第24話 血液の謎

「軽食が出来ましたよ」

 そこになかなか現れない三人を心配して梶田が呼びに来て、いつの間にか他の面々は食堂に移動していたことに気づく。どうやら、誰もが一度覚えた空腹に勝てなかったらしい。これもまた青龍のお手柄か。

「やれやれ、先が思いやられる」

 しかし、三人が密談していても無視して食事に向かえるとは、杉山のことは気にならないのか。この中に犯人がいることを気にしないのか。これで少しは事件に関心を示してくれる奴がいれば、青龍以外の協力者が得られたかもしれないのに。

 事件に関心の薄い関係者と日頃から怪しい青龍。この二つにまだまだ頭を悩まされそうだと、雅人はこっそり溜め息を吐き出すのだった。




 簡単な軽食を取った後、青龍は楓に腕を引っ張られて現場へと向かうことになった。それに何だか面白そうと航介もくっ付いてくる。雅人としては事情を知っていそうな航介を尋問したかったので、これは有り難かった。

 時間はすでに五時になろうとしている。雨が降っていることと山の中であることが重なって、辺りは早くも暗かった。別荘の中はあちこち電気が灯っている。

 もちろん、これは暗くなったという理由だけでなく、事件があったということで、庄司が早めの点灯を指示し、さらに総ての電気を点けるようにしたためだ。だから、今は誰もいない二階さえ、煌々と明かりが灯されている。

「この部屋も電気は点きますね」

 手袋を付けてからスイッチを触り、楓が部屋の電気を点けた。するとますます、この部屋の奇妙さが浮かび上がる。

 ベッドの上にだけ残されたどす黒い赤。時間が経ったことによってすでに乾ききった血痕は、ここで起こった不気味な事件を静かに物語っているように見える。

「改めて見ても、たしかに血痕があるのは見事にベッドの上だけですね。しかもシーツは全体的に血に染まっている状態ですか。これだけの出血を伴う傷を付けられたとすれば、どこかに飛び散ってもおかしくないんですけどね」

「そうだな」

 青龍の確認に雅人も再びベッドに近づいて頷いた。すでにどす黒く変色している血痕を見てみると、その異様さがよく解る。血は見事にベッドの上だけに広がっているのだが、その量は半端ではない。ほぼ身体に流れる総ての血がここにあるのではないか。そう錯覚させるほどの量だ。

 それなのに、辺りに飛び散った様子は一切ない。一体どうやればそれが可能なのか。そして楓が指摘したとおり、どうしてベッドだけに血溜りが残ったのか。考えれば考えるほど疑問が湧き上がってくる。

「ふうむ。そうすると、血液だけが後から工作したというのが妥当でしょうか。もしくは零したんでしょうかねえ」

 しかし、青龍はひょっとして別の可能性があるなと考え始める。しかも零しただと。どういうことなのか。雅人にはさっぱり解らない。

「ああ。血が飛び散らないように、何かで被害者の周囲を覆っていたってことか」

 が、その疑問に答えたのは航介だ。こいつは凄いねえと、いつの間にか横に来て覗き込んでいる。

 青龍はともかく、犯罪に無縁のはずの航介がなぜこんなにも普通にしていられるのか。その神経を疑ってしまう。青龍と友達だというだけでも怪しいのだが、どうにも奇妙な男だ。

「つまり、他に血が付いていないのは、他に何かで部屋全体を覆っていたからってことか」

 しかし、今は航介のことよりこちらだ。そう考えているのかと青龍に確認すると、その可能性もあるでしょうねと頷いた。

「これだけの出血を伴う傷を作っておきながら、どこにも血を飛ばさないというのは物理的に不可能ですよ。それに他の部屋で殺したというのも奇妙な話ですし。となると、何かで防いだと考えるのが妥当です」

「なるほど」

 確かにそうだが、どうにもすっきりしないのは気のせいか。訝しげに青龍を見ると、あくまで可能性の一つですよと注釈を入れてくる。

「覆っていたとしても、ここだけうっかり零したのだとするならば、ベッドの上だけというのが説明しきれないからですよ。例えばコップ一杯に入っていた水をうっかり零した場合、一か所だけに飛び散るなんてことはないでしょう。必ず他のところにも飛び散るはずですからね」

「そうだな」

 確かに零したとすれば説明できそうな気がするが、それだけでは総ての状況に答えたことにはならないのだ。ベッドの上から血がはみ出ていない。この理由に答えることが出来ていない。そもそも、それが厄介な原因であり、この現場が奇妙に見える原因だ。

 しかもどうして血は乾いていなかったのか。この疑問も残る。犯行時刻が午前中だとすれば全員にアリバイがあり、不可能犯罪になってしまうのだ。ここを明らかに出来ないことには、ずっと気持ち悪さが付き纏う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る