第43話 嫌な隠し場所

「知らないんじゃないか。まあ、君が考えている手法だとすると、どこでやっても被害は出ていただろうね。風呂場を使ったから発見が遅れただけだ」

「そうだな」

 航介もすでにトリックを見破っているようで、呆れたという顔をしていた。さすが、梶田に確認したというだけで解ってしまったのか。

 青龍はその頭脳に舌を巻く。こういう奴が同じ時期、同じ学部にいたからこそ、青龍は研究者ではなく、興味の赴くままにマジシャンになったのだ。

「問題はあれが足りないってことだろ」

 航介はどうなんだと挑発的な笑みを浮かべて訊いてくる。いつもの、自らが立てる犯罪計画が出来上がった時のように。

「そうだな。しかし、エタノールがあればそれをリカバリーできる」

 それに対し、青龍はもう答えは出ているよと笑顔で応じた。すると、そういうことかと航介も腑に落ちたらしい。

「なるほど。温度ね」

「そういうことだ」

 これであっさりと死体を切り離すことが出来たのは解決する。おそらくシーツの上だけに血溜りが出来ていた理由も、これで説明が付くはずだ。

 ただし、まだどちらが犯人か決定打とならないままだ。なぜなら、この手法を使えば女性でも簡単に行えてしまう。

「ふむ。後は死体の行方が問題だな」

「問題でもないさ」

「とすると」

 航介が自信満々に言い切るからには、どこか近くにあるはずだ。しかし、目に見える位置には存在しない。荷物はすでに点検されていて、さすがに全部を収めることは出来ないはずだが。

「意外と難しいな」

「君ならすぐさ」

「ふうん。とすると、かなりバラバラになっているということか」

「そうだな。だからこそ、あの血の量だったのさ。後はマジシャンがお得意とするところさ。見えないようにしてしまえばいい」

 そこまで言われて航介もはっと気づいた。そしてすぐに顔が青ざめる。

「なあ、それ、間違って食っている可能性はないだろうな」

「大丈夫だろう。朝食は予め調理してあったものだというし、それからさっきのカレーにも肉はなかったよ。内臓もなかっただろ」

「――」

 マジかよと航介が思い切り顔を顰めるので、青龍は嫌だろとべえっと舌を出す。

 雅人が見たらびっくりするような反応だが、これが本来の青龍だ。

 普段から雅人たちに見せているのはまさに舞台用の顔と雰囲気であり、何かと刺激と援助をくれる航介のために、出来る限り完璧かつミステリアスで気障な男を演じているだけだ。

 本来の青龍は、海外でも人気があることか解るように、気さくで砕けた面が強い。ただし人付き合いは苦手だ。これは変わらない。

「まあ、梶田さんが間違って使ってしまう前に、何とかしておくべきだろうな。分解バラバラにされた肉が、まさか食材のタッパーに混じっているなんて、疑いはしていたけどぞっとする話だしね」

「ぞっとするどころじゃない。しかし、それでも頭部はどこだ。まさか、杉山の荷物が綺麗に無くなっていたのは」

「そういうこと。ついでに片付けたんだろうな。隠すためにも、多くの物が入っていた方がいいだろうし。それに、まさか庄司もそんなところにあるとは思っていないだろうね。自分が犯人ではないことは解っているから、自分の部屋なんて捜索しないだろうし」

「うわあ。お気の毒様」

 これで大方の謎は解けたのはいいが、やった犯人の悪趣味さが全開だなと嫌な顔をしてしまう。

 それを航介がこらこらと窘めた。そろそろ日常モードは潜めてもらいたい。どこで誰が見ているのか。これだけは、どれほど計画を練ろうと読めない部分だ。

「悪い。しかし、お前が立てる犯罪がどれだけ計画的でエレガントかってのは、今回の事件を通して理解した」

「それは良かった。最近ではストーカーのようについて来る刑事のせいで、嫌気が差しているのかと思っていたよ」

「まさか」

 関係のリセットというのは、雅人の行動を牽制するためだけでなく、青龍の現在の心情を知るためだったのか。そのために今回のパーティーを利用したのか。

 青龍はこいつも趣味が悪いなと、肩を竦めていたのだった。




 青龍たちがトリックの最終確認をしている頃。雅人と楓はまず桑野の取り調べから始めることにした。

 可能性として真っ黒の神田より、桑野の方が調書を取りやすいとの目論見からだ。それに、下手に刺激しない方がいいとの青龍の警告もある。実際、ここで下手な騒動を起こすのは避けたいので、最後まで判断を遅らせることにした。

「まさか野々村君まで」

 その桑野は非常に顔色が悪くハンカチを握り締めていた。気丈そうに見えた昨日とは打って変わった態度だった。

 一体どちらが本当の桑野なのか。そんな疑問を抱いてしまう。

「野々村さんに関して、何かトラブルがあったという話は聞きませんか」

 しかし、一先ず疑っていることは微塵も態度に出さず、野々村に関して情報を提供してくれと雅人は質問を始めた。

「そうねえ。野々村君は私より少し後に入ってきたけど、かなり即戦力って感じだったわね。バンバン新しいものを作り出していって、会社の業態を大きく変えた人だったわ」

「へえ。すみません、こちらの印象ではマジック好きの青年でしたから」

「ううん。ほぼ見たまんまの人だから、その印象でいいと思うわよ。よく言えば子どもっぽい人だったのよ。悪く言うと、周囲が見えないくらいに熱中しやすいというか。好きなものはとことん好きになるタイプで、マジックもその一つだったってことね。あんなに氷室青龍の大ファンだとは知らなかったけど」

「そ、そうなんですか」

 てっきりあちこちで喋りまくっていたのかと思ったが、実際はそうではなかったのか。雅人は意外だなと素直に思う。

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