第44話 事実は小説よりも奇なり
「ええ。私もあれこれと開発で忙しかったから、そういうプライベートな話題をすることってなかったわね。でも、社長は知っていただろうし、岩瀬さんも採用の時にそういう話はしているかもね」
「なるほど」
「誕生日に好きなわけでもないのに有名なマジシャンを呼ぶなんて言うから、どうしてだろうって思ってたけど、つまりは野々村君のためだったってわけか。この間のプロジェクト、大当たりだったみたいだし」
「えっ」
青龍を呼んだのは野々村のためでもあった、というのは岩瀬から聞いていたが、そんな話は出なかった。いや、非常に重要視しているのは先ほどの口振りから解っていたが、何か莫大な利益を生み出していたのか。
「野々村さんって、実は凄い人だったんですか」
楓も意外な気がして思わず確認してしまう。
簡単な説明は岩瀬にしてもらったが、それは前までいた神田と対立になりやすいという部分しかなかった。
「凄いですよ。野々村君がやっていたのは人工知能同士を使ってデータ学習を進めさせ、それまで関連性の見出せなかったものから関連性を引き出すっていうものなんですけど、これがなかなか上手く作動させられない代物なんです。まったく違う情報を処理させているわけですから、コンピュータは関係がないと結論を出してしまいますし、下手すると勘違いしたデータを覚えてしまうことになります。
しかし、野々村君は画期的な手段を導き出して、確実性を高めることが出来たんです。それまでのビッグデータ解析を一歩進めたと言いましょうか。他社でも似たようなサービスが出てきていますけど、野々村君のものはさらに一歩先に進んだものでしたね」
「それって、データサイエンティストの仕事を取ることになりますか」
思わず雅人が意気込んで訊ねると、
「そうですね。一部は」
と桑野は困り顔になった。明らかに自分の発言が神田への疑惑を強めてしまった。そう感じたせいだろう。
「あ、いえ、その」
「いいんです。この中に犯人がいるんですもんね。本当は岩瀬さんがやったのかもって思ってたけど、でも、野々村君は関係ないものね」
「えっ」
ひょっとして桑野も庄司と岩瀬の関係を知っているのか、雅人はそう思って驚いたが、杉山は明らかに邪魔だったと言う。
「社長を振り回して、業務にも支障をきたしていたんですよ。あの人、会社のためにならなかったら容赦なさそうでしょ。杉山は社長のパートナーとして相応しくないと、この際にって、考え過ぎよね。何度か説得しても杉山だったら応じそうになかったからって。嫌だわ、ドラマの見過ぎよね」
「ははっ」
桑野に合わせて笑った雅人と楓だったが、事実は小説やドラマよりも奇なり。実際のところ、庄司は杉山を大事には思っていなかった。そして、岩瀬に振り向いてほしかっただけだ。
その辺りはプライベートなことでもあるし、桑野には黙っておくしかない。しかし、桑野がドラマ好きだったとは意外だ。
「気晴らしにね。野々村君がマジックが好きだったのと同じようなものよ」
それに対する桑野の答えは明確で、昨日のような気丈さが戻っていた。ようやくリラックス出来てきたらしい。
「では、少し確認をいいですか」
ここからは事件の時間に何をしていたかの確認だ。とはいえ、楓と青龍と一緒にババ抜きをしていたのは間違いないから、やはり容疑者から外して考えるべきか。
「アリバイ確認ですか」
それに対し、桑野も少し緊張しつつも軽く応じた。そしてやはり、ババ抜きをしていたという話になる。
「私がずっと顔色が悪いのを心配して、氷室さんが少し遊びませんかって持ち掛けてきたの。確かにちょっと気晴らしをしたかったから、じゃあババ抜きでもって私が言ったのよ。氷室さんはポーカーでもどうですかって言ってたんだけど、私、トランプで出来るゲームをあんまり知らないものだから」
桑野はそう言って苦笑する。
なるほど、そういう理由でババ抜きだったのか。ある意味、ポーカーより青龍が不正のし難いゲームになったんだなと、そんなことを思ってしまう。
そう言えば、青龍は何をしているのか。監視していない間に余計なことをしていなければいいのだが。
「氷室さん、ババ抜きも強かったですよね。ひょっとして何かで見分けているんじゃないかって思ってたけど」
「それは最初のゲームが終わった時に確認したじゃない。あれはマジック用じゃなくて普通のトランプで、裏から見ても見分けられないって話だったわ」
「そうですよね。見せてくれたマジック用のヤツには本当に小さく仕掛けがあって、びっくりしました。でも、常にそのカードを使うわけじゃないから、普通のトランプも持っているんだって言ってましたね」
楓は悔しそうに振り返る。
雅人はその会話で、常にマジック用のトランプを使っているんじゃないのかと驚いた。唯一の証拠品もそういうトリックのあるものだったから、総てに仕掛けが施されているのだと思い込んでいた。
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