第15話 それぞれ

 他はと目を向けると、先ほど食堂にはいなかった桑野が起きて来ていて岩瀬と話し込んでいる。あの二人も会社のことを話題にしているようで、とても休日を過ごしているようには見えない。互いに難しい顔をしている。

 その横では、こちらも先ほどまでいなかった神田が、難しい顔をして新聞を読んでいた。

「休日と言えど、暇になれば仕事のことを考えてしまうってところか」

「みたいですね。刑事と違って考えることが多いんでしょう。刑事なんて事件がなければやることはないですけど、会社となると常に何か解決すべき問題がありそうですし」

「そうかもしれないな。って、あれ。及川さんは」

「さあ。トイレじゃないですか」

 航介の姿が見えないなと思っていたら、すぐに野々村と一緒に食堂からやって来た。話題はもちろん青龍の活躍に関して。どうやらここぞとばかりに航介から青龍の情報を引き出しているらしい。

 野々村のあの熱の入れようは凄いなと、職業として追い掛けているだけの雅人は呆れるほどだ。質問を立て続けに浴びせられている航介も、ちょっと困惑気味に答えている。

「それは本人に聞けばいいじゃないですか」

「いやいや、恐れ多くて」

 野々村はそう言って、航介から多くの情報を引き出そうと躍起だ。

 なるほど、本人には問い難いプライベートなことを、友人である航介ならば教えてくれるのでは。そういう計算をしているらしい。

「物好きだな」

「金井さんも及川さんから情報を引き出せばいいんじゃないですか」

「いや、俺は無理だろ。あいつに明らかに警戒されている。たとえマジシャンとしての情報が欲しいと言ったところで、喋ってはくれないだろうな。適当なことを言われて煙に巻かれるのが目に見えている」

「へえ」

 楓は気のない返事をしつつ、まだマカロンを食っているのだから呆れたものだ。ここにいる間に五キロは太るんじゃないか。そんなことを思う。

 ついでに刑事になった時に女を捨ててきたような楓がマカロンを食っているというのも、何だか奇妙な絵面に思えてしまう。もちろん顔は可愛らしい女子なのだが、中身と合っていない気がしてしまう。

「金井さん。今、非常に失礼なことを考えていたでしょ」

「い、いやっ」

「どうせマカロンなんて可愛らしいものじゃなく、せんべいでも食ってろって思ったんでしょ」

「――」

 非常に的確な指摘に、雅人は黙るしかない。

 こういうのを女の勘というのか。いや、違うか。ともかく話題を変えなければ拙い。

「そう言えば、まだ下りて来てないのは」

「ええっと、杉山さんですね。彼女だけが起きていません」

「ああ」

 あの一人だけ浮いている感じの。雅人はそう思って苦笑してしまう。

 これもまた失礼な考えにあたるだろうか。しかし、聞くところによると、杉山は庄司の彼女というだけで、この会社には関係ないのだとか。それが浮いている感じに繋がるのかもしれない。

「まあ、彼氏の誕生日パーティーなんだし、会社の仲間内といわれても参加したいのは当然でしょうね。でも、仲良くできるかは別問題ですよ」

「ふうむ。となると、起きて来ないのも仕方なしか。昨日は調子を合わせて参加したけど、今日からは自由行動でも問題ないだろうと思っているのかもな」

「もしくは単に寝坊しているだけってこともあるでしょうけど」

「そうかもしれないが」

 しかし、どうにも気になった。これで朝っぱらから青龍が警告して来なければ寝坊で片付けている。だが、あえてあんなヒントを出したということは、すでに事件が起こっていても不思議ではない。

 棚上げにするには気持ち悪く、ともかく彼氏である庄司に確認することにした。青龍との会話に熱中しているところを悪いが、確認せずにはいられなかった。

「庄司さん。いいですか」

「ああ、はい。どうかしました」

 早速杉山がまだ起きていないことを訊ねると、本当だと目を丸くしている。そして腕時計を確認すると、すっかり忘れていたと頭を掻いた。

「もう十一時なのに寝ているというのは、ちょっとあれですね」

「ひょっとして体調でも悪いんでしょうか」

「だとすると、放ったらかしていると何か言われそうだ。昨日も盛大にケンカしてしまったし、これ以上へそを曲げられては後が大変だな」

「ケンカですか」

「ええ。といっても些細なことですよ。男には解らない、ちょっとしたことが不満らしくて、それでケンカです。いやはや、女心というのは理解し難いものですね」

「なるほど」

 先ほどからそれは実感していると雅人は苦笑する。

 そこで拙い拙いと庄司は席を立った。それに合わせて青龍も立ち上がる。

「ご機嫌斜めだというのならば、寝起きドッキリというのもいいかもしれませんね。姫君のためにサプライズを仕掛けてみましょうか。金井さんも一緒にどうですか」

 そして、何の冗談なのか、青龍がそんなことを言い出す。

 一緒に杉山の部屋に行けるように配慮してくれるのは有り難いが、そのドッキリの意味するところが怖い。本当に起こすだけなのか。そう疑ってしまう。

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