第26話 回顧②

※今回の内容は、暴力及び胸糞な表現が含まれています。これらを苦手とされる方は、読み飛ばされることをお勧めします。



 今、私は友理奈の部屋にいる。

 と言っても、新月の日ではないので、天界からの監視の目を気にして、姿を現したりはしていない。

 つまり、今は「念糸」を使って、友理奈とも会話をしている。

 友理奈はというと、霊力が上昇したお陰らしいが、私の姿ははっきりとは見えないにしても、ぼんやりとここにいるという姿が見えるようになったらしい。

 正直、友理奈の巫女の力って本当に凄い……。

 それに日々精進も怠っていないようで、メキメキとその才能を伸ばしているようである。


「美琴ちゃん、忘れものはない?」

「まあ、敢えて言うなら、気持ちの問題かな……?」

「それが一番大事なものだよ……。頑張って……」

「うん。ありがとう。じゃあ、見に行ってくるよ」


 私はそういうと、タナトスの手を取る。

 指を絡めるようにして、祈りを捧げる。

 目指すはお母さんが亡くなった日———。

 すべての『時の座標』はタナトスによってセットされている。

 あとは私の気持ち次第なのだ……。


「行こう。タナトス」


 私がそういうとタナトスはコクリと頷き、二人で目を閉じる。

 眩い光に包まれるような、そして温かい何かに包まれて、私たちは時を飛んだ。




 3年前————。

 私は町の大型モニターに流れるニュースを見て、時が飛んだことを確認した。

 お母さんは、今日、死ぬ———。

 翔和の手によって———。


「凄い人混み! お母さんを探さないと!」

「特徴を覚えているのか?」

「……ちょっと待って!」


 私は3年前のこの日のことを思い出そうとする。


 ズキリッ!!!


 痛い。

 思い出そうとすると、脳内の奥底に何か刃が突き刺さろうとする。

 どうして!? どうして思い出せないのかしら……。


「どうした! 美琴」


 私はタナトスに呼ばれて、初めて気づく。

 瞳からボロボロと涙が溢れ出ていることに。


「あれ? あれ? どうして? 何もまだ起こっていないのに……」

「親の死を見るのがつらいのか……?」

「ううん。違うの。何かおかしいの……。私、この日のことを思い出せないの……」

「どういうことだ?」

「これまでもそうだったんだけれど、お母さんが亡くなった日のことを思い出そうとすると、脳内を太い針で突き刺してくるような痛みが走るの……」

「……そんなことは———」


 タナトスの言いたいことは分かる。

 きっと、私の中でそんなことをすることは不可能であると。

 しかも、特定個人の記憶をいじるなどということは……。

 じゃあ、これは私の問題なのかしら……?

 でも、わざわざ自分で記憶を触れようとしたら、針で刺すようなことはしない。

 私は涙を拭ったその瞬間————。


 きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 ドォンッ!!!


 女性の悲鳴と同時に、車同士がぶつかるような轟音が響く。


「な、何!?」

「どうやら、交通事故のようだな……」


 私たちはその場所に向かった。

 そこはあまりにも凄惨な状態と化していた。




 業火に包まれる二台の車両。

 一台はゴミ収集車。そして、もう一台は小型のタンクローリーだった。

 車両からは炎があがり、灯油とガソリンが混じりあった匂いのにおいと同時に人の焼ける何とも言えない匂いが漂っている。

 周囲にいた人々は突然の大事故に引き下がりつつ、スマートフォンなどで様子を撮影している。

 私はそのときに「はっ!」と気づく。


「もしかして、あの中にお母さんが……!?」


 私がタナトスの方を見ると、タナトスは険しい顔をしつつ、コクリと頷いた。


「確証は持てないが、日時と場所は天界に保管された記録と同じだ。と、なるとお前の母親はあの炎の中に……」

「……そ、そんな……!?」


 私は呆然とその炎を見つめる。

 こんなのって……、こんなのって……あんまりじゃない……。

 その近くで、周囲の人に抑え込まれつつ、泣き叫ぶ声が聞こえる。


「……お母さ—————————ん!!! 死んじゃやだ—————————っ!!!」


 もしかして……。

 あれは、私……………。

 私は3年前、お母さんの死を直面していた。

 でも、記憶に残っていない……。どうして………。

 ショックが大きくて忘れちゃった?

 よくある話だとは聞くけれど、この瞬間のことだけを忘れることがあるのだろうか……。

 私は半信半疑で見ていると、そこに一人の少女が近づいてくる。

 あの容姿を私はよく知っている……。


「翔和!?」


 翔和はゆらゆらと身体を揺らめきながら、しかし、逃げ惑う人々に全く触れずに私に一直線に近づいてくる。

 そして、私の背後に近づくと、そっと背中を抱きしめてくる。

 すると、翔和の身体から黒い靄が生まれ、私を包もうとする。


「……な、何してるの!?」

「たぶん、記憶の操作だな……」

「……それって、どういうこと!?」

「きっと、夜蜘蛛の糸で脳神経を一時的にマヒさせているのかもしれない。やり方は分からないが———」


 タナトスが言っている間に、靄は晴れる。

 すると、夜蜘蛛の糸が私の両耳から体内に差し込まれて、私はハイライトのない無表情へとなっている。

 周囲の人々の動きは止まっていて、何が起こっているのかを知ることもない。

 私の脳内に糸を突き刺し、グチュグチュと弄り回した後、パキンッ! と音を立てたあと、糸は引き抜かれた。

 すると、少女は私からゆらゆらと身体を揺らしながら、離れていく。

 視界から彼女が消えたころに、世界は時間を取り戻す。

 人々が行き交い、救急車やパトカーなどのサイレンが聞こえてくる。

 唯一変わったのは、さっきまで泣き叫んでいたはずの私がハイライトを失い、呆然とした表情で真正面を見据えていたことだけだった。

 いや、本当はそれが大きな変化なのだが、周囲の人は誰も気づかなかった……。


「もしかして、さっきの音って———」

「ああ、たぶん、美琴が言う大きな針で刺されるというのは、夜蜘蛛の糸で作られた呪いの針なんだろうな。一部分の記憶を呼び起こそうとすると、それを遮るように針の呪いが作動することによって思い出せなくする。きっと、これを繰り返し続くようにしていたのだろう……」

「そう……。だから、思い出せなかったんだ……。もう少し巻き戻して……。お母さんがどうやって殺されたのか確認したい!」

「お前、本気か?」


 タナトスの困惑する表情に力強くうなずく私。

 タナトスは仕方なく時を戻してくれる。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 私はお母さんと買い物に来ていた。


「お母さん、今日は凄くいい服が買ってくれてありがとう!」

「いいのよ。美琴ちゃんはいつも頑張ってくれているからそのお礼よ!」

「でも、お母さん、本当に大丈夫なの? 病気もまだ完治してないのに」

「大丈夫よ。かなり良くなっているのだから」

「そうなんだ」


 その時、ゴォッと突風が吹き、隣にいた子どもの帽子が飛んだ。

 私はすぐさまそれを追いかけて摑む。

 と、その時————!

 そこに暴漢がやってきて、突如、お母さんに体当たりをした。


「お母さん!」


 私が叫ぶと同時に、お母さんに違和感を感じた。

 倒れた場所から少しずつ引きずられて、路肩に止まっていたゴミ収集車に近づいているのだ。


「お母さん! どうしたの!」


 お母さんは気を失っているらしく、私の呼び声に反応することなく、そのまま引きずられていく。

 私はお母さんを助けるために走ろうとする。

 が、足がもつれてその場にこけてしまう。

 どうして!? いつもはこんな何もないところでこけることなんてないのに!!

 私は何とか起き上がり、再び走り始める。

 すると、先ほどまでは静かだったゴミ収集車が突如、動き出し、ごみを奥に押し込んでいく。

 ついにお母さんの腕はゴミ収集車に捕まえられたまま、奥へ奥へ押し込まれる。


「痛い! 痛い!」


 ようやくお母さんは気づき、状況を理解する前にパニックに陥る。


「腕が! 腕が!」


 ゴキゴキグキバキャ! と骨の折れる鈍い音が機械音とともに響く。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 痛みのあまり、お母さんは叫びまくる。

 しかし、そこに後ろからブレーキが壊れたのか明らかに減速をしないままでやってきた小型のタンクローリーがゴミ収集車に突っ込む。

 私の視界からお母さんは消えた。

 と、同時に大きな炎を上げる。

 きっとすごい音がしたはずだろう。

 でも、私の目の前で起こったことが衝撃的すぎて、音が消えてしまった。

 私は目の前で母親を失った。


「……お母さ—————————ん!!! 死んじゃやだ—————————っ!!!」


 私は助けに走ろうとするが、周囲の人たちによって抑え込まれる。

 その後、私は記憶が無くなった—————。





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作品をお読みいただきありがとうございます!

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