第16話 きな臭い
「何かマジックで起こすつもりですか」
そんな青龍の声に野々村が反応して立ち上がった。青龍ファンの野々村としては、たとえ悪戯程度のマジックでも見逃せない。そんな意気込みがはっきり感じられた。
「お前、何を企んでいるんだ?」
「しっ」
思わず詰め寄った雅人に、青龍はしっと黙るように人差し指を口もとで立てる。そして、この場では話せないと押し返されてしまった。
「そうですね。風邪を引いているわけでもなく寝ている場合には、ですけど」
ドッキリを仕掛けると言えばついて来ると主張することを青龍は見越していたのではないか。
これはいよいよ何か企んでいるのでは。雅人はそう勘繰ってしまう。
悪戯っぽく笑う青龍に、じゃあ俺もと目論見通りに野々村まで同行することになった。こうなると、なし崩し的に全員がくっ付いてくることになる。
「何を考えているんだ?」
「そうですね。俺も解りません」
「はあ?」
部屋を出る前に白状しろと青龍を捕まえて問い質す。するとこの反応だ。答えをはぐらかす青龍に、雅人はこの場でなければ殴り掛かっているなと拳を震わせる。
すると、ずいっと青龍がその綺麗な顔を近づけてきた。雅人はあまりの迫力に思わず背中を反らせて避けそうになる。
「な、なんだよ」
「今、警察手帳は持ってますね」
「はあっ、当たり前だろ」
「よろしい」
一体何の確認だよと思ったが、そこでハッとなった。そしてまさかと青龍を睨み返す。すでに誰かが事件を起こしているかもしれないのか。その場合、警察として現場を仕切れと促しているのか。
「お解りいただけたようですね。そうです、今回は私も招かれた側でしてね。どうやらこのメンバー、きな臭いらしいんですよ」
「ちっ」
なるほど。あっさりと雅人たちを引き入れたわけだ。
つまり青龍の噂を利用してよからぬことを企む奴がいると知っていたわけだ。
タレコミがあったくらいだから、ここのメンバーが表面上観察できる仲良しではないことは確実だ。そして、何か不可解な事件があれば疑われるのは青龍ということになる。そこで雅人たちに、自分の無実を証明させるつもりだったというわけか。
「そういうことです。このメンバーだけではなく、不可思議な事件が起こるとついつい私の介入を疑う友人がいるものですからね。余計な取り調べの時間を省いてあげようと思ったんですよ」
そして青龍はいけしゃあしゃあとそんなことを言ってくれる。だが、雅人は青龍が全く事件に介入していないという条件を飲んだわけではない。
いつだって、この男は知恵を授けるだけなのだ。不可解なトリックを犯人の代わりに考えるだけ。今回だって関係ないと言いつつ手伝っている可能性はある。
「それでもかまいませんよ。行きましょう」
すでに先に進んでいる庄司たちを追い掛けるため、青龍はあっさりと身を翻した。
それにほっとすると同時に、これは何やら異常事態が本当に起きているらしいと気を引き締める。
「氷室はなんと」
「奴が関わっていない事件が起こる可能性があるとさ」
「まさか」
「ともかく、行くぞ」
慌てて廊下を進む一団を追い掛け、階段を上り切ったところで追いついた。そこから雅人たちが使う方へと進むのではなく、朝、青龍とばったり出くわした洗面所の方向へと歩く。
そこからさらに奥に、別館へと繋がる渡り廊下があるのだ。
その別館は昔、この洋館が本当に洋館として機能していた時に、使用人たちが使っていた場所になる。だからか、全体的に簡素な造りであり、部屋数も二階には二部屋しかなかった。渡り廊下を渡ってすぐのところには、本館よりもこじんまりとしたユニットバスがある。
「こちらです」
先を歩く庄司の案内で、杉山の部屋が本館に近い手前であることを知る。まずは庄司がノックをしてみたが、部屋の中から返事はなかった。ついで何度もノックをしてみるが起きてくる様子はない。
「これはいよいよ寝入っているんでしょうか」
野々村が場違いなくらいに明るい声で言うが、寝入っているだけならば問題ない。青龍には即席のマジックを披露してもらえばいいだけだ。
もちろん、そんな場合でも抜かりなく青龍はマジックを成功させることだろう。勝算のないことはやらない男だ。雅人はどうするんだと青龍を睨んでしまう。
「さすがにいきなり部屋にお邪魔するわけにはいきませんからね。庄司さんの許可を貰わないと。どうしますか?」
それを受けて青龍はにこっと笑ってみせると、部屋に入ってもいいかと彼氏である庄司に確認する。
さすがに恋人の目の前で、他の男が堂々と寝込んでいる彼女の部屋に入り込むわけにはいかない。そういう空気を装っている。
「そうですね。ここはがつんと脅かしてもらいましょう。いつまでもへそを曲げて不機嫌にやってたって面白くないぞって、教えてやってください。って、あれ? おかしいな。鍵が掛かっていますね」
招き入れようとした庄司だが、ドアはがちゃんと音を立てて引くことが出来なかった。内側からしっかりと施錠されている。
これはいよいよ青龍の出番か。そんな期待が周囲から起こった。
「まあ、あまりやっては駄目な技ですけど」
青龍は苦笑いを浮かべながら肩を竦めると、ズボンから太めの針金を取り出した。細身のパンツ姿だというのに、一体どれだけのものをあのポケットに詰め込んでいるのやら。
まるで四次元ポケットだ。
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