第9話 部屋割り
「あっちは」
「ああ。庄司の別荘になる前は、使用人室と呼ばれていた場所に辿り着きますよ。今ではただの別館ですね。そちらに繋がる渡り廊下があるんです」
「ほう」
さすがは北野異人館を彷彿とさせる建物だ。そういうものまであるのか。とすると、別荘になる前は金持ちの普通のお屋敷だったということか。
「今回はパーティーの手伝いに入ってくれるお手伝いさんたち三人、料理を担当する梶田と秘書の岩瀬、それに杉山があちらの建物を使っていますよ」
「ふむふむ」
雅人は素早く胸ポケットから手帳を取り出すと、今の内容をメモする。それを見た航介がにやりと笑うと
「じゃあ、部屋割りもついでに説明しておきましょうか」
と提案してきた。
雅人からすれば拒む理由はない。警察に協力する態度を示したことに驚いたが、利用できるものは利用するに限る。
「お願いします」
「では、使用人室の側からいきましょうか。一番奥のあのドア、一階では書斎にあたる位置にあるのは浴室と洗面台です。その横が野々村と神田の使う部屋、向かいが女性二人の部屋です。そして窓側、つまり建物の玄関側ですね、こちら使用人室側からみて左が我々の部屋、向かいが氷室の部屋ですよ」
「なるほど。女性二人の部屋は僅かに狭いようですが」
「ああ。それは元が子ども部屋だからですよ。とはいっても八畳近くありますから、ベッドも余裕で二つ入ります」
「ほう。各部屋にベッドは二つずつ」
「ええ、もちろんです。氷室の部屋にも予め二つ設置されてますよ。まあ、奴のことですから遠慮なく一つは荷物置き場にしているでしょう」
くくっと笑う航介は、よく青龍の性格を理解しているようだ。この分だと、何とか航介から情報を引き出すのがいいだろうか。そんなことを考える。
「マジックは夕食後です。夕食は六時から一階奥にある食堂です。二人でいても気づまりするでしょ。俺は打ち合わせも兼ねて庄司のところに行っていますよ」
しかし、そんな雅人の聞き出したいという気配を察知してか、航介はさっさともと来た道を辿って階段を下りて行ってしまったのだった。
夕食はフレンチシェフだという梶田が、腕に寄りをかけたフランス料理のコースだった。そのどれも繊細で綺麗で、普段の雅人だったら絶対に食べない類の食べ物だった。
テレビで紹介されていたというだけだって、どれも美しいと思う。今も目の前にある皿からは演出のための煙がもくもくと立ち上がっていた。ドライアイスでも使っているのだろう。
しかし、見た目重視で量はさほどなく、それでいて値段は高い。そんな料理、安月給の刑事がわざわざ食う代物ではなく、こんな機会でもなければ、一生お目にかかることも口にすることもなかっただろうな、と雅人は思った。
「凄いですね。食べちゃうのが勿体ない気がしちゃう」
「ホント、綺麗ですね」
だが、こういう料理は女性たちには概ね好評なのだ。楓まで桑野や杉山と同じようにうっとりと幸せそうな顔をし、気に入った料理があったら、すかさずスマホで写真を撮っていた。
楓がいわゆるインスタ映えを気にするとは思っていなかったので、これには意外だと素直に驚いてしまう。
いやはや、身近な人間にも知らない一面はあるものだ。というより、今日まで女子らしさなんて皆無だと思っていたのに、その認識を思い切り改めさせられている。
そう考えると、あの青龍にも思わぬ一面というのがあるのだろうか。そんなことも考えてしまった。が、青龍に関して詳しく知りたいとは思わない。
「金井さんはガツンとした料理がいいってタイプですか」
難しい顔をして食べている雅人に対し、からからと笑って神田が訊いてくる。
何かと笑いを取りたい性格なのか。もしくは重苦しい雰囲気が苦手なのだろう。雅人は苦手とするタイプだが、わざわざ邪険にする必要もない。
「ええまあ」
ということで、愛想笑いを浮かべておく。すると神田は我が意を得たりとにやっと笑った。
「ですよね。俺も断然ガッツリ派です」
「ははっ」
そして不満なのは自分も同じだと神田は笑って言うと、社長は毎日こんなのを食べているんですかと遠慮なく聞いている。
一歩間違えば無礼な振る舞いだが、そこは気心知れた仲。社長とはいえ庄司もそのくらいの無礼で怒ることはない。
「まさか。普段は俺だって、がっつりしたカツ丼だとか牛丼だとかラーメンを食ってるよ。梶田の料理なんて、本当に誕生日や特別な日しか食べないさ」
「ですよねえ」
にやにやと笑う神田は全く以て調子のいい男だ。場を盛り上げてくれようとするのは解るが、もう少し配慮できないものか。雅人はそう思ってこっそり溜め息を吐いてしまう。
しかし、庄司にしても他のメンバーも神田のこういう態度に慣れているのか、またやっているよと苦笑を浮かべるだけだった。
さて、そんな食事会だが、青龍の姿はない。このフレンチの後にマジックを披露するからと、ディナーの場には出ないのだという。その間に応接室で舞台の準備をし、見られては困るタネを仕掛けておくというわけだ。
「明日の朝食からは一緒に取るんですよね」
まだまだ青龍と喋りたい野々村が、思わずそう庄司に訊ねる。
すでにそわそわとしているのは、この後のマジックショーが楽しみで仕方がないからだろう。本当に生粋のファンであるらしい。
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