第28話 血縁

 私のお母さんは恐ろしく残酷な殺され方をした。

 それを私は『回顧』の中で何度も見た。

 繰り返し再生される動画のように、何度もその映像を見れば見るほど、私の中には憎悪と殺意が芽生えてくる。

 中学1年生のときに、私はお母さんを目の前で失ったのだ。翔和も同い年だから、中学1年生であのような殺人を行ったことになる。

 とはいえ、自分自身の手が血に染まったわけではないので、痛みがあったわけではない。

 それに直視していたかどうかすらも疑問だ。


「タナトスは翔和のことどう思う?」

「どう、とは?」

「ああ、ごめん。中学1年生の頃に私のお母さんをこの間見たような感じで殺したわけじゃない? 何も感じなかったのかなぁ……って」

「難しい質問だな……。そもそも俺にはお前の言う『中学1年生』というのがどういう精神構造を持っているのか分からないが、俺が美琴くらいの時にはすでに見習いとして、すでに働いていたからな……」

「そっか……。じゃあ、参考にならないか……」

「とはいえ、死神は常に人の死に向き合う仕事だからな、最初はさすがに辛かった。成仏することに対して、すでに納得しているものもいれば、当然、まだ未練があって何とか生き返られないものかと訴えてくるものもいた。いざ、天界の扉をくぐるときには、頭がおかしくなったように発狂するものもいた。まあ、そう言う奴らには、他の方法で眠らされて、そのまま旅立たせるな……。まあ、お前みたいに駄々をこねて、現世で嫌がらせをしたいというのは、今までいなかったがな……」

「うっさいわねぇ!」


 私は抗議をするが、タナトスはどこ吹く風といった感じで、聞き流している。

 うーん、さすが百戦錬磨といったところなのかしら。


「じゃあ、悲しくなかったの?」

「まあ、辛い別れというのがなかったわけではないな……」

「そうなんだ。それって聞いてもいいの?」

「まあ、あまり話をするものじゃないけれど、ちょうど、俺が死神として管理職になったころに担当した女の話だ……」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 俺がその女に出会ったときには、すでに病床で息も絶え絶えといった感じだった。

もとより病弱で、その身体にさらに追い打ちをかけるように、当時不治の病と言われた病気にかかったらしく。

もはや病院に入っていると言っても、そこは単なる隔離施設に近いものだった。

食事なども粗雑なものしか食わされていなかった。

 俺はその前に現れた。


「あら? あなたは誰?」


 真っ白な顔をしている美少女が俺の方を向いてそう言った。

 美少女は今月で18歳になったばかりだった。

 無表情でこちらを見ているかと思うと、何を考えているのか分からないような瞳をしていた。


「きっと、死神さんでしょ?」

「どうしてそう思う」

「だって、私、もう死ぬと思うの」

「なぜ、自分が死ぬと感じるんだ?」

「だって、自分の身体だもの。死に際くらい分かるわ」

「生き延びたいと思わないのか?」

「どうして? 私は要らない子として、収容所ここに入れられているのよ。もう、両親も何年も来ていないわ。それどころか、まともに人と会うことさえ少ないのよ、ここは。だから、今、こうやって死神さんと話をしているのも何年振りかしら……。たぶん、5年くらいはこのままだったかもしれない」

「5年もか……。長く感じたんじゃないのか?」

「うん。長かったかもしれない。それに誰にも会えないから、殺してほしいとお願いすることもできない。今、世界では安楽死という考え方が広まっていて、医者にお願いをすれば、楽に殺してくれるんですって!」

「お前は死を望んでいるのか?」

「そうよ。死神さんが来るなんて思ってもなかった。どう? 私の命を狩ってみない?」

「死神がいつも人を殺そうとしているのは、大きな勘違いだぞ。俺らはそう簡単に狩ってはいけないことになっている。それに俺はまだ狩ったこともない」

「そうなんだ……」


 すると、彼女は俺の方を直視して、両手を広げて、


「じゃあ、私の命を狩って……。お願いだから……」


 俺は正直、戸惑った。

 なぜかわからないが、その瞬間にその女のことが好きになってしまった。

 どうして死神を怖がらない。どうして死神に殺されたがる……。

 俺には分からないことだらけだった。


「やらないなら……、私から行くね……」


 すると、女は自分の身体を精一杯の力でベッドから投げ出し、俺が持っていた鎌で首を貫いた。

 すると、ヒューヒューと苦しそうな息をしながら、美少女は俺に抱きつき、


「あなたが私を成仏させてくれるんでしょ? 一緒に天界まで連れて行ってね……。私の名前は―――」


 彼女は名前を俺の耳元で囁くと、そのまま安らかな笑顔で眠るように亡くなった。

 霊体となった彼女の手を取り、俺は彼女を天界の裁きの門まで連れて行くこととなる。

 俺の心はやりきれない気持ちでいっぱいになった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 敢えて、名前は伏せられていたけれど、そんな悲しいお別れってあるんだ……。

 私は何だかとても切なくなってしまい、申し訳ないといった感情を抱きながら、タナトスを見つめた。


「ふっ。お前らしくないじゃないか。どうした? そんなしおらしくして」

「だって、タナトスがそういうお別れをしていたなんて、想像できなかったから……」

「別にお前が気にすることはない。死神という仕事をしていたら、こういう者とも会うということだ」

「そっか……。そう言う話を聞けば聞くほど、やっぱり翔和のことが納得いかないんだよなぁ……」

「お前は少しそういったところは変わっているな……」

「そう?」

「ああ、かなり粘着質な女だな……。嫌われるぞ」

「ぶっぶー! こう見えて、私はクラスから愛される側だったの。むしろ、翔和のほうが嫌われていたくらいよ」

「にしては、お前の神林に対する思いは凄いな……」

「そりゃそうよ! だって、私が殺された理由が分かんないんだもん!」

「ま、そりゃそうだな……。じゃあ、俺もそれが分かるまで付き合ってやるよ」

「あれ? 今日のタナトス、何だかとっても素直なんだけど……。どうかしたの?」

「ふん、どうもしねーよ。色々と面白そうな選択肢に転がるのが俺の性分なの」

「あ、そうなの……。じゃあ、そういうことにしておくわ」


 私はタナトスに右手を差し出す。

 タナトスはその手をギュッと握り返してくれる。


「ありがとう! 本当に嬉しいし、ありがとう!」


 私は最大級の笑顔で、タナトスに対して感謝の意を伝えた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 天界の裁きの門に近づくと、本来であればどのような人間であっても、恐怖に恐れおののく。

 しかし、彼女はまるで俺とデートを楽しんでいるようだ。

 本当に変わった女だ。


「……最後にだけお願いを聞いてくれるかな?」

「どうした? ここまで来て、命乞いはもう無理だぞ」

「そんなことしないって。一つ目はね、私にキスを教えて。私、キスをしたことがないの……」

「―――――?」

「もう、そんな顔しないの。ほら、エスコートして私の唇を奪ってよ」


 本当に変な女だ。

 俺は彼女を抱き寄せると、そのままキスをした。

 唇をそっと離すと彼女の目尻からは涙がはらりと流れ落ちていた。


「何だか、嬉しい……。ありがとう、タナトス!」


 ますます、俺の気持ちは揺らぎ始めてしまう。


「それと、あとひとつね! 私の妹のことをお願い……」

「え?」

「きっと、妹は殺されると思う……。私の病も不治の病とか言われてたけど、あの悪魔の呪いだもの……。妹を殺すことできっと完成させるつもりだから……」

「何を言ってるんだ?」

「今は分からなくていいよ。多分、数年後に分かると思うから……。さあ、相沢美鼓あいざわみこからのお願いをきちんと守ってよ、死神さん」

「……ああ……」

「じゃあね。楽しかった。本当にありがとう、好きよ、タナトス」


 彼女はそう言うと、役人に連れられるようにして、裁きの門に入っていく。

 ここから先は俺たち死神が、関与することは何もない。

 いや、何もできない場所になっているのだ。

 そして、その2年後―――。

 美鼓の妹である相沢美琴は俺の目の前で、トラックに轢き殺された。

 美鼓が宣告したように、悪魔の力によって―――。





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