第26話 溝がある

「さて、庄司に関してはここまで。岩瀬に関しても、庄司にあれこれ手を焼いているものの、その他で目立ったトラブルはありませんね。もちろん、奴が嫉妬の末に殺したというのも妙な話です。別れを持ち掛けたのは岩瀬なんですから。

 だってそうでしょう。フラれたから庄司は岩瀬の関心を引こうと杉山と付き合っていたわけです。そして、岩瀬にとって杉山が敵にならないことも解り切っていたでしょうからね。さて、痴情の縺れに関してはここまで。他もざっと説明しますね。ここなら、誰かに聞かれる心配もないでしょうし」

「だろうな」

 わざわざ殺人事件の現場までやって来る物好きは、それこそ犯人くらいだろう。しかも今、他のメンバーは一階の居間に集まっている。下手に出掛ければ目に付くはずだ。周到に犯行を終えた犯人が、いくら刑事と怪しいマジシャンが現場で話し合っているとはいえ、軽々しく出掛けるようなミスをするとは思えない。

「うちの企業はまだまだスタートアップ企業と呼ばれる新興勢力であり、その分、寄せ集めの集団だと思ってください。技術だけを売りにしている分、あれこれ利害関係が絡んで複雑です。特に初期の人工知能を立ち上げたメンバーと新たに加わり、新手法を用いているメンバーとの間には溝があります」

「そうなんですか」

 トラブルを抱えているというタレコミがあったとはいえ、昨日の様子だけでは、そんな不和があるように見えなかったが。

 そう言おうとして、桑野がやらたと神田に突っかかっていたことを思い出す。何かと場の雰囲気を和ませようとする神田に対し鬱陶しいと表明する桑野という図は、昨日何度か目撃していた。

「ええ、まさにあの二人がそうです。初期からいるのが神田の方。桑野は一年前に引き抜きでうちに入ったんですよ」

「へえ」

 逆かと思っていたがと雅人は苦笑してしまう。どう考えても、桑野が現状に満足できていないかのようだった。いや、それは神田に対してイライラしているだけなのか。それとも他に不満があるせいなのか。

「まあ、桑野も現状には満足は出来ていないでしょうね。まだまだやれるはずだと、常に向上心を持っている人ですから。しかし、昨日からの不機嫌の理由は、杉山が気に食わなかっただけだと思いますけど」

「そうなんですか。でも会社に関係のない人だし、実は当てつけなんですよね。ああ、それを桑野は知らないのか」

「ええ。初期のメンバーは岩瀬と付き合っていた事実を知っていますが、新たに加わったメンバーは知らないはずです。それに、桑野が庄司のことをどう思っているかは知りませんが、杉山みたいなタイプが嫌いなのは確実でしょう。正反対ですからね」

「なるほど」

 嫌いなタイプの相手というのは、どうしてもいるものだ。桑野にとってはそれが杉山で、さらに年齢のこともあって腹が立っていたというところか。三十代というのが女性にとって微妙な年頃であるというのは、警察署内でも聞いたことがある。

 しかし、露骨に態度に出すのは負けた気がするのだろう。そこで、そのイライラを太鼓持ちのような神田にぶつけていた、というところか。

「野々村も最近入った若手ですが、見ての通りのタイプと説明するのが一番ですかね。氷室への態度を見ていれば解る通り、裏表があるタイプではないですし、好きなことに一直線なんですよ。それが彼の開発するシステムにも反映されていましてね。意外にも、事業拡大に繋がったのは彼の成果ですよ」

「へえ」

 あの野々村が会社の中核を担っているのか。それは意外な気がした。しかし、好きなことに一直線であることは、青龍の蘊蓄を熱く語る様子でよく解っている。

「ということは、嫉妬の的にもなりやすいですね」

 これは青龍の指摘である。

 確かに、そういうタイプほど気づかないうちに敵を作っていたり、あちこちで問題を作っていたりする。自分が好きなものを相手に押し付けてしまったり、逆に相手が興味を示してほしいことに冷淡だったりするものだ。

「じゃあ、今回怪しいと思っていたのは」

「ええ。てっきり野々村に絡むことかと思っていたんですけどね。表面上は仲良くやっていますが、ここにいる連中が、岩瀬はどうか知りませんが、野々村に嫉妬しているのは間違いありません。だから、そこの氷室に声を掛けたってわけです」

「悪趣味な。しかし、その嫉妬の中には庄司も含まれるのか」

「ええ。彼も技術者ですからね。ひょっとしたら会社を乗っ取られるのではないか。そういう危惧を抱いていたとしても不思議ではありませんよ」

「ふうむ」

 航介の説明は有り難いが、しかし、事件の火種があるところに青龍を呼ぶなんて。もしこいつが裏で犯罪に加担していることを知っている奴が犯人だったら、どうするつもりだったのか。

 いや、こいつの場合、連れて来てやっただろうと紹介料をせしめそうだ。そういう抜け目のなさをひしひしと感じる。

 雅人はとんでもなくヤバい奴に借りを作ったものだと、今更ながらその不用意さに気づくがもう遅い。こうなったら警戒対象として今後は注意するだけだ。

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