呼び出したのは、お前で良いのか?」


 死神は私に向かって話しかけてくる。

 いや、厳密に言うと私ではないが、どうやら、退魔師は死神と関わりたくないという表情を浮かべており、仕方なく私はコクリと頷く。


「ええ、そうよ。」


 私がそう答えると、死神はニコリと微笑んで、近づいてくる。


「良かった~。あの髭のおっさんに呼ばれたのだったら、すぐに帰っちゃおうかなぁ~なんて思っていたんだけど、こんな美人な子に呼ばれたんだったら、ボクも少しは頑張ろうと思えちゃうなぁ~」


 拍子抜けした。

 なんだ!? このラフな感じは……。

 見た目以上に、実はこの死神は低レベルなのか!?


「じゃあ、契約のために君はボクに何を用意してくれるの?」

「そうね。赤ワインのような血はお好きかしら?」

「あれ? ボクの大好物がどうしてわかっちゃったのかなぁ~?」

「そう。やっぱり好きなのね。じゃあ、定期的に赤ワインのような血を差し出すわ。量が多く出せないけれど、それでも構わないかしら?」

「うん☆ いいよ。でも、契約前に召喚したんだから、それに対してもお供え物を貰いたいな」

「……そう。では、霊力が豊富な血はどう?」


 私は死神にしか聞こえない程度の声で、耳元で囁いた。

 死神は私の耳元で、「いいよ☆ それで」と返答をくれる。

 取引成立だ。

 では――――――。

 私は自分の持ってきたトートバッグを拾い上げる。


「西大寺、ありがとう。これほど優秀な死神を召喚してくれるなんて、本当に感謝してもしきれないわ」

「……そ、そうか……」

「支払いは口座入金でいいかしら? さすがにこれほどのものを呼んでくれたのだから、それ相応の額をお支払いしないといけないし……」

「分かった。それは助かる。じゃあ、いつもの口座に頼む」

「ええ、あなたが使えるかどうかは、分からないけどね!!」


 私がそういうと、西大寺の背中にトートバッグ越しにサバイバルナイフを突き立てる。

 位置的には心臓を一突きだ。

 サバイバルナイフが見えないようにするためと、返り血を浴びないために用意したトートバッグだったが、案外上手くいった。


「……お、おま……」

「だから、言ったじゃない。最後のお願いを訊いてって……」


 私のその言葉が西大寺に聞こえていたかどうか分からない。

 西大寺は私を恨みがましい目で睨みつけながら、そのまま床に倒れた。


「さあ、これで血の用意はできたわよ」

「コイツのを飲むのかい?」

「霊力があることは保障するわ」

「ならば、仕方ない」


 そう言って、死神は首筋に牙を立てて、そのまま血を吸った。

 いつしか西大寺の身体は、血の色を失い、どす黒い塊と化した。


「まあまあなお味だったね。次からは君が少し血を分けてくれればいいよ」

「ま、まあ、いいわよ。死なない程度ならばね」

「じゃあ、名乗らないとね。ボクはヒュノプス、死神だよ」

「私は―――」

「知ってるよ。神林翔和さんだよね」

「な、何で知ってるのよ……」


 その瞬間に、私とヒュノプスの視線が合う。

 あれ―――?

 私は突如に睡魔に襲われて、膝が折れそうになる。

 誰かの腕に抱かれるように体重を預け、そして、私は意識が朦朧とする中で、


「じゃあ、契約を結ぶよ。それにさっきのお口直しも含めてね……」


 ん? 何を言っているのか、もうよく分からない。

 ―――チュッ………。

 消えゆく意識の中で、私はその死神に唇を奪われた。




―――――――――――――――――――――――――――――

作品をお読みいただきありがとうございます!

少しでもいいな、続きが読みたいな、と思っていただけたなら、ブクマよろしくお願いいたします。

評価もお待ちしております。

コメントやレビューを書いていただくと作者、泣いて喜びます!

―――――――――――――――――――――――――――――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る