第0話 復讐

【夢枕】

夢の中で、神仏や死んだ人などが現われて、告げ知らせること。夢のお告げ。夢の枕。


 「夢枕これ」は本当に便利な方法だと私は思う。

 こうやって相手が寝ている間にその枕元に座り込み、おでこに手を触れて、念じるだけで相手と話ができるんだから……。

 私、相沢美琴あいざわみことはこの方法を知った時から、コイツとは絶対に話してやりたいと思っていた。


「やあ、こんばんは~」

「ひぃっ!?」


 黒のセミロングの美形女子高生である神林翔和かんばやしとわは私を確認すると、目を見開き、歯をカタカタと震わせた。


「そんなに怖がらないでよ……。もう、何回も会ってるんだからさ……」

「————————!?」


 翔和は悲鳴にならないような声を上げ、私の方に向かって手を突き出す。

 どうやら、私を追い払おうとしているのだろう。


「しゃらくさい!」


 私はおでこに触れていない右手で翔和の手を払いのける。

 相手からは触れられないのに、私の方からは接触できるというのが面白いシステムよね。

 私は亡くなってからと試したから、この霊体という状態では何が出来て、何が出来ないのかはある程度理解しているつもりだったりする。


「美琴!? 私に何をしようって言うの?」

「何もしないよ……。ただ———」


 私は口の端をニヤリと歪める。

 翔和は「ヒィ……」と恐怖におののく。


「ただ、私はあなたに対して、死ぬまで私と一緒に付き合ってもらうってこと……」

「……そ、そんなの嫌よ! ど、どうして私があなたと一緒に……一緒に人生を共有しないといけないの!?」

「あんたバカでしょ? 私はあんたに殺されたんだよ? あの日……、母親と同じようにね……。これからまだまだ未来のある私の人生にあなたが勝手に終止符を打ったんでしょうが……。だから、私はあなたを———」

「———私を殺そうと何故しないの!?」

「………………?」

「だって、そうじゃない! 普通に私を恨むのならば、殺せばいいじゃない! どうして私をすぐに殺そうとしないの? あなたにとってはその方が絶対に楽に決まっているじゃない!」

「———そうね。確かにあなたを殺そうとするのは楽よ、本当にね。だって、私にはあんたを触れることができる。でも、あんたはそれにあらがうことはできない……」

「じ、じゃあ……」

「でも、殺さな~~~~~い♡」

「はぁっ!?」


 翔和は素っ頓狂な声を上げると、ベッドから起き上がり、窓際に走り出す。


「もう、こんな人生、嫌!」


 窓の鍵を開錠し、大きく開け放ち、ベランダに飛び出し、そのまま宙に身を任せる!

 自殺か————。

 私は“悟る”とすぅっと移動して、翔和の下に潜り込むように入る。

 きっと彼女には一瞬の出来事だったに違いない。

 たとえ、マンションの7階から飛び降りたとしても、落下速度からすれば大したことはない。

 でも、私にはそれが高精度スローモーションのようにゆっくりと動いているようにしかみえなかった。

 ああ、これも霊体特有の能力なのかな……。

 そう私が思った瞬間に———。

 バキバキバキィィィィィィィッ!!!!

 マンション下の木の枝葉に向かって落下した。

 何事もなかった。私にとっても、当然彼女にとっても……。

 翔和は呆けた顔で、しっとりと夜露に潤んだ芝生に仰向けに倒れる。

 目尻からは涙が溢れ出している。

 口元はわなわなと震えていて、何も言葉を絞り出せそうにはなかった。

 そりゃ、自殺しようとして生きていたんだ。恐怖は十分に味わったことだろう。

 身体への痛みよりも心への痛みが大きかったんじゃないだろうか。

 彼女と一緒に味わいたいのはこの感覚———。

 私はそっと彼女の横に座ると、頬を撫でつつ、


「どう? 貴重な体験ができたでしょ?」

「……………」

「何が起こったか分かってないでしょ? 私が助けてあげたの! あんたが死んでしまったら、私の霊体としての余生が終わってしまうからね」

「………殺して………」

「ダ~メ♡ だって、こうやって虐め続けるほうが楽しいんだもん。だから、勝手に死のうと思っちゃダメだよ!」

「………ヒィ………」

「私の残りの人生分は、『あなたの人生』で楽しませていただくとするわ!」


 私はニッコリと微笑むと、そっと顔を近づけ、私は翔和の頬に軽くキスをした。

 きっと彼女にとっては凄く冷たく感じたことだろう……。

 これが私の今の気持ちよ。

 さあ、楽しませて頂戴————!

 これからも、これまでのように————!!




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