第36話 霊廟

「……ここは、どこだ……?」


 俺が目を覚ますと、周囲は灰色に覆われた世界だった。

 冷え切った凍えるような冷たい風が頬を薙いでいく。

 俺は美琴の友人である巫女の片岡の誘導で、美琴の深層世界にやってきていた。

 つまり――――、


「ここが美琴の心の中……」


 やけに冷たい。

 寂しいの気持ちがあちこちに漂っており、いつもの美琴からは想像できない場所だった。

 美琴はいつもこんな闇の中で生きて来たのか……。

 周囲を見渡して、美琴のいる場所を探さなければならない。

 俺は灰色に覆われた荒野を歩き始めた。

 自分の足音しか響かない。そんな音のない世界。

 美琴の心苦しさを身に染みるように味わう。


「美琴! どこにいるんだ! 美琴!」


 叫べど、反応は返ってこない。

 そりゃそうだ。見渡す限りの荒野で、何もいないことはさっき確認したばかりではないか。

 それではどうやって見つければいい。

 自分の中で不安が広がり始める。時間は限られている。

 だからと言って、俺が不安になってはいけない。

 この世界そのものが不安に包まれているのだから……。


「美琴がこんなに苦しんでいたなんて、なかなか気づいてやれなかった……。俺は一体美琴の何を知っていたというんだ……」

『そうだぞ! 私のお願い聞いてくれてたんじゃないのか?』


 突然、懐かしい声が聞こえて、俺は振り返る。

 が、声の下方向には誰もいなかった。


「い、今の声、確か、美鼓のものだった……」

『私はここだよ』


 再び、美鼓の声が聞こえる。

 幻聴なのか?


『幻聴なんかじゃないよ。私はタナトスくんの中にいるじゃない』

「美鼓……」

『あれ? なんで急にそんなに傷心になっているの? 死神らしくないなぁ~』


 声はするけれど、美鼓の実態は見えない。

 本当に俺の心の中に入り込んでいるというのだろうか。


「美鼓はどこにいるんだ?」

『久々に会えたのに、気づいてもらえないのは辛いわねぇ~。私は今、美琴の中にいるよ……』

「い、意味が解らん……!」

『今はいいんだって……。あとできっとわかるから……。それより、美琴を救いに来てくれたんでしょ? 美琴を救ってくれないと、私もまた消えてしまうの……』

「ああ、美琴を助けに来た!」

『あらぁ、カッコいいお顔ね。恋しき人を助けに来た勇者って感じね』

「残念ながら、勇者からは程遠い死神だがな……」

『うーん。捻くれてるわねぇ~』

「美鼓のほうこそ、あの時とは程遠いくらい性格が変わってないか?」

『本当の私はこっちのほうよ。あの時はもうお先真っ暗って感じだったから、そりゃ気落ちもするわよ』

「ま、そりゃそうだな……。それにしても、この美琴の世界は一体何なんだ……」

『そりゃ、あの子が背負ってしまったものよ……』


 俺は周囲を再度見渡した。

 現実社会に存在する、ビルや住宅などの建物、そして電線の鉄塔、信号機などがすべて荒野に飲み込まれていて、残骸となったそれらはすべて色を失っている。


「……これが、か……?」

『そう。父親を失い、そして自身の目の前で母親を失った。そして、それまでの段階ですでに私は病院に入っていて、会うこともままならなかった。そして、そのまま親戚の親から支援を受けるようにはなったけど、それは金銭面的な部分であって、決して家族の愛情なんかはない』

「それにしては、元気にしているようには見えたな」

『ええ、それがあの子の取り柄だもん……。周りに悟られないように明るく振舞って生活する。それが家族が亡くなっていく中で培ってしまった能力……』


 俺はふと考え事に耽ってしまう。

 その時、俺の袖が引っ張られる気がして、下に目線をやる。


「美琴!?」

「……ふえぇ!? どうして、私の名前を知ってるの?」

「ご、ごめん……。ちょっと君に似ている人が知り合いでな……。その人も美琴って言うんだ」

「そうなんだ。お兄さん、お名前は?」

「俺の名前はタナトス」

「タナトスさん……。分かった。タナトスさんはどうしてここに来たの?」

「俺は、この子が苦しんでいるところから助けてあげたいと思って来たんだ」

「ふーん。苦しんでないよ。だって、私は元気だもん」

「うん。そうだけれど、君は気づいていないだけなんだよ。俺は『深き闇の霊廟』という場所に行きたいんだ……。知っているかい?」

「うーん。あの黒い箱のことかな……。すっごくおっきな黒い箱があって、中が真っ黒なの!」

「そんなのものがあるのか……。連れて行ってくれないか?」

「いいよ! こっち!」


 小さな美琴は俺の手を引くと、場所を教えたくて仕方がないかのように走り出した。

 途中、何度か小さな美琴は俺の方を振り返るが、そのたびにニコニコと微笑むだけで何も語ってはくれなかった。

 物の数分もせずに、俺は黒い大きな箱の前に連れてこられた。

 大きいが窓もなく、本当に真っ黒だった。光を反射することもなく、すべての光を吸収しているのかという感じだった。


「この中に、お姉ちゃんがいるの。会いに行く?」

「……うん。会ってくるよ」

「分かった、じゃあ、お気をつけて! いってらっしゃい」

「行ってきます」


 笑顔で無邪気に手を振る小さな美琴に俺もお返しのように手を振り返して、その部屋に入っていった。

 溶け込むように音もなく―――。




 部屋の中は、ポツポツと人魂のように明かりが灯っていた。

 外に比べると光も少なく、さらに追い込まれたような場所になっている。

 これ以上のヒントは何もないと悟り、宛てもなくただひたすら、入ってきたところから真っすぐと歩くことにした。

 すると、前方の壁に寄りかかっている人を見つける。

 容姿からして――――、


「美琴!?」


 俺が声を掛けて近づくと、それは真っ白に石化したような美琴だった。

 揺さぶっても反応はない。

 くそ……。遅かったのか……。

 項垂れそうになり、目線を逸らそうとすると、そこには再び、人の姿が目に飛び込んでくる。

 抱きかかえていた石化したそれをそっと床に置くと、次に見つけたそれに近づく。


「これも石化しているのか……。一体本物はどこにいるんだ……」


 俺は周囲を見渡すと視界の端に、小さな動きを捉える。

 その場所まで駆けつけると、半分石化が進んだ美琴がいた。

 俺が抱き起すと、


「た、タナトス………?」

「良かった! お前が本物の美琴だな!」

「…………」


 俺がそう言ったが、力なく彼女は頷くだけだった。

 そうか。これが美琴の負の部分。

 これまで負の部分が溜まり溜まった段階で石化して、次の美琴が生成されていく。

 それを繰り返して、明るい仮面の少女であり続けたわけだ。


「美琴……辛かったら俺を頼ってくれ……」

「……………」

『ねえ、タナトスくん、あなたのおでこを美琴のおでこにくっつけてくれない?』

「……あ、ああ……」


 脳内から響く美鼓の声に俺は驚きながらも、美琴の額に俺の額をくっつける。

 美琴の意識と美鼓の意識がともに俺の中に流れ込んでくる―――!!


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 真っ白な何もない世界。

 私が目覚めると目の前には、よくよく知った顔があった。


『美琴!』

「……お姉ちゃん……?」

『そう! 私よ! いつまで寝てるのよ!』

「だって、私、もう疲れたんだもん……」

『もう……。あのね、私も2年前に死んじゃったんだけど、敢えて私が亡くなったことは伝えなかったの。どうしてかわかる?』

「私が悲しむから……?」

『そうよ! あんた、すぐにすべてを背負おうとするんだもの! 私は美琴にそうなってほしくない! だから、私の彼であるタナトスくんにお願いしたの!』

「彼!?」

『そうよ! 私の初恋の人!』

「お姉ちゃん! タナトスは……」

『何? 今は私のだって言いたいの?』

「え……、いや、そんなつもりはないのよ! アイツはすっごくエッチだし、私が泣いてもヤリ続けて来るし……」

『へぇ~、タナトスってそんな一面があるんだぁ……。私には見せてくれなかったな。せいぜい、純粋なキスだけだったよ。きっと、タナトスはあなたのことを大事にしてくれているのね』

「お姉ちゃん!? 私も怒るよ!!」

『冗談よ……。タナトスが言ってた辛い別れってのは私のことよ。私は彼の大鎌で自殺したの。彼もまさかそんなことするとは思っていなかったのか、驚いていたわ。死神を驚かせるのって意外と面白いわね』

「命を粗末にしちゃダメだよ……」

『もう、死ぬ運命だった命だから良いの。それに彼にキスも教えてもらったし……。あ、大丈夫よ。美琴ちゃんがしているようなエッチなんじゃないから』

「お、お姉ちゃん!?」


 私は顔を真っ赤にしながら憤慨しつつ、美鼓姉ちゃんを睨みつける。

 

『あはは、面白い! これがいつもの……日常の風景だったわね』

「うん……。そうだね。私もお姉ちゃんが恋しいよ」

『そう言うと思ってた。でもだめよ。あなたはここで成仏してもらったらダメなの……』

「ねえ、どうして? どうして、私はそうやって置いて行かれちゃうの?」

『置いていく? 違うわよ。ホラ、迎えが来てるわよ……。最高のタイミングね。やっぱり、あなたとの相性バッチリね。恋愛とセックスともにね』

「本当に恥ずかしいんだけど!?」

『あなたを支えるのは私じゃない。でもね、あなたが思っている以上に彼はあなたのことを支えてくれるわ。だって、私が約束したんですもの……』


 そういうと、美鼓姉ちゃんは小さな白い水晶の意思のようになり、私の体内に溶け込むように入り込んだ。


「ええ!? お姉ちゃん!?」


 私は声を掛けたが、一切、美鼓姉ちゃんの声が返ってくることがなかった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 俺は美鼓の意識が消えていくのを覚えた。

 美鼓はどこに行ってしまったのだろうか……。

 いや、それ以上に時間がかなり過ぎてきている。

 俺は何度も声を掛けるが、いまだに石化しそうな美琴からは反応が薄い。


「美琴……。帰って来てくれ。いつでも俺が支えてやる。甘えればいい。帰って来てくれ、頼む……。俺の好きな美琴…………」


 俺は何も考えずになぜか、キスをしていた。

 存在しているのであれば、霊力が流れるかもしれない……。

 チョロチョロチョロ……………

 霊力が少しずつ流れている感覚が走る。


「美琴!?」


 俺が彼女から唇を離すと、瞳からはらりと涙を流し落としながら、こちらを見て、微笑んでいる美琴がいた。


「私、苦しまなくてもいいのかな……? 私、こんななりだけど幸せになれるのかな……?」

「ああ、なれる。お前の身体はもう霊体じゃないから、ずっと現世とあの世の間のこの世界に生き続けることができる」

「そっか……。じゃあ、支えてね、タナトス………」

「ああ、分かったよ……美琴………」


 俺が再度美琴の唇に触れると、彼女の石化した部分が光りだし、勢いよく剥がれだした。

 そして、もとの美琴の姿がそこにはあった。

 美琴は救われたのだ―――――。




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作品をお読みいただきありがとうございます!

少しでもいいな、続きが読みたいな、と思っていただけたなら、ブクマよろしくお願いいたします。

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