第34話 嫉妬
なかなか面白い女の子を見つけた……。
ボクの腕の中には今、制服姿の少女がぐったりとしている。
ボクが得意とする『悠久の眠り』で寝息も立てずに眠っている。
このまま天界に連れて行けば、そのまま成仏させることだって可能だ。
成仏とはそもそも魂の浄化と再生のための準備作業に過ぎない。
とはいえ、今まで持っている記憶や経験はすべて消されるわけだ。
つまり、自分が自分ではなくなるということ。
魂の浄化はすなわち、新たな旅立ちを意味している。
次の『生』を与えられるべく、初期化が行われるわけである。
もちろん、それを受け入れるものもいれば、受け入れられないものもいる。
人間はその浄化に対して、いつも恐れる者が多い。
恐怖を覚えて、逃亡を図ろうとする者も少なくはない。
そこでボクの登場となるのだ。
ボクは色々と成仏する人にカウンセリングを行い、恐怖がないかどうかのチェックを行う。
恐怖がないものには、天界の門まで一緒に行くだけだ。
もしも、恐怖を感じる者は、天界の門の手前で、『悠久の眠り』を行って、そのまま眠らせたまま、門の通過を手伝ってあげる。
そうすることで、恐怖を味わうことなく、そのまま安らかに浄化され、新たな人生を迎えるということである。
最近、人間界で流行している「異世界転生」系の小説やコミックの類は、この浄化の作業を手違いでスキップしてしまった。もしくは、不完全な浄化作業が行われて、そのまま生まれ変わってしまったパターンというものだ。
一番厄介なのが、天界の門に来た後で恐れをなすものだ。
こういった人たちには、仕方ないのでこの場で『悠久の眠り』の力を作動させてもらう。
ちなみに今、ボクの腕の中で安らかに眠っている美少女である美琴ちゃんも『悠久の眠り』によって眠らせてある状態だ。
「美琴は寝ているの?」
「うん。そうだよ。美琴ちゃんは今、ボクの『悠久の眠り』という術で深い眠りに入っているよ」
「じゃあ、いつかは起きるというの?」
「うーん。そう簡単ではないけれど、起きれることもあるよ」
「自力では簡単にはいかないってこと?」
「うん。そうだよ。だから、そんなに翔和ちゃんは焦る必要なんかないよ」
「……そう。それならいいわ」
「それにしても、翔和ちゃんも可愛かったけれど、美琴ちゃんも可愛いなぁ~」
「まあ、美琴は付き合っていた恋人とかはいなかったけれど、それなりに告白を受けていたり、友だちは多いほうだったと思うわ」
「そうなんだ。こんなに可愛いのに、殺しちゃうなんてもったいないね」
「そう言う気持ちで美琴を見たことなんてないわ……」
「まあ、そうだろうね」
ボクは翔和を流し見るが、そういった感情がないことは会話からも伝わってきているので、それ以上何かを聞いてみたいという気にもならない。
それよりもこの可愛い美琴のことが気になって仕方ない。
「ん?」
ボクはそこで美琴の腕にアクセサリーが付けられていることに不信を覚える。
「これって、奴隷玩具専門店で売られてる腕輪じゃないか……」
「そういえば、以前からもこの腕輪を付けていたわよ」
「ねえねえ、美琴ちゃんの近くに誰か付いていたりするの?」
「ええ、いるわよ。タナトスっていう死神がね」
「……タナトスだって?」
「そうよ。知り合いなの?」
「知り合いも何も……、ボクの兄だよ……」
「お兄さん?」
少し驚いた表情をする翔和。
顔かたちが整っているということもあって、驚く表情も実に可愛いと感じる。
怒った表情も可愛いのかもしれない。
「そっか……。だから、この腕輪からは兄の波動を感じたのか……。きっと、兄にとって、大切な存在なんだね。美琴ちゃんは」
「そうだと思うわ。何だか、お互いが支え合っているみたいな感じよ。まるで恋人みたい」
「へぇ、そうなんだ」
確かに、最近天界で変わった話を聞いたことがある。
兄のタナトスが一人の少女の死後の望みを叶えるために、色々と手を貸している、と。
ボクはその時に、何かを感じ取り、死神に与えられている共通の端末を操作する。
もちろん、検索するのは「美琴ちゃん」に関するデータだ。
膨大な検索結果の中から、該当するものを選び、タップする。
そこに表示されたものを見て、ボクは不敵に微笑んでしまう。
「そっかぁ……。へぇ~」
「な、何よ……。急にニヤニヤされたら怖いじゃない」
「ねえねえ、美琴ちゃんとタナトスって恋人みたいだったんだって?」
「ええ、そういう感じに見えたけど?」
「多分、恋人同士だよ」
「ええっ!?」
翔和はボクの腕で眠り続ける美琴を見て、驚きの声を上げる。
「それにね。霊体の姿を保持したり、さっきみたいに浮遊霊を召喚したりってのは霊力が必要になる。君も夜蜘蛛を使役していたんだから分かるよね?」
「ええ……」
「稀に特異体質のようなものがいて、霊力が超回復するものもいるけれど、普通は君や美琴ちゃんみたいにゆっくりと回復するしか方法がないものもいる」
「……そうね」
「じゃあ、美琴ちゃんはどうやって霊力を素早く回復していたでしょうか?」
「……深い睡眠をとるとか……?」
「クフフフ……。この二人は『恋愛関係』で登録されているんだ。だから、愛を育むしかないんだよ」
「……はぁ? ちょっと意味が分からないんだけど」
「翔和ちゃんもお付き合いしたことないんでしょ」
「そ、そうよ……。悪かったわね」
「じゃあ、教えてあげるね。美琴ちゃんとタナトスの間には、霊力を共有できる回路がすでに出来上がっていると思うんだ。だから、お互いが愛を育めば、霊力共有が行われて、美琴ちゃんに不足している霊力が流れ込むようになっていると思う」
「てことは、タナトスっていうあの死神はパートナーなのね」
「うん。そういうこと。で、愛を育むって言うのは、『キス』をしたり『セックス』をしたりすればいいんだよ」
「セッ――――」
翔和は顔を真っ赤にして、その言葉を言い切れなかった。
ああ、まあ処女にはちょっとばかり激しいよねぇ……。
翔和は恥じらいつつも、寝ている美琴の顔を覗き込んでいる。
いや、可哀想だから止めてあげて。
「それに美琴ちゃんの身体は、明らかに霊体とは異なるんだよね……」
「そうなの?」
「うん。きっと、これ、淫夢魔の依り代に憑依させているかなんかだね」
「サキュバス!?」
「アハハハハ。きっと、タナトスと凄い夜を楽しんでいるだろうね」
「あ、あなたはわ、私にそんなことしたりしないわよね!?」
「え? ボクが? 翔和ちゃんに? どうしたの? してほしいの?」
「そ、そんなわけないじゃない!」
「アハハハハ。安心していいよ。こう見えて、ボク、既婚者だから」
「え!? 結婚してるの!?」
「うん」
今日、一番に驚かれてしまった。
ボクが結婚していることはおかしなことなのだろうか……。
ま、いいか。それよりもタナトスに久々にゲームを吹っ掛けてやろうっと。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺が美琴の腕輪から感じ取れる霊力をもとに、探しにきたところ、ヒュノプスがその場所には立っていた。
「あ、タナトス兄さん、こんにちは」
「ヒュノプスか……。こんなところでどうした?」
「別に~、最近使役している人の近くにいてるだけだよ~。それよりも、兄さんは何だか慌ててどうしたのさ」
「それこそ、お前には関係のないことだな」
「ふーん。もしかして、探し物って、これのこと?」
ヒュノプスは空間を切り裂き、取り出すように美琴を取り出す。
その姿は力なくぐったりとしているように見える。
「美琴!? お前、美琴に何をした?」
「別に殺してなんかいないよ。今はボクの術で眠ってもらっているだけ……」
「『悠久の眠り』か。厄介なことを……」
「そうでもないさ……。それよりもさ、タナトス兄さんは、美琴ちゃんと恋愛関係として登録されて、セックスまでしているみたいだけど……、今後、彼女をどうしたいの?」
「どう、とはどういうことだ?」
「だって、彼女の身体はすでに霊体から淫夢魔の身体に依り代が変わっているんだから、成仏する必要もなくなっている。だから、ボクみたいに結婚したりするの?」
「そんなことはお前には関係のない話だ」
「そうだね。でも、兄さんが美琴ちゃんのことをしっかりと理解してあげているかどうかはまだ不明だな……」
「何が言いたい?」
「美琴ちゃんのことを知ってあげれてないってことさ。ボクは美琴ちゃんを『悠久の眠り』に誘うときに、心の中に入り込もうとした。でも、入れなかったよ。彼女の心は病巣と化しているよ」
「……………」
「その反応だと、分かってなかったみたいだね。兄さんの悪い癖だ。表層だけに囚われていて、本当の姿を見ようとしない。タナトス兄さんには美琴ちゃんを愛する価値なんてないんだよ」
「……言いたいことはそれだけか……」
「そう怒らないで。まあ、仕掛けたのはボクだけどね。そこでゲームを用意した。ゲームは至って簡単。残された時間は48時間。この48時間が過ぎれば、淫夢魔の依り代と美琴ちゃんの霊体の接続が解除され、美琴ちゃんは自動的に眠ったまま成仏させられる。そうすれば兄さんの負け。それまでに美琴ちゃんを開放して上げれれば、兄さんの勝ち。そうだなぁ……。兄さんが勝てば、ボクも美琴ちゃんとの結婚を認めてあげてもいいよ。でも、負けたら、タナトス兄さんには、これまで美琴ちゃんのためにしてきた違反の数々をすべて償ってもらうために消えてもらうよ」
「もとより、俺の存在を消したいのがお前のやりたいことだろ?」
「ボクってそんなに性格悪く見える?」
「ああ、見える。歪みすぎてるから、嫁に叩きなおしてもらった方が良いんじゃないか?」
「こ、ここでアイツの話をしたってダメだぞ。その脅迫には屈しないからな」
いや、立場弱いのかよ。
コイツ、本当に嫁さんには敵わないんだな……。
「分かった。俺が美琴を救い出してくる。それでいいんだな?」
「いいよ。じゃあ、楽しみにしてるね」
そう言うと、ヒュノプスは美琴をその場にそっと置いて、そのまま立ち去った。
安らかに目を閉じた美琴は、苦しんでいるような感じではなかったが、喜んでいるような表情でもなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――
作品をお読みいただきありがとうございます!
少しでもいいな、続きが読みたいな、と思っていただけたなら、ブクマよろしくお願いいたします。
評価もお待ちしております。
コメントやレビューを書いていただくと作者、泣いて喜びます!
―――――――――――――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます