第35話 状況を整理

 ちらっと青龍を見ると、航介と何か話し合っている。野々村と神田が同室になったことに関して、何か言い合っているのだろうか。あいつらからすれば、犯罪が起こったら起こったで別にいいと考えている。

 だから、部屋割りに満足しているのかもしれない。そう考えると、雅人は面倒なことになったなと思う。ただし、全員が二階の同じ本館にいるというのに犯行は不可能なはずだ。そう思って納得するしかないのだった。




 案の定、部屋の中で雅人は非常に居心地が悪い状態だった。

 庄司は岩瀬とずっと何かを話し込んでおり、もちろん、ちらっと耳に入る限りでは仕事の話だが、もっと声を落とした時には口説いているのだろう、ひそひそと話し合っている。

 だが、雅人とすればこの時間に状況を整理出来ていい。一人部屋の隅にあった安楽椅子に座ると、仕事で使っている手帳を広げた。そこにざっと今日の部屋割りを書き込み、ついでにこの別荘の状態をざっと記しておく。

 現在使っている二階は四部屋。うち一つ、今日はお手伝いの三人と航介が使った部屋が狭く、他の三つは同じような大きさだ。この部屋と青龍たちが使う部屋はベランダがあり、そのベランダは繋がっているので、晴れていればそのベランダから行き来が可能だ。

 そんなベランダとは反対側に浴室や洗面台、トイレといった水回りがある。その横というべきか、廊下を進んだ角が渡り廊下だ。そこから二階に繋がりユニットバスがあって、その先に現場となった部屋と、お手伝い三人の使っていた部屋が並んでいる。

「ううむ」

 こうして改めて考えてみると、杉山の部屋は事件を起こすのにお誂え向きな感じがしてしまう。

 横のお手伝い三人は仕事で空けている時間が長いし、疲れているからすぐに眠ってしまう。物音をさほど気にすることなく犯行が可能だったのではないか。それに、ほぼ絶えず厨房から何らかの料理の匂いが流れ込んでくる。血の臭いだって気にする必要はない。

 ただし、犯行は容易だが、やはり死体を持ち去るのは大変だ。あの出血量から考えると、どこかを切断した可能性はある。しかし、人間の身体をバラバラにするというのは意外と大変な作業であり、短時間で済ませるのは無理だ。それは青龍も指摘しているとおり。人間を一人消すというのは、非常に大変な作業を伴う。

 さらに、車のタイヤの件もある。時間が非常に限られている中、それも夜中に雨が降っていなかったとはいえ、さらには犯行前にやっていたとしても、誰にも見咎められずにするのは難しそうだ。それこそ、マジックショーの最中ならば可能だったかもしれないが、当然のように途中退席した人はいない。

「全員いたよな。そもそも、食事が終わってすぐだったし」

 誰もがトイレに立った時間があるとはいえ、それほど長く席を外した人はいないはずだ。つまり、ここで予めパンクさせておくというのは無理である。

 あの青龍だったら可能かもしれないが、ステージ前にそんな工作をする意味がない。というより、奴のプロとしての意地が、ステージ前に他のことをするなんて許さないはずだ。

「信用したわけではないが、今回の件に奴が関わっているとは思えないのも確かだからな」

 ここで一階の状況を確認しようと、雅人はページを捲って次のところに一階のざっとした図を描いた。

 一階は玄関のある側に昨日マジックショーが披露された応接室と廊下を挟んで食堂がある。その応接室は雅人がいる部屋の真下だ。応接室に隣接しているのが、寛ぐために使われている居間。さらにその奥が庄司の使っていた個人的な部屋となる。

 食堂の奥は配膳室と呼ばれる場所になっていて、梶田やお手伝いたちが出来上がった料理を厨房から運び込む場所だ。この配膳室から別館へと抜けるための出入り口がある。

 そこは専ら梶田が使っているため、常に人目があるようなものだ。こっそりとそこから別館に入り込もうと思ったら、完全に梶田が寝ている時間しか無理だろう。

「となると、犯人は二階にいた誰か、か」

 しかし、犯行は誰にでも可能だったとはいえ、あの不可能状況を説明できないことには意味がない。そう、死体をどこに隠したのかという問題だ。

 足跡が残っていないことから、確実にこの別荘の中にあるはずだ。しかし、犯人はおろかどこからも杉山は出てきていない。

「外に運んでいないのは確かだが」

 車のタイヤが総てパンクしていることから、外に捨てに行くことは不可能だ。そうすることが最も犯行を隠しやすいというのに、犯人はあえてこの可能性を潰している。どうにも不自然なことだ。

「ううむ」

 なぜ、パンクさせたのだろう。ひょっとしてパンクさせた奴は別なのか。いや、犯行前に済ませておくのが一番だと思ったのか。どうにも不可解だ。

「刑事さん、何か解りそうですか」

「えっ、いえ」

 考え込んでいたら、いつの間にか岩瀬が横にやって来て手帳を覗いていた。

 青龍を見慣れているせいで気づかなかったが、こうして間近に見ると綺麗な顔をしているのが解る。それも、殺された杉山より。

 そりゃあ、庄司も夢中になるだろう。そう思わせるものがあった。

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