第17話 事件発生
取り出した針金を簡単にぐねぐねと折り曲げると、確認することもなくあっさりと鍵穴に突っ込んだ。そして二度三度と揺するように動かすと、かちゃんという音を立てて、これまたあっさりと鍵が外れてしまった。
「昔ながらの単純な構造の鍵ですからね。ざっとこんなもんです」
青龍はそう言って笑うが、素人が同じように針金を突っ込んだところでドアが開かないのは解り切っている。つまり、部屋は鍵がなければ施錠出来ないし開錠出来ない。
青龍がイレギュラーなわけだが、あえてここでやってみせたのは、出来ることを示しても疑われない自信があるからか。雅人はいとも簡単にやってみせた青龍の動作を、つい必死に追い掛けてしまう。
「マジシャンとは凄いものですねえ。では」
鮮やかな青龍の手捌きに感心しつつ、これだけ騒いでいても起きないのかと庄司は呆れてドアを開いた。だが、そこで見事に固まってしまう。その理由はドアを開けた瞬間に臭ってきたその独特な香りで理解できた。
「退いてください」
雅人が呆然とする庄司を押し退けてドアを全開にした。すると、ぶわっと血の臭いが辺り一面に広がる。
その異常なほど充満する臭いに、明らかに事件が発生しているのが解る。だがしかし、肝心の杉山の姿がない。さらには、床に血溜りが出来ているなんてこともなかった。
「い、一体、この臭いはどこから」
よろよろと入ってきた庄司は、部屋の中を見渡した。部屋の中には争った様子はなく、荷物が散乱していることもない。いや、それどころか荷物らしいものはなかった。
そして、不自然に整ったベッドに釘付けとなる。雅人は楓に指示して庄司がそれ以上立ち入らないように止めさせ、自分はそのベッドへと近づいた。その際にいつも携行している白色の手袋を嵌めるのを忘れない。そして勢いよく掛け布団を剥ぎ取った。
「うっ」
「かなりの出血量ですね」
いつの間に横にいたのか、青龍がベッドを覗き込んで言う。そこは血溜りになっていてどす黒く染まっている。犯行まだ間もないのか、ベッドの上にある血はぬらぬらとしていて、まったく乾いていなかった。
「犯人は近くにいるはずですよ」
そして、指示すべきことがあるだろうと、雅人を見た。そこで雅人ははっとなり、ズボンのポケットに入れておいた警察手帳を取り出した。そして入り口で固まっている庄司たちに見えるように掲げる。
「緊急事態です。この場所で事件が発生した模様です。ここに立ち入らないようにしてください。それと皆さん、我々の指示に従ってください」
「け、警察」
「ほ、本物なの?」
「はい。警視庁捜査一課の刑事です」
そこで雅人は楓にも手帳を掲示するよう目で指示し、ついでに航介に視線で説明を求めた。今回は彼の紹介で入り込んでいるのだ。状況に合わせて上手く嘘を言ってもらわないと困る。
「ええ。金井君と竹村さんは本物の捜査一課の刑事さんですよ。すみません、金井君がどうしても、他の人に知られると構えてしまうだろうから黙っていてくれと頼まれていました。しかし、今はこれほど頼もしい人はいません」
「そ、そうだったんですか。それで、萌はどこに? この血は萌のものなんですか。一体誰がこんなことを」
航介の説明は効果覿面で、ちょっと訝しんでいた庄司もすぐに態度を改めて雅人と楓に意見を求めた。現場がにわかに騒がしくなる。そんな庄司たちを、もちろん青龍もまとめて部屋の外に追い出し
「取り敢えず、現場保存をしますので立ち入らないようにしてください。それと、杉山さんは相当な深手を負っているものと思われます。血が乾いていないことから、つい先ほど事件が発生したのは間違いないでしょう。まだ無事かもしれません。ここは手分けして探しましょう」
そう全員の顔を確認しながら言った。
その顔は一様に強張り、桑野はすでに顔が真っ青だった。この中で平然としているのは雅人と楓、それに事件の発生を予期していた青龍と航介くらいだ。
「さ、探すって言っても、どこを」
「そうですね。一先ず各部屋のチェックをしましょう。ひょっとしたら犯人から逃れて、どこかに隠れているのかもしれません。クローゼットなど、隠れられそうな場所を探すんです。しかしこの出血ですから、そこで倒れている可能性もある。早く応急処置をしないといけません」
「な、なるほど」
「手分けしましょう。犯人が外に逃走している可能性も高い。私と部下の竹村、それと及川さんに氷室さんは外を見て回ってきます。庄司さんたちは中を捜索してください。万が一、犯人がまだ潜んでいるかもしれません。怪しい人物を見かけたら大声を出して逃げてください。下手に取り押さえようとしないように。庄司さん、傘を借りられますか」
「も、もちろんです。傘は玄関横に置いてありますので使ってください」
庄司は頷くと、他のメンバーをぐるりと見渡した。その目は怒りに満ちていて、この中に犯人がいると疑っているかのようだ。あのメンバーに任せるのは拙かったかなと思ったものの、状況を把握するために一度彼らと距離を取りたかった。
「庄司さん。二階からゆっくりと捜索をお願いします」
「わ、解りました。本館にいるかもしれないし」
「そうですね」
こうして一先ず手分けして捜索することになったのだが、玄関先のポーチに出たところで、雅人は青龍と航介を立ち止まらせた。
ようやく事情を聴ける状況になったのだ。まずは確認しなければならないことがある。
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