第48話 パンクの理由
「ということで、私がいる場で不可解な事件が起こればそれで総て私のせいに出来るはず。その見込みが神田さんにあったんですよ。だからこそ、最初に憎んでいた野々村さんではなく杉山さんを殺したんです。
まあ、自分のトリックがちゃんと機能するか確かめたかったというのもあるでしょうね。トリックが思いついたとしても、それはまだ机上の空論。身体の小さな女性で一度試したかったのでしょう」
青龍がそう言って神田を見ると、神田は首を竦めた。青龍が言っていることはほぼ正しいということか。
「神田さんの当初の計画では、不可解な犯罪が起こったら、まず私のせいだと言い出す予定だったんです。そしてみんなで私をどこかに閉じ込める。そこから警察が来るまで見張っておこうと思ったら電話が通じない。そこでパニックが起こる。
逃げるにも私という不安があるし、と庄司さんが刑事の金井さん達がいなくなるのを懸念したようなことを誰かが言い出す、もしくは神田さんが言い出せばよかったわけです。しかし、私のファンである野々村さんは違うと主張するはずだ。そこで一悶着が起こるだろうから、そこで野々村を殺す。そういう筋書きだったんですよ」
「ううむ」
そう上手くいくのか。雅人は思わず唸ったが、存外計画通りに事が運んだだろうと思う。というのも、熱烈なファンである野々村は確実に青龍を庇うだろうから、そこで揉めて警察への通報が遅れるのは事実だ。なかなか結論が出ず、しかも電話ですぐに呼べないとなると、この場で何とかしなければと踏ん張る可能性は高い。
「では、車のタイヤがパンクしていたのはなぜか。実はパンクはそこの及川君の不注意だったんですよ。そうですね」
そこで青龍は余裕綽々に笑っている航介を指差した。航介は肩を竦めて否定しようとしない。
「ど、どういうことですか」
楓がなぜそこで航介が関わってくるんだと睨む。やはり二人で何か悪さをしていたのか。そんな疑惑がありありと声に出ていた。
「まあまあ。及川君も意図して皆さんの車をパンクさせたわけじゃないんですよ。こいつのせいなんです」
しかし、次に青龍がポケットから何やら小さな部品を取り出したので、一体それは何だと興味がそちらに向いた。それは画鋲のようだった。小さな円錐型のもので、画鋲というより吹き矢のようにも見える。
「これ、風船なんかを割るために私が服に仕込んでおく小さなピンです。他にもあれこれ仮止めするのに使うんですが、まあ、一種の画鋲ですね。しかし普通の画鋲より強度があって、ほら」
どんっと力一杯木製のテーブルに押し付けると、それはぐさっと強く深く刺さった。その威力は小さいながらかなりのものらしい。
「これを、及川君が駐車場で落としていたんですよ。それが運悪くと言いますか、タイヤに刺さったんですね」
「全員の、それも総ての車にか」
それは無理がないかと思ったが、もし小さな画鋲があちこちに散らばっていたとすると不可能ではない話だ。しかし、雅人はその説明が取ってつけたようにしか思えない。
「そこは意図せずやったからこそ、総てのタイヤに刺さったんでしょうね。しかも、何度か車を動かしているものだから、万遍なく刺さってしまったんです。梶田さん、そうでしたね」
「えっ、は、はい」
まさかここで自分の名前が出てくるとは思わなかったのだろう。梶田はびっくりしている。だが、雅人はどういうことだと青龍を睨んだ。どうやら自分が来る前の出来事らしいが、本当にあったことなのか。
「そんなに睨まないでくださいよ。実際、荷物の出し入れでちょっと手間取ったというだけです。私も荷物が多いですが、梶田さんも多かったんです。鍋やフライパンを持参されていましたし、食材も持って来ていましたからね。朝、焼き立てのパンを持って来てくれる人がいたように、その時も手伝いの人がトラックで来ていたんですよ」
「へえ」
それでごそごそと動いているうちに、全員のタイヤに刺さる結果となったと。
ううむ。いささか強引な気もするが、他が否定しないということは、車を大きく動かすことがあったのは事実らしい。
「もちろん、及川君もまさかこの画鋲の強度がこれほど強いとは知らず、夕方に落としたことに気づいた時に抜いて、そのまま放置してしまったんですね。ところが、これは車のタイヤさえパンクさせてしまう代物だったんです」
「ううむ」
これ以上、タイヤに拘る理由はないので、雅人はもう疑問を挟まなかった。
ともかく、タイヤは別件であるというだけだ。それが意図的であったか過失であったか。この場で証明する方法は何もない。青龍は雅人が納得できないながらも疑問はないという態度と、他から疑問が出ないのを確認して笑った。
「さて、タイヤのパンクに関しては別だと理解していただいたところで、本題に入っていきましょう。なぜ杉山さんの死体は部屋から消えてしまったのか。なぜ野々村さんの死体が短時間でバラバラに出来たのか。皆さんが最も疑問に思われているのはここだと思います」
「ああ、そうだ」
「一体どうやったんですか?」
庄司が同意し、それを補強するように岩瀬が問う。いわゆる吊り橋効果なのか、二人の息はこの一連の事件によってぴったりとなっている。
その一方で、この事件を起こした犯人である神田は答えようとせず、ひたすら下を向いていた。
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