第10話 ディナータイム

「そんなに焦らなくても二泊三日あるんだぞ。もちろん明日はゆっくり三食召し上がっていただくさ。というか、お前は本当に氷室さんの話しかしないな。一応、俺の誕生日なんだけど」

「いや、解ってますよ。明日がおめでたい日だから、色々とあるんですもん。でも社長。別に誕生日を祝ってくれって感じじゃないですよね」

「まあな。休みの口実だよ」

 にやっと笑って、別に誕生日会をしたかったわけではないと庄司は素直に認めた。

 まあ、今をときめく、ユニコーン企業と呼ばれる会社を経営する男だ。何か口実がなければ別荘でのんびりする時間もないのだろう。

「ついでに社員たちの慰安も必要だろ」

「確かに。ここではパソコンを見ようなんて思わないから、いい息抜きだわ。毎日モニターを見つめているから、目も肩も凝りっぱなしだし」

 そう言って息抜きに同意するのは桑野だ。ついでに、今も凝っているとばかりに首を回している。

「とはいえ、残ってくれている社員がいてこその慰安ですけどね。彼らがいないとエラーがあった時に大変ですよ。こっから飛んで帰らなきゃいけないんですから」

「まあね。でも大丈夫かしら。ちょっと心配になるんだけど」

 野々村の言葉に誰もが大きく頷いたが、任せてきた仕事を思い出すと途端に不安になったという桑野だ。しかし、それほど難しい案件は任せてないから大丈夫ですよと岩瀬がすぐにフォローした。

「まあ、それもそうね。コンピュータの演算時間の合間を狙って来ているようなものだし、すぐに困ることはないわ」

「ご歓談中失礼します。どうですか。料理のお味は。お好みに合いましたでしょうか。これからメインディッシュに移らせていただきます」

 そこにシェフの梶田が笑顔でメインディッシュとともに食堂に現れた。

 押してきたワゴン車の上には大きな肉の塊が載っている状態で、とてもインパクトのあるものだった。それまでの繊細な料理から一変し、食欲をそそるニンニクやハーブの香りが一気に室内に広がった。

「おっ、ついにガッツリ系ですか」

「ははっ、そうなりますね。今回は男性や若い方が多いですから、こういうものも必要だろうと用意させていただきました。皆さん、どうぞ欲しい量を言ってください。ああ、もちろん具体的な数字じゃなくても大丈夫ですよ。三切れでいいとか、大きめの塊がいいとか、そういう注文でも大丈夫ですから」

 好きなだけ切り分けるというので、一気にその場のテンションが上がった。男性陣はこぞって大量に頼み、女性陣も負けないくらいに注文していた。大きな肉の塊があっという間にそれぞれの皿に切り分けられていく。

「さすがの食べっぷりですね。今流行りの肉食女子ってやつですか」

 その様子に神田がすかさず口を挟むと

「いやいや、このくらいは普通よね」

「ねえ」

「これでも遠慮している方だわ」

「そうそう」

「でも、今日は男子の前で気を遣わなくていいけどねえ」

「知っている人ばかりだもんね」

「あら、金井さんとは初めてよ」

「大丈夫ですよ。ガサツな人ですから」

「もう、竹村さんったら」

「はははっ」

 普通だからと女性三人が一斉にさえずる。

 いやはや、女性はタッグを組むと怖いなと、神田はその会話に圧倒されてすごすごと引き下がった。ついでに、珍しく杉山と桑野の意見が一致していてびっくりさせられると付け加えた。

 他の男性陣も言わずもがなで、食べる量に関しては何も言わないでおこうと心に誓っている。

 それにしても、杉山は恋人の前だろうに、もりもりと食べているのが凄い。もう遠慮はいらない仲というところか。

 雅人は楓の無礼な発言よりも、彼氏の誕生日パーティーに遠慮なく食べるその凄さに圧倒されてしまった。

「沢山ありますからね」

 だが、そんなやり取りがあろうと、梶田はにこにこと笑って料理を振舞っている。

こういう緩急が受けているのかなと、雅人の評価は変わっていたのだった。



 さて、楽しい食事の後はお待ちかねのマジックショーの時間だ。

 応接室に作られたショーのステージはひとまずお預けとし、まずはテーブルの傍に観客を座らせて行うタイプのものから始められた。いわゆるテーブルマジックで、青龍お得意のマジックだ。

 この場合は大掛かりな仕掛けが必要なく、マジシャンの手先の器用さが必要とされる。しかも観客との距離が近いから、些細なミスが許されないという側面もある。

 青龍は舞台衣装である細身の燕尾服に身を包み、いつの間に用意したのかスポットライトを浴びて立っている。どうすれば自分がより引き立つか。それをよく理解しているのだ。きらきらと、時折青色に染められた髪が輝くのが、より神秘的な雰囲気を作り出している。

「さあ、誰か一枚カードを引いてください」

「その前に、シャッフルさせてください」

 鼻息荒く野々村が言うと、青龍は慣れた調子でカードのデッキを野々村に渡した。野々村はここぞとばかりにカードをシャッフルする。

 しかし、これはパフォーマンスであることを、青龍のファンである野々村はもちろん、ずっと追い掛けている雅人も承知だ。こうやって客に混ぜさせてカードに不正がないことをアピールしているに過ぎない。

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