第25話 はるたん

「後は、そう言えば、杉山さんのカバンが見当たりませんね」

「ああ」

 それも奇妙な一つだが、ひょっとして別の部屋に置いてあるのでは、と考えていた。というのも、杉山はこの別荘の持ち主の恋人なのだ。どこか他に保管しておいてくれ、ということも可能だろう。

「ああ。そう言えばここに来た当初、カバンを書斎に置かせてくれって揉めたと言っていましたね。しかし、庄司さんは書斎に入られたくないので、置いてもいいが勝手に入らないでくれと言ったとか」

「本当か。だったら後で確認しないとな」

「どうしてさっき、確認しなかったんですか」

 先ほどもどこかに置いているのではと話し合ったのに、と楓がぷりぷりと怒る。しかし、雅人はどうにも確認できなかったのだ。

「いや、確認したかったんだが、なんか避けられてる気がしたんだよな。いや、岩瀬とずっと喋っていたせいか。ともかく、今は事件の話は聞きたくない。今後の対策で忙しいって態度で示されている気がして」

 そう、さきほどの食堂で軽食を取っている間にあれこれと確認しようとしたのだが、庄司は岩瀬と話してばかりいて、割って入ることが出来なかった。

 それも、こそこそとずっと相談しているものだから、邪魔しては悪いかと遠慮してしまった。恋人が奇妙な殺人事件に巻き込まれたのだ。会社としても対応を迫られるのだろうと考えてしまった。

「金井さんって変なところで気を遣うんですね」

「へ、変」

 やれやれという調子で航介が言うので、変なのかと思わず楓を見てしまう。すると、楓は全力で頷いてくる。

 まったく、この部下はそんな目で自分を見ていたのか。非常に今後の捜査がやり難くなる事実だ。

 だが、こんな閉ざされた空間で威圧的に取り調べをしても、後の捜査をやり難くするだけではないか。そう反論しようとしたが、しかし、そこに待ったと航介が割って入ってくる。

「まあまあ。金井さんが遠慮したくなるのも解りますよ。聞き出すのは色々と大変でしょうから、俺から事情をお話ししましょう。そもそも、ここに来たのはうちの会社の人物関係を喋るためですからね。

 まずは金井さんの懸案事項。どうしてずっと庄司が岩瀬と話し合っていたのか。それは会社の今後を相談するためというよりも、よりを戻そうと持ち掛けているからですよ」

「はい?」

 唐突な情報で、全く理解できないんですけど。

 雅人はその気持ちそのままに訊き返してしまった。それは楓も同じようで、目を白黒させている。

「庄司さん、杉山さんと付き合っていたんですよね」

 だから、念押しするように確認してしまった。その場合、岩瀬が絡んでくる要素は全く見えないのだが。そういう意味を込めてだ。

「ええ、そうですよ。庄司はどちらでもオッケーというタイプなんです。いわゆるバイセクシャルというやつですね。だから男を口説いていたとしても問題はありません。昔からどちらとも付き合っていましたね」

「そ、そうなんですか」

「ええ。そんな中でも、最も長く付き合っているのは岩瀬です。俺が庄司と出会った当初も岩瀬と付き合っていたわけですから、どちらかと言えば男の方がいいんでしょうね。要するに、杉山と付き合ったのは当てつけだったんです。

 昨日一日、あの二人を見ていたら解るでしょ。付き合っていると言いつつ、その関係は冷めきっていた。杉山に本心がばれていたかまでは知りませんが、庄司は本気で愛していないし、杉山は飛ぶ鳥を落とす勢いの会社社長の庄司と一緒になれれば生活に困らない、と思っていただけです。互いに打算の結果だったんですよ。

 ああ、その事実から庄司が犯人なんて短絡的な発想は止めてくださいよ。あいつはあれでも社長ですからね。殺人なんてリスクを負うはずがありません。それに、殺すまでもなく、単純にその当てつけを止めればいいだけですからね。庄司からすれば杉山を殺してもなんのメリットもありません」

「ははあ」

 なるほど、そう言われるとまだ解りやすくなった。つまり、庄司の本命は岩瀬であり、しかもかつて岩瀬と付き合っていた。しかし、何らかの行き違いがあって、全く真逆のタイプの人間と付き合ってみせ、焼きもちを焼かせようとしていたというわけだ。

 ここで性別を考えるからややこしくなるだけで、起こっていることは一般的なことと変わりない。しかし、同性間の恋愛トラブルが会社で起こるだなんて。まるで一時流行ったドラマのようではないか。そんなことを思う。

「あれだ、はるたん」

 同じことを楓も思ったらしく、楓がぽつりと主人公の愛称を呟いていた。すると、青龍も苦笑している。

「知ってるのか、はるたん」

「ええ。飛行機の中で見ました」

「へえ」

 意外とそういうドラマも見るのか。はたまた映画版がたまたま鑑賞できただけか。ともかく、今まで気障でいけ好かない奴だった男の意外な一面だ。

 しかし、考えてみると青龍のプライベートな部分は全く知らなかった。いや、知る必要はないのだが、コメディドラマを見るなんて、あまりにイメージとかけ離れているな。そう思ってしまう。

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