第37話 再び事件発生
まったく、犯罪者かもしれない奴と呑気にババ抜きをするとは何事か。それに、マジシャンなんだからトランプで勝負するのは間違っているだろう。不正したい放題ではないか。
「違う。風呂の水だけが出ないというトラブルが起こっているらしいんだ。事件のあった直後だから、どうにも気になってな。調べるぞ」
どうにかそんな色々な文句を抑え込み、用件だけを告げる。すると楓は明らかにがっかりし、青龍は面白いですねと頷いた。
「なんだあ、仕事か」
「じゃあ、私も同行しましょう。マジシャンの視点からしても、杉山さん消失のトリックは気になりますからね。そうだ、桑野さんは隣のお嬢さん方の部屋に一時的に避難していてください。トランプはお貸ししますから」
「あら、それは助かるわ。若い女の子相手に何を喋っていいのか解らないもの」
「またまた。それにあちらには、森さんというベテランのお姉さんもいますよ」
「あはっ、そうね」
青龍がばっちり桑野にも気遣いをし、ついでに一緒に来てくれるというので、あれこれと手間が省けた。隣の部屋に桑野を預ける際に航介には風呂場がおかしいらしいと告げ、三人で廊下の端の風呂場へと向かう。
改めて風呂場のある位置から杉山の部屋を見ると、非常に近い距離だと思った。ついでにここと杉山の部屋の往復ならば、さほど苦労せずに移動できるうえに目撃される心配も少ない。
「お風呂の配管ですか。これは盲点でしたね」
「ということは、これが消失トリックの要だと」
「おそらくは」
雅人と青龍、揃って風呂場と杉山の部屋を見比べ、そして気合いを入れて風呂場の中へと入った。風呂場から異臭がするということはなく、肩透かしを食らった気がするが、青龍はきゅっきゅと早速水道の蛇口を捻っていた。
「確かに水が出ませんね。でも、他は動いているんですよね。本館の総ての水道が止まっているわけではなく」
「そうだ。俺も何度かトイレに入ったが、別に問題なく水は流れたぞ」
「洗面台も出ます」
楓が素早く洗面台の蛇口をチェックしたが、ざあざあと水が流れていた。確かにお風呂の水だけが流れなくなっている。
「ううむ。お風呂は当然ながらお湯が供給されていますよね」
「当たり前だろう」
「でも、洗面台やトイレは水です。温水ではない」
「ウォシュレットは、そうか。トイレの便座と連動しているだけだから、水なのか」
「ええ。どうやらその辺りに、お風呂の水だけが出ない理由がありそうですね」
青龍が何か掴んだぞという顔でにやりと笑った時
「うわああああ」
一階から、もの凄い悲鳴が聞こえてきた。声は男のものだったが、割れんばかりの悲鳴だ。
「行きましょう」
「ああ」
「まさか、また」
「もしくは杉山さんの死体が出てきたか、でしょうね」
そう言いながら、三人は風呂場を飛び出して階段を駆け下りる。その前に、部屋からひょっこり顔を出すメンバーに
「そのまま待機してください。危険ですので、部屋から出ないように」
と雅人は注意しておく。いくら陸の孤島ではないとはいえ、ここで一体何が起こっているというのか。
その不可解な犯罪に、しかも普段ならば真っ先に疑う青龍が率先して捜査をしているという状況もあって、胸騒ぎが収まらない。自分は何かとんでもないミスをしているのではないか。そんな気分にさせられる。
「ああっ、け、刑事さん」
「梶田さん。どうしました」
一階に下りると、廊下の真ん中で梶田が腰を抜かしていた。悲鳴は彼が上げたものだったのだ。そして、あれというように、応接室を指差している。
「一体」
梶田の介抱を楓に任せ、雅人と青龍は応接室の中を覗き込んだ。そしてその光景に絶句してしまう。
「うっ」
「これは」
死体を見慣れているはずの雅人も、度胸は人一倍持ち合わせているはずの青龍も思わず息を詰めていた。
昨日マジックショーのために使われた応接室、大きなテーブルやステージに使用された台座がまだ残り、パーティーの余韻が残る部屋には、見るも無残なバラバラ死体が、文字通りバラバラに散らばって部屋中に広がっていたのだった。
バラバラ死体として発見されたのは、なんと野々村だった。
部屋を封鎖し、一先ずいなくなった人はいないかと探したところ、消えたのは野々村だと発覚した。そうやって、いる人間から確認しなければならないほど、死体の損傷は激しかったのだ。
「まだ片付けが残っていたので、俺だけ下にいたんです」
どうして梶田があれを発見するに至ったか。まずその聞き取りを居間で行ったところ、厨房が散らかったままなのが気になって下りてきたのだという。
みんなで二階に固まっておこう。そう決まってすぐに荷物の移動があったため、梶田は片付けを出来ていなかったのだ。そこで、こっそりと下りてきたのだという。因みにその時点では、まだ野々村は部屋にいたという。
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