第5話 取り引き成立

「ほっとしているねえ。別にマジシャンなんて商売を始めなくてもよかっただろうに。昔からお前は何かと器用だったからさ」

 そんな航介は、ようやく砕けた調子になると、他にもやることがあっただろと苦笑いしてみせる。

 実際、大学をちゃんと卒業しているのだ。あえて過酷な道を進む必要はなかったと思ってしまう。そうすれば、怪しげなことに手を染める必要もなかったはずだ。

「俺に普通の仕事が出来ると思うか」

「そこを問われると、ううん。困るね。人付き合いは苦手だったっけ。浅い関係はいいけれどもべったりは嫌いなんだよなあ。それでも、少なくともうちの企業だったら大丈夫だと思うけど。わざわざキャリアを捨てなくても出来ることは沢山あったはずさ」

「そうかな」

 航介の発言はいつも裏がある。そう考える青龍は曖昧に微笑むに留めた。

 が、ともかく今回の依頼は航介を介してのことだった。どこにどんなヒントが落ちているか解らない。こんな何気ない会話すら気が抜けないものだ。

「それで、今回は裏込みかい」

「いいや。ちょっと面白いことが起こりそうだからさ。さすがにここであちら側のことを仕掛けるのは面倒だろ。引っ掻き回す程度だな」

「だろうな。だから、俺も面白そうな奴を呼んでおいた」

「ああ、あの二人ね」

 お前も人が悪いよなと、航介は何が起こるか解っていて刑事の介入を許す青龍を笑った。

 まあ、そういう奴でなければ航介としても友達として長続きしていない。青龍のことが言えないくらいに、航介も人付き合いが得意ではなかった。

「それはお前もだろ。真っ当な仕事をしているくせに裏がある」

「言うねえ。こちらとしては、火種は早々に消したいだけだというのに」

 青龍の指摘に、冗談にしては質の悪すぎることを航介は言ってのけてくれる。それに青龍の目がすっと細くなった。そして、なるほどそういうことかと頷いた。

「ふうん。では、今回のことはお前主導でなくても依頼として成立しているということか。面白い。報酬はお前が払うのか」

「もちろん」

 合意は得らえたと、航介はにやりと笑う。

 ということで、青龍は航介の依頼も果たさなければならないことが確定した。では、どう転がすべきか。

 そこが問題だなと悩んでいると、ノーヒントだとばかりに航介は笑っている。とことん楽しむつもりらしい。

「当然、首実検はさせてくれるんだよな」

「それは当然だよ」

 こっちへどうぞと、航介は他のメンバーが集まっている食堂へと案内してくれた。その間に青龍は別荘の構造を頭に入れようとあちこちに視線を這わせた。

「見取り図がいるかい」

「出来れば」

「了解。まあ、ここは明治だか大正だかに建てられた洋館を、そのままこの山奥に移築したものらしい。やったのは前の持ち主さ。庄司は安く売りに出ていたのを買っただけだ。おかげであちこちぎしぎしと軋む」

「そうだな」

 実際、靴のまま上がっている廊下は歩くたびにぎいぎいと音を立てていた。こっそり移動するには相当な神経を使うなと、そんな視点から考えてしまう。

「一階はさっきいた舞台に使ってもらう応接室、今いる食堂、食堂の奥には配膳室がある。真ん中の廊下を挟んで応接室の向こう側が居間、そしてその先に庄司の寝室代わりの書斎がある」

「おや。主人が一階で寝るのか」

「ああ。今回は招待客が多いからな。お前の部屋は一人部屋を用意させたが、他は誰かと相部屋になっているんだよ」

 そう言ってほら、と居間に入って顎で示した先には、すでに興味津々でこちらを見ている招待客、正確には庄司が経営する会社の社員たちがいた。全部で五人。男性三人に女性二人という内訳だ。みな、それぞれに飲み物を片手に談笑していたらしい。

「うわあ、本当に氷室青龍を呼んだんだ。お会いできるなんて光栄です。まったく及川さん、どんなコネを使ったんですか」

 二人の会話が止まった途端に、そう声を上げるのはまだ二十代らしい男性だった。その喜びように、女性たちから冷ややかな視線を送られている。だが、本人は気にした様子はない。

「ああ、そうか。野々村君はマジックが好きだったっけ。コネじゃなく、こいつは俺の昔からの友人なんだよ」

「羨ましいなあ。俺、マジックが小さい頃から大好きなんです。でも不器用で、自分では全然できなかったんですよね。そこで仕方なく、プログラミングを開発することに専念することにしました。プログラミングもまた、マジックのようにタネと仕掛けがあってこそですからね」

「その発想の転換が凄いな。ああ、青龍。こいつは野々村勇悟ののむらゆうごといって、うちで一番の若手になる。こいつの生み出す人工知能はとても面白いものが多いんだよ」

 航介の説明に、野々村ですとすぐに握手を求めてきた。もちろん、青龍は笑顔で対応する。ステージでの笑顔はどんな場面でも出せるようにしてあるのだ。当然、ファンにはとびきりの笑みを向ける。

「こちらこそ、よろしく」

「うわあ、感動です。後でサインをもらっても」

「もちろん」

「ありがとうございます」

 すでに感極まっている野々村を笑顔で対応し、残りへと視線を向けた。先ほど、航介は野々村が一番の若手だと言っていたが、それより若そうな女性がいる。

「あっ、彼女に手を出しちゃ駄目だぞ。あの子は庄司の恋人だからね」

「ちょっと」

 指摘された女性は余計なことをと航介を睨んだ後、ちゃっかり青龍の前にやって来た。そして無遠慮にしげしげと眺めてくれる。背が小さいから、思い切り覗き込まれている感覚だ。

「マジシャンっていうよりホストっぽい。歌舞伎町にいそうだわ」

「それ、よく言われます」

 無礼とも取れる発言も、青龍は笑顔で受け流した。それに女性はますますホストっぽいと呆れてくれる。

「ごめんね。ちょっとご機嫌斜めなんだよ。庄司が書斎には絶対に入るなって言うもんだからケンカしちゃって。彼女は杉山萌すぎやまもえさん」

 紹介された杉山はにこりと笑った。年齢は二十五歳と、やはりこの中では最も若かった。

 庄司の恋人と紹介されるだけあって、彼女は会社には何の関係もないのだという。しかし、彼氏の誕生日パーティーなのに参加しないのはおかしいと、無理やりくっ付いて来たのだという。

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