第21話 現場検証

「ともかく一息入れましょう。梶田、悪いけど、全員に何か温かい飲み物を入れてくれないか」

「はい」

 梶田が出て行くと、庄司はどかっとソファに座り直した。そして疲れたように腕を組んで項垂れる。これはしばらくそっとしておくべきか。

 何はともあれ、庄司は今、恋人を殺されて精神的に不安定になっている。どれだけ理論的な提案が出来たとしても、ここから雅人たちが警察へと連絡しに行くことを阻むはずだ。

「庄司さん。現場保存のために杉山さんの部屋に入らせてもらいます」

 しかし、すぐに警察が来ないとなればやることがある。少しでも現場に残る証拠を、自分たちで多く集めておかなければならない。雅人は項垂れている庄司に声を掛け、楓と一緒に二階の杉山の部屋に行くことにした。

 庄司は疲れたように頷いただけで、もう何か言ってくることはなかった。

 一瞬、青龍を同行させようかと思ったが、あまり一緒にいると不自然だろう。ここにいる全員が青龍の裏の顔を知っているとは思えない。そう諦めて、まずは二人で検証することにした。




「まずは、他の場所に血痕が残っていないか。それを調べないといけないな」

「そうですね」

 改めて部屋に入ってみると、先ほどより臭いは薄くなったものの、独特の鉄臭さが充満していた。

 五月の下旬だがこの辺りは山の中とあって涼しい。とはいえ、家の中はそれなりに温度がある。おかげで悪臭となっているのだろう。

「死体がないだけましか」

「でも、おかげでどこに行ったのかっていう問題が発生します」

「そうだな」

 そんなことを言い合いつつ、一先ずスマホのカメラで現場の様子をつぶさに撮影していく。床から壁、家具に至るまで確認して写真を撮っていく。

 すると奇妙なことに気づいた。血は本当にベッドの上にしかなく、ベッドのすぐ横にさえ血は落ちていなかった。当然、ベッドの傍の壁にも血痕はない。

「血を一滴も飛ばさないだなんて。よほど上手くやったようだな。普通に刺したのだったら、これだけの血の量が残っているんだ。あたりに飛び散っていても不思議ではないというのに」

「ううん。つまり杉山さんを殺した時には血が飛ばないように気を付けていたってことですよね。だったら血痕も残さずに綺麗に片付ければよかった気がしますけど。そうすれば、密室にした意味もあったんだし」

「それもそうか」

 楓の指摘に、じゃあ、この血痕は意図に反して残ったのだろうかと考え直す。綺麗さっぱりに杉山が消えていたら、密室だったという謎は残るもののすぐに大騒ぎにはならなかったはずだ。

 どこかに隠れているのか、はたまた昨日のケンカを引きずっていて怒って帰ってしまったのか。そんなところで話は終わってしまうだろう。

 ただし、血液の問題がなかったとしても、どうやって死体を運び出し、どこに隠したのか。さっぱり解らない。

 しかもすでに荷物も捜索された後だという。だとすれば、どこに杉山を隠すことが出来るのか。少なくとも、この別荘のすぐに解りそうな場所にはないことになる。

「駄目だ。意外と謎だらけだぞ」

「そうですね。しかも犯人はご丁寧にここを圏外にし、さらにタイヤをパンクして回ったんですよ。しかもスマホはついさっきまで使用できましたし、タイヤのパンクは昨日の夜、みんなが寝静まった後にやったんですよ。だって、夕方前までは何ともなかったんですから。それも誰にも見つからないように」

「そう考えると、凄い労力だな。妨害電波はスイッチを入れるだけだろうが、機械はどこかに取り付けなくちゃいけないだろう。それだって見つからないようにやらなきゃならない。いくら朝早くに起きなくてもいいとはいえ」

「使える時間が非常に限られていますね」

「それに、梶田は朝の六時半に間に合うように朝食の準備をしていたわけだろ。いくら前日に仕込んであったとしても、ビュッフェという品数の多いものを支度しなくちゃならない。とすると、遅くとも五時くらいには起きていたはずだ」

「となると、ますます使える時間は短そうですね。なのに、梶田さんに気づかれることなく犯人は総てを終えていた」

「そうだな。玄関には足跡がなかったことから考えても、犯行のほとんどは夜のうちに行われたと考えるしかない」

 それにしては、手間暇が掛かっていると思う。ひょっとして単独犯ではないのか。そう疑えるほどだ。とはいえ、現段階では手掛かりはないに等しい。

「鍵も掛かってましたしね」

「そうだな。とはいえ、それに関しては犯人が部屋の鍵を持って出ていれば問題ないわけだ。この部屋から鍵が見つからない以上、犯人が持って逃げたんだろう。とすれば、鍵を掛けるのは簡単だ。ただ、どうして施錠したのかが問題なだけだな。几帳面な性格で、必ず施錠しないと気が済まなかったのか」

「ううん。まあ、女子が一人で泊まっていたんだから、鍵が部屋の中にあったのは不思議じゃありませんよ。でも、殺人事件の最中に、そこまで気が回りますかね。鍵なんて無視して出て行っちゃいそうですけど」

「そうだな。しかも血の乾き具合からして、犯行時刻は午前中だったはず。となると、駄目だ。死体を隠す時間なんてない」

「そうですね。例えば血だけ発見直前にぶちまけて行ったとか。それなら、他のところに飛び散っていない理由にもなります」

「一理あるな。しかし、そうすると犯行時間は夜中となり、やはり使える時間が限られるぞ。それに、死体は一体どこに行ったんだ。すでに家探しされた後だというのに、どこにもなかったんだぞ」

「ですよね」

 楓はそう言って再びぐるりと部屋の中を見渡し、おかしな点に気づいた。この部屋に杉山の荷物らしきものがないのだ。スマホがないのは犯人が持ち去ったのだとしても、あまりに何もなさすぎる。

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