第41話 相思相愛だな

「庄司さんは精神的に岩瀬さんに依存しているってところでしょうか」

「だろうな。まあ、そうなると、岩瀬からすると重いと感じるのかもしれん」

「ああ、かもしれないですね」

 そんな会話をしていたら、問題の岩瀬がやって来た。

 ぺこりと頭を下げて二人の前に腰掛ける。こちらもほぼ確認だけだからすぐだ。それに事件のあった時間、雅人と一緒にいたというのもある。

「岩瀬さんに確認したいのは、野々村さんとここにいる人たちの人物関係です。それと、社長のことについて」

「は、はい」

 岩瀬は非常に緊張した顔をしていたが、今までの頼りない印象とは違ってはきはきと答えた。内容はほぼ航介が語ったのと同じだったが、一つだけ違う点があった。

「野々村君に関しては社長がどうしても言って引き抜いただけに、僅かながらも不和を生んだというのは、こちらとしても心苦しいものがありました」

「しかし、野々村本人は気にしていなかったんでしょう」

「ええ。それでも、今回の氷室さんをお呼びしたのは、私のこともありましたが、野々村君への日頃の感謝もありましたね」

「なるほど」

 となると、犯人にはその待遇さえイライラする原因となっただろう。

 野々村には気を遣うのに自分にはないのか。こっちはその野々村のせいで仕事が思うように出来ないのに。そう考えているのかもしれない。しかし、どうにも曖昧だ。少し突っ込んで確認した方がいいだろう。

「その、業務に関わることで答え難いかもしれませんが、野々村さんの仕事と他の方の仕事は違うものだったんですか」

「いえ。そういうわけでは。人工知能というと大きな一つのコンピュータを想像されるかもしれませんが、実際はそうではないんです。それぞれに合わせて作る必要があり、それぞれプログラミングが異なります。ですので、そのプログラミング組む技術者によって、得意不得意が出てくるんです。

 例えば野々村ですと、一見関連のなさそうなデータから関連性を見出すようなプログラミングが得意です。一方、桑野は画像解析と呼ばれる技術を持っていて、こちらは写真から色々と読み解くと言えばいいでしょうか。この二人だけでも全く別の人工知能が組み上がります」

「ほう」

 素人へ説明する機会が多いのだろう。岩瀬の話は解りやすい。

 確かに人工知能というと、何だか厳ついイメージがあり、さらには何でも出来るように思ってしまう。しかし、実際はそうではないのだ。データごとにプログラミングが異なり、他のことは出来ない。その極端な例があの二人ということか。

「ええ。わが社はそれまで顧客から提供されたデータ、いわゆるビッグデータの解析をメインでやっていました。しかし、それだけでは分析できるものに限界がある。そこであの二人を引き抜いたんですよ。

 ただ、神田のように前からいる社員はそのビッグデータ解析こそ会社の根幹だという意識がありますから、どうしても新規の分野を担う二人と反りが合わない点も出てきます」

「そうなんですか」

 素人考えだと、新たなものが出来て嬉しい。住み分けをすればいいではないかと感じるのだが、違うということか。

「ええ。ビッグデータ解析はもちろん人工知能を使うんですが、実は、多くはマンパワーで行われているんですよ。いわゆる解析学という技術を使って読み解くんです。だから、前段階では人間の力を大きく必要とします。

 ところが、野々村や桑野の技術は一切マンパワーを必要としない。総てが人工知能で解析出来てしまうんですよ。だから、対立が生まれるんだと思います」

「へえ」

 そういう差があるのか。まったくの素人である雅人にしても楓にしても、今の話はびっくりしてしまう。そもそも、人工知能にマンパワーが必要というのがイメージできない部分である。

「そうでしょうね。まあ、皆さんがイメージするほど人工知能に出来ることは多くないというわけです。一昔前よりは随分と使えるものになりましたけどね。正しいデータや、どうやって学習させるか、そういうのは人間次第なんですよ」

「なるほど」

 そういう事情が、この会社では対立関係として出てしまっているというわけか。まったく、人工知能ですら得意なことしか出来ないのならば、人間だってその点を割り切ればいいはずなのに。そうはいかないということか。

「感情の問題ですからね。他にもまあ、細々とした要因があるでしょうけど」

「ふむ。では、岩瀬さんの目から見ても、今の会社は上手くいっていないと」

「感じていましたね。だからこそ、俺も距離を置こうと思ったんです。今までのような手法が通用しなくなっている。それを感じていましたから」

「ああ。冷静になれと」

「ええ。結果は裏目に出てしましましたが。俺も引っ込みが付かなくなっていただけなので、このパーティー後には、庄司とやり直そうと考えていましたよ」

「なるほどね」

 だからずっと話し合いに応じていたわけか。そして、庄司を気遣うようにずっと寄り添っていたと。

 なんだかんだで相思相愛なわけだ。だが、そうまでしても、今回の事態は止められなかったというわけか。

「その、先ほど庄司さんが、社長になれたのはあなたのおかげというようなことを言っていたんですけど」

 この部分はどうなのか。話の流れとしてもおかしくないので雅人は確認した。すると、岩瀬の顔が途端に暗くなる。

「あの」

「俺が後押ししたんですよ。ビッグデータや人工知能が今後社会で大きな位置を占めることは解っていました。しかし、スピードが問題だと思ったんです。早めに作って着手すれば、それなりに成果を出せるはずだと、そう思って」

「ははあ」

「実際、その当時は頼れる社がわが社しかなかったこともあって、随分とスタートダッシュをつけることが出来ましたよ。通っていた大学にも起業支援があったのがよかったんでしょうね」

「へえ」

 なるほど、昔から二人三脚でやってきたわけか。

 そうなると、庄司とすれば、いきなり岩瀬から距離を置かれたら戸惑うことだろう。あれこれ悩んだはずだが、結果は何とか岩瀬の気を惹くことしか考えられなかった。

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