第50話 意外な隠し場所

「では、もう一方の必要なエタノールですが、さすがにアイスボックスを持ち込むのは不自然でも、エタノールの入ったペットボトルならば、旅行カバンに忍ばせておくことは簡単です。

 たぶん、ドライアイスは現地調達が可能であっても、エタノールはないかもしれないと、神田さんも事前に持ち込んでいたことでしょう。ところが、梶田さんはプロの料理人として、衛生管理のためにエタノールを多めに持っていました。つまりこちらは失敗を恐れずに、存分に使うことが出来たはずです。完璧に凍らせることが出来たはずですよ」

「ううむ」

 まさか死体を凍らせていたなんて。

 雅人は思わず唸ってしまった。

 しかもインターネットで確認できるような実験の応用だったとは。なるほど、青龍を頼らなくても考えられるトリックである。

「凍らせてしまえば、後は大した労力は必要ありません。幸い、神田さんは大振りのナイフを所持しています。凍っているので血が飛び散る心配もなく、しかも切ったり折ったりするのが簡単な状態ですからね。凍らせた死体をシーツの上に載せて、見事にバラバラにしてしまったというわけです」

「うわあ」

 バラバラになった死体を想像してしまったのか、桑野が思わず呻いている。顔色がまた悪くなっていた。どうやらこの手の話が苦手らしい。

「そうやって持ち運びやすくバラバラにすると、一先ず部屋に戻ったのでしょう。分散して隠しておくために、用意しておいた他の容器などに詰めなければいけませんからね。

 時間が経って溶け出した場合、風呂場だとすぐにトリックに気づかれてしまうかもしれない。そう考えて、ベッドの上で行ったのでしょう。だから、ベッドの上だけに血が残されており、しかも乾いていなかったんですよ。血液まで完全に凍らせていたものだから、溶け出すのにも時間が掛かってしまったというわけですね」

「なるほどね」

 そうやって、あの不可解な部屋の状況が出来上がっていったのか。なぜベッドの上にしかなかったかと言えば、すでにバラバラの死体があっただけだから、というわけか。

 そして詰めるのに時間が掛かったのだろう。思わぬ量があそこに残ることになったというわけか。しかし、完全に凍っていたものだから、溶け出すのが昼前まで掛かってしまった。

 それはこの別荘のある地帯が涼しかったことにも起因しているだろう。そして、溶け出した大量の血液をベッドのマットが吸い切れず、僅かに下に落ちていた。

 部屋に血の臭いが充満していたのも、そこで長々と作業をしていたせいなのだろう。いくら瞬間的に凍られていたとはいえ、室温にあればどんどん溶けていく。

 生臭い臭いと血の臭いが漂う中、そんな中でせっせと、この小心者の太鼓持ちは作業をしていたのか。何とも不思議な気分になる。

「その、詰め込んで死体はどこに」

 当然の疑問を岩瀬がおずおずとすると、梶田がまた複雑な顔をする。

 そう、青龍にもないと示してみせた冷蔵庫。その中に多くの部分がバラバラに、ばれないように食材のタッパーに紛れ込ませて入れられていたのだ。嫌な気分になって当然だろう。

 そんな梶田の様子に青龍はちょっと肩を竦めたが、はっきりと告げる。

「冷蔵庫の中に多くの部分は入っていましたよ。もちろん皆さんが口にされたものには紛れ込んでいなかったので、大丈夫です。おそらく神田さんは冷蔵庫の中にタッパーがたくさん入っていて、しめしめと思ったことでしょう。紛れ込ませるのは簡単ですからね。しかし、間違って使われては困るのも事実です。ですから、朝食の準備が終わってからそれらを詰め込んだんですよ」

 青龍の断言に誰もがほっとしたのは事実だ。あれほど間違って人肉なんて使うはずがないと言っていた梶田もほっとしている。内心、間違って食べさせていたらどうしよう、と気が気ではなかったのだろう。

「神田さんも、自分が食べるかもしれないというリスクは背負いたくないでしょうからね。それに夜中の段階では朝食のビュッフェの仕込みがあって、冷蔵庫は一杯だったことでしょう。そこに紛れ込ませるのは難しかったはずです。

 だから、神田さんが起きてくるのが遅かったんですよ。朝食が終わってから、こっそり厨房に潜り込んで詰め込む作業があったせいです」

「はあ。でも、冷蔵庫の中身が増えていることに関して、梶田さんはおかしいと思わなかったんですか」

 当然の質問が桑野から飛んだ。

 それに、梶田は面目ないと頭を下げる。普段ならばない失敗だろうが、ここは勝手の違う厨房だ。さらに分散して荷物を運びこんでいるために、総ての把握が出来ていなかったという。

「あれこれと出し入れが激しく、自分一人で回らない分はレストランで仲間に作って運んでもらっていましたからね。朝の段階でもかなりの分量が入れ替わっていたんですよ。だから、どういったものが入っているか、冷蔵庫のどの位置にあるかは把握していたんですが、量の増減にまでは気が回っていなくて」

「まあ」

「ええ。それに神田さんの当初の計画では、杉山さんが大量の血液だけを残していなくなったという時点で大騒ぎになるはずでしたから、冷蔵庫は確認されないはずだと思っていたんですよ。しかも梶田さんやお手伝いさんという不特定多数が開け閉めする場所に、よもや死体はあるまい。そう考えると踏んでいたんですよ」

「ははあ」

 意外とちゃんと考えているものだなと、庄司が呆れ半分感心半分の溜め息を漏らした。

 確かに一見すると杜撰な気もする計画だが、その実、あれこれと緻密に考えられていたようだ。

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