第36話 意外と単純

「すみません、庄司のワガママで」

「い、いえ」

 雅人はどう対応していいのか解らなかった。

 そのワガママはこの部屋割りなのか、それとも警察を呼びに行くことを止めたことなのか。しかし、その動揺で岩瀬はこちらが事情をすでに知っていることに気づいたようだ。

「その、付き合ってました、彼と」

「ええ。及川さんから聞きました」

「ですよね。杉山が殺されて、最も疑われるのは俺だと思います。だからこそ、庄司も必要以上に俺に纏わりついて、しかも確証を得るまでは警察を近づけたくないと」

「ははん。別によりを戻そうという話ではないんですか」

「いえ、それもありますけど」

 そこで岩瀬は困った顔になった。

 どうやらまだ、庄司は岩瀬の心を取り戻すには至っていないらしい。

「会社では一緒なんですよね」

「ええ。しかし、俺は仕事とプライベートは別だと思っています。でも、庄司はそれが納得できないようですね」

「へえ」

 意外だと雅人は思った。

 あれほど体面を気にするような素振りをあちこちでやっておいて、岩瀬との関係は隠す気がないわけか。いや、それは最初からそうだったという。

 つまり、庄司は岩瀬にべた惚れなのだ。だからこそ、今回のような回りくどい、あえて岩瀬とは真逆のタイプの、しかも女性と付き合ってみせたほどに。

「そうなんですよ。このパーティーもまあ、言ってしまえばその当てつけの延長で。氷室さんを呼んだのだって、俺がちょっとカッコイイ人だと話したのを覚えていてのことです」

「ははん」

 そうなると、青龍は当て馬の予定だったというところか。青龍の性癖までは知らないが、あの男ならば何でもやってのけそうだ。男女ともに扱い慣れている感じがする。

「まあ、そういうことですから、刑事さんも俺を疑っているのかなって、ちょっと気になってしまって」

「まだ容疑者の絞り込みは出来ていないですよ。なんせ、死体がどこにもないんですから」

「そうでした。一体どこに隠したんでしょう。庄司の奴、刑事さんたちが外に出た後、烈火のごとく怒ってあちこち捜索したんです。それなのに、何も見つからなかったんです」

「ああ」

 あの荷物までの捜索の理由は、岩瀬の潔白を証明したいからだったのか。意外なほど単純な理由だったなと、雅人は庄司の人間らしさを見つけた気分になる。

 つまりは本格的な家探しをし、さらにその怒り狂っているところを他人に見られたくないから、お手伝い三人を部屋から出るなと命じたというところか。外の捜索に雅人たちが出たのも、庄司にすれば渡りに船だったのだろう。

「ええ。ですから、捜索のし残しはないと思うんです。とはいえ、さすがに床下や天井裏までは見ていませんよ。窓から刑事さんたちが車を点検しているのは見えていて、そこまでやる時間はないなと思ったみたいですから」

「ふうむ」

 なるほど、解ってしまえば単純な話だった。無理に警察への連絡を拒んだのも、岩瀬の完全な潔白が保証されていなかったからか。

 何ともややこしい動きをしてくれたものだ。尤も、それが好きな相手を守りたかったからとなると、文句が言い難い。

「すみません。あいつはこうだと決めたらなかなか、あっ」

 そこまで言ったところで、席を外していた庄司が戻ってきた。岩瀬はご内密にと言い添えて、すぐに庄司の傍にいく。きっと、自分がいないと暴走すると思っているのだろう。

 しかし、それがますます庄司の恋心を強くすることになるはずだが、岩瀬はその点に関してどう考えているのだろう。独身ながらもそのくらいは解る雅人は、思わず苦笑してしまう。

「刑事さん」

 だが、その庄司はつかつかと雅人のところへとやって来て、慌てて笑みを引っ込める。まさかひそひそと喋っていたことに対する文句かと身構えたが

「弱りましたよ。風呂が使えないんです」

 と、全く予想に反することを言ってくれた。それに、どうしてですかと問い返すことしか出来ない。

「解りません。トイレは洗面台の水道は普通に使えるんですけど、風呂だけなぜか配管がおかしくなってしまったみたいです。あそこだけ外付けのボイラーだからかなあ」

「おや」

 それはちょっと調べる必要がありそうだな。

 雅人は反射的にそう思うと、風呂場に行ってみようと立ち上がっていた。そして一人では難しいだろうと判断し、楓に声を掛けようと向かいの部屋へと向かった。

「あっ、やだ、氷室さんったら」

「そうですよ。せこいですよ」

「せこいって。それは仕方ありませんよ。私はマジシャンですからね」

「もう」

 部屋のドアをノックしようとすると、そんな呑気な声が聞こえてきた。

 一体、青龍相手に何をやっているんだ。というより、あれほど警戒していた相手とこうも馴染んでいるとはどういうことか。

「おいっ」

 思わず声を鋭くしてドアをノックすると

「ああ、ごめんなさい。声が大きかったですか」

 謝りながら桑野がドアを開けたので面食らってしまう。

 いや、そういうつもりでは、と雅人がたじろいてしまった。

「おや、刑事さん」

「金井さん、どうしたんですか」

 そして他の二人も手にトランプを持って出てきた。よく見ると桑野の左手にもトランプがある。

「あっ、金井さんもババ抜きに加わりたいんですか」

 楓がそんな呑気なことを言ってきたので、さっきまでこの部屋で行われていたことが明らかになった。

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