第27話 ベッドの下

「ともかく、事件は予想外の形で起こってしまったので、俺が出来るのは情報提供だけです。まあ、これでも善良な市民ですからね。ちゃんと協力しますよ」

「どうだか」

 できればお前が犯人であってくれた方が楽なんだけど。

 雅人は刑事にあるまじきことを思いつつ、取り敢えずは航介を利用して他から情報を引き出すかと算段を立てる。

 それにしてもこの男、会社ではアドバイザーだというが他に役割はないのか。ちょっと疑問になったのでついでに聞いておいた。

「それで、及川さんの会社でのポジションは」

「俺ですか。会社のアドバイザーだというのはご存じですね。そのまんまですよ。方向性を決める手伝いですね。ですから俺は外部の人間でもあるんです」

「そうなのか」

「ええ。俺は別に自分の会社を持っています。業務内容としては、色々な人工知能に関する新規事業の手伝いをするってところですかね」

「ああ、そう。外部の人間になるのか。しかし、庄司とは昵懇の間柄のようだが。あれこれと事情にも詳しいようだし」

「それはそうですよ。庄司とは大学時代から付き合いがあるんです。もちろん岩瀬やそこの氷室ともね。工学部の同じ学科で人工知能を研究していたんだから、庄司や岩瀬と学年が違うとはいえ友達でも不思議ではないでしょう」

 航介はそう言ってにやりと笑う。

 確かにどいつもこいつも同じ大学の工学部出身だという。それも人工知能を研究していたメンバー。となると、大学での研究室が同じだった可能性が高い。同じ研究室の先輩後輩だとすれば、詳しく知らない方がおかしいというわけか。

 それにしても、奇妙な面子の集まった研究室だったんだな、と雅人は呆れてしまう。

「人物関係はよく理解できた。それで氷室、どうなんだ。他に考えられる可能性は思いついたか」

 雅人はそんな変なメンバーの一人でもあった青龍に訊ねる。

 というより、この男が最も変であったことだろう。それにわざわざ現場まで引っ張ってきたのだ。零した以外の可能性も提示しろと、部屋をうろうろしているのでせっつく。

「人使いの荒い刑事さんですね。言われなくても協力は惜しみませんよ。そうですね。ちょっとベッドの下をみたいんですけど」

「下」

「ええ。及川、懐中電灯ってないか」

「それならここに」

 あっさりと航介は入り口近くにあった棚から懐中電灯を取り出した。ついでにもう一度その棚を確認するが、他には何も入っていない。この部屋には物があまりにもないのだ。杉山の荷物がないだけではない。

「ああ、それも不可解な点としてカウントできそうですね。いくら荷物は彼氏に預けられたかもしれないとはいえ、身の回りの品を一切部屋に置いていないというのは変です。しかも荷物を置いている書斎への勝手な出入りは禁止されています。化粧品なんかがあってもおかしくないんですけどね」

「そうだな。って、それにお前が気づくのか」

 それは楓が指摘すべきことだったんじゃないか。そんなことを雅人は思うが、楓はそっかという顔をしている。

 うむ、やっぱり女子としてカウントするのは止めよう。それが一般常識の範囲を正しくする。

 そう考えると、日々外見に気を配っている青龍がそんな指摘をしてきたとしても、非常に当たり前のように思えた。この男ならば男性用化粧品を愛用していることだろう。朝一番に髭を剃っていたくらいだ。肌の手入れに時間を掛けていても不思議ではない。と、余計なことばかりを考えてしまう。

「ともかくベッドの下を。おっ、やっぱり血は下まで落ちてますね」

「本当だ。さすがにあの量だからな」

「ええ。しかし、これはどう考えるべきなのか。このベッドの上に直接血が撒かれたと考えるべきか。ううん、でも、もし後からここに撒き散らしたとすれば、こんなにも量を必要としないんですけどね」

 青龍と一緒に覗き込んでみると、確かにベッドの下まで血が染み込んでいた。とはいえ、ほとんどがベッドのシーツとマットに染み込んでしまったのか、それほどの量ではない。

 今までどこにも血痕が発見できなかったことに比べればあったと言えるものの、それは数滴の染みでしかなく、奇妙さの緩和にはならない。

「なるほど。調べれば調べるほど厄介な事件ですね。乾いていなかった血液というのが、どうにも事件を複雑にしています。犯行時刻を誤魔化すためだとしても、血液の量が多すぎるんですよね。ううむ、難しい」

「お前までそれを言うか」

「ええ。シンプルな発想は捨てた方が身のためかもしれません」

 どうしたものかなと、青龍は光に当たると青くきらめく髪を掻き上げる。トリックを使うのは相当計画を練らなければならないはずだ。それなのに、今回こうして不可解なトリックを用いた事件が起こっている。

 これはまるで、自分への挑戦状のようではないか。

 しかし、それにしてはどうにも無駄が多いように思う。単なる挑戦ではなく、必要に迫られて使用したトリックのはずだ。

「解りそうか」

「どうでしょうね。まあ、警察がここに来て鑑識が科学的な捜査すれば、もう少し情報が出てくるでしょうけどね。見ただけではどうにも」

「ふうん」

 雅人は納得いかないという調子で唸る。というのも、こういう不可解な事件を得意とする男なのだ。楓への説明で一度は納得していたものの、現場を具に調べれば見ただけで解るのではと期待してしまった。

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