第18話 足跡

「おい、これはどういうことだ。お前らは事件が起こることを知っていたのか。いや、知っていたんだよな。ということは、犯人も知っているのか」

「まさか。犯人を知っているのならば、マジックの依頼があった時点でお断りしていますよ。面倒なことは御免ですから」

「起こるかもしれないくらいでしたよ。メンバー内に不和があることは解っていましたからね。とはいえ、最初に杉山が殺されるとは思いませんでしたね。彼女は会社とは関係のない人物です。これは予想できませんでした」

 肩を竦めただけの青龍と、他が狙われると思っていたという航介。

 その二人の反応に多少イライラとするものの、ここで二人を責めてもどうしようもない。こいつらは事件に関わっていたとしても、直接手を下した犯人ではないのだ。

「ともかく、足跡が残っていないか。これの確認だ。血液が乾いていないことから、犯行は一時間以内のはずだ。その時、杉山以外は全員、居間に揃っていた。それを考えると、犯人は外部から侵入した可能性もある」

「そうですね。決して高くない可能性ですが、否定はできません。しかし、少なくとも玄関を使用した人間はいないみたいですよ」

「ああ」

 揃って外へと目をやると、玄関前の土にはどこにも足跡はなかった。

 朝から降り続く雨だが、小雨と呼べるもので、出来た足跡を消すほどではない。ということは、犯人はここを使っていないはずだ。少なくとも雨が降り出してからこの玄関を使って出入りした人間はいない。

「ともかく、別館側に回ってみるべきでしょうね。血痕はベッドの上にしかありませんでした。これがまず不可解です。さらには、どうして犯行後にあの部屋を施錠したのか。

 そもそも、血が床に落ちていなかったことから、例えばですが死体を担いでいる、もしくは瀕死の重傷を負っている人間を担いでいるというのに、どうして施錠する必要があったのか。非常に不可解かつ不必要な行動を取っています」

「そうだな。くそ、お前が関わっていないはずだというのに妙な事件だ」

 しっかり雅人はそう悪態を吐く。だが、青龍の指摘は尤もだったので、そのまま外を通って別館の玄関へと向かうことになった。

 それに、部屋を施錠する必要はなかったというのも、そのとおりだと思う。あそこに死体が残されているのならばともかく、どうして犯人は死体を持ち去っておいて施錠したのだろう。

 時間稼ぎをするにしても意味を見出せない。そのまま開けていても問題なかったはずだ。

「お前だったら施錠なんてしないか」

「あの状況で、ですか。しませんよ」

 裏へと回る途中、本当に事件に関与していないのか。探りを入れる意味も込めて雅人は青龍に訊ねた。すると、青龍は余裕綽々の態度で不必要なことはしない主義ですと言いやがる。

 まったく、いちいちこちらの神経を逆撫でしてくれる。

「お前の場合は総てが無駄だろうが」

「いえ。マジックとは一見無駄な動きが多いように見えますが、総てに意味付けしてあるものなんです。総ては予め計算されているんですよ。つまり不必要な演出はしないんです。そんなことをすれば、トリックを見破られることになりますからね。

 もしああいう場面を演出するならば、施錠した場合は死体を残しておき、次に消してみせますよ。それがマジシャンというものです。ところが、今回は血痕しかないのに部屋を施錠していました。これは一見すると意味のない行為ですからね。トリックに関係ないんでしょう」

「なるほど」

 言いたいことは解った。

 つまり、青龍の犯行でも、また彼が授けた犯行でもない。それがあの不可解な施錠されたドアで証明されているということか。苦々しく思っていると、本館に隠れるようにひっそりと建てられた別館が見えてきた。

 渡り廊下で繋がっているそれは小さなもので、気を付けて見ていないと一つの建物として認識してしまいそうだ。渡り廊下の下には真新しい小さなボイラーがあって、それがますます別館の存在を希薄なものにしていた。

「玄関は、あれですね」

「足跡があるな」

 勝手口のような玄関前は、何度も出入りしたのか、足跡でぐちゃぐちゃになっていた。ここを誰かが使ったのは間違いない。

「ええ。でも、犯人のものがあるかは解りませんよ。足跡の大部分は梶田さんと、ここで給仕の手伝いをしている人のものだと思いますね」

「えっ」

「だって、料理をするのに外へ出る場合、こっちを使うはずでしょ。わざわざ玄関を通ると厨房から遠くなるはずですし、すぐそこには本館からの勝手口があります。たしか、すぐそこは食堂の裏にある配膳室ですよね」

「それはそうだが」

 青龍に示された方を見ると、本館の裏手側にあたる部分に小さなドアがあった。確かに足跡はそこへと繋がっているものが多い。

「それに、朝食で提供されたパンは山の下にあるレストランで焼いていると話していましたから、朝から出入りが激しかったことでしょう」

「ああ」

 他の足跡はわざわざパンを届けに来た部下のものというわけか。そして、そのパンを客の要望で焼くためにも、この厨房へと出入りしているはずだ。つまり朝の六時半には必ずこの入り口を使ったはずなのだ。

 しかし、そうなるとここから出入りが可能だったという証明されたに過ぎない。犯人がここを使ったかどうか解らない。もし犯人がこの出入り口を使用していても、他の足跡に紛れてしまっているというわけだ。これは困ったことになった。

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