第3話 挑戦状のトランプ
今ではそのトランプは、警察を挑発し、裏社会で自分の名を売るためにわざと残して行ったのではないかと言われている。実際、その事件を皮切りに不可解な事件が増えた。
犯人は逮捕されていたというのに、青龍を頼る人間が増えたのは不思議なことだが、それだけ、恨みを持ちながらも晴らす手段のない人間が溢れているということか。
とにもかくにも、青龍の名前が警察で取り沙汰された頃から、不可解なトリックを用いた事件が急増した。
雅人からすれば思い出すだけでも苦々しいのだが、世間を震撼させたD県で起こった連続密室殺人事件や、P県でのかまいたち殺人事件と呼ばれる、一見するとトリックが解らない首切り事件。これらも青龍が関わっている。
さらには細々としたところでは、なかなか凶器が特定できなかった代議士が殺された事件。一体誰がどうやったのか解らない、高層マンションの一室での殺人。不可解なバラバラ死体とバリエーションは数多くある。
しかし、素人がマジックを真似てみてもそう上手く出来ないように、青龍の描いた犯罪計画を綺麗にやり遂げられる人間は少ない。だが中には、警察としては苦々しいことだが、犯人が特定されずに終わった事件も存在する。そうなると、ますます青龍を頼る馬鹿が現れる。まさに悪循環だった。
だが、そこまで解っているならば逮捕すればいいではないか。
そう反論されるかもしれないが、困ったことに決め手がなかった。世の中、推理小説じゃあるまいし、わざわざ殺人事件にトリックを弄する輩なんていない。
それでもトリックを使うならば、知恵を授けた奴がいるはずだ。その知恵を授けた奴こと青龍だと、そこまでは推理できるのだが、証拠がない。物証がなければ逮捕状は請求できないし、うまく逮捕状が取れたとしても公判を維持できない。
初めに出てきたトランプだって、結局はトランプでしかなかったわけだ。それも当時は国内では無名のマジシャンからもらったという代物でしかなく、被疑者はたまたまバーで出会って話が盛り上がり記念に貰ったと証言しているのみだ。
さらに他の加害者たちは知恵を授けてもらったという恩義があるせいか、絶対に青龍が関わったことを証言しない。それどころか、そいつは誰だとすっ呆ける始末だ。トリックは総て自分で考えた。殺したいが捕まりたくなかったから必死だったのだと口を揃えて証言する。
結果、何とかして証拠を掴む必要に迫られた。どうにか彼が犯罪に加担していることを証明しなければ、裁判所を納得させることが出来ない。それが、青龍を追う刑事たちの悩みなのだ。
そんな中、巡って来たチャンスが、青龍に約束させた来週末のことである。とあるユニコーン企業と呼ばれるものに分類される企業の、その社長の個人的なパーティー。そこに不穏な気配ありと、警察は察知していた。
もはややっていることが興信所と変わらないと言われようと、警察としては意地でも青龍を捕まえなければならないのだ。どういう筋からの情報かなんて、この際目を瞑るしかない。ともかく、そのパーティーになんとか潜り込めないか。そうなっての、あの場面なのだが――
「余裕綽々なのが気に食わねえ」
「それですよね。絶対、何か企んでいますよね。ひょっとして私たちごと始末するつもりとか」
「さすがにそれはねえだろ」
ホテルのパーティーから一週間後。
無事に青龍経由でパーティーの招待状を手に入れた二人は、あっさりと潜り込めることになったことに、一抹の、いや、多大な不安を抱いていた。
雅人の愛車である軽自動車を走らせて目的の別荘に向かいつつ、ついそんな会話を交わしてしまった。空は快晴で五月晴れ。しかし、二人が交わす会話と気分はそんな爽やかさとは真逆のものだ。
しかもパーティーは二泊三日。青龍の舞台は一日目だけだというから、気分はよりどんよりとする。知らない人たちをどう誤魔化して捜査し、犯罪を未然に防ぐのか。頭の痛い問題である。
「解らないですよ。あのすかした態度、絶対に悪巧みしているに決まっています。刑事二人を殺しても誤魔化せる方法でも思いついたんじゃないですか」
「それはそれで凄い偏見だな。あいつはどこでもあの態度だよ」
「より、腹が立ちますね」
「まあね」
それは同意する。
雅人だって取調室で余裕に笑みを浮かべる青龍の態度に、何度キレそうになったことか。しかし、任意同行の相手を恫喝したとあっては、何を言われるか解ったものではない。
昨今、取調室の可視化が叫ばれているのだ。下手な行動は絶対に出来ない。そして、青龍はそれを解っていて挑発的な態度を取っているのだ。
なんとも、そして何度も言うがムカつく。常に気障な態度を貫くところも神経を逆撫でされる。
「氷室の存在が確実に先輩の寿命を縮めてますよね」
「ぐっ」
知らず歯ぎしりをしていた雅人に、楓が有り難くない一言をくれる。確かに、奴のことを考えるとストレス値が一気に上昇。血圧だって上昇する。明らかに健康に良くないのは解っている。が、追うのが仕事だ。
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