第2話 嫌な奴にお願い

「裏の顔を知らねえから、もてはやしていられるんだ」

 そんな苦々しい思いが込み上げてくるが、今はぐっと堪えるしかない。なんせ、その苦々しい相手と対面し、さらにはお願いまでしなければならないのだ。腹立たしいことこの上ないが、今は表層に出すわけにはいかない。

「大丈夫ですか、先輩。煮え湯を飲まされたような顔をしてますけど」

「的確な表現してんじゃねえよ」

 笑いを堪えながら言う楓の頭を軽く叩き、その手でそのまま控室のドアをノックした。

 中からどうぞと、その容姿に違わない低い落ち着いた響きを持った声が答えてくる。

「失礼します」

「来ると思っていましたよ、金井刑事」

 ドアを開けるなり青龍に握手を求められ、雅人は面食らってしまった。それは横にいた楓も同じようで、呆けた顔をしている。

「おや。部下が可愛らしいお嬢さんに代わったんですね」

「あ、ああ。前までいた岩倉は、異動になったんでな」

「公務員ですからね。それは仕方がない。それよりお二人とも、どうぞ」

 無理やり握手を済ませた青龍は、にこやかに二人を招き入れてドアを閉めた。

 部屋の中は楽屋らしく、先ほどまで着ていた衣装やステージで使った小物、さらにはメイク道具などで散らかっていた。そして青龍はすでに燕尾服ではなく、カジュアルなシャツに細身のパンツ姿になっていた。

「すみませんね。今、片付けを始めたばかりで」

「い、いや、その」

 何度も、何度も対峙しているはずなのに、こんなにこやかに対応されても困る。

それが雅人の本音だ。

 非常にやり難い。しかも、こちらが動揺することを解っていてやっているのだ。そう気づいているものの、やはりペースが掴めずに戸惑う。

「それで、用件は」

 そんな雅人の困惑を堪能した青龍は、にこやかな笑みを変えることなく椅子に座って話を聞く姿勢となった。それでようやく、雅人も居ずまいを正す。

「用件は一つです」

「まさか、また警察署に来いとでも」

「違います」

「ほう」

 青龍のからかいを跳ね除け、雅人はじっと青龍の目を見つめる。

 しかし、マジシャンとして相手を欺くことを本業とする青龍だ。淡い笑みを口元に刷いた見事なポーカーフェイスを、刑事が一睨みしたくらいでは変化させない。それどころか、雅人がぐっと睨むのに合わせ、ますます艶然と笑って見せる。

「お願いがあって参りました」

 ここで目力を比べ合っていても埒が明かない。先に折れたのは雅人だ。しかも、ここでへそを曲げられてはこの先が困る。

「お願い、ねえ。それは多分、来週末のことかな」

「え、ええ」

 お願いだけであっさり見抜かれると困るのだが、雅人たちからすればこれほど会話を進めやすいことはない。

 来週末、そこで青龍は個人的なパーティーでマジックを披露することになる。そういう場所は裏の仕事をしやすいはずだ。すなわち、青龍が裏の顔を表す瞬間。そこをどうしても捉えたいのだ。

「いいですよ。丁度そのパーティーの依頼は友人を経由して持ち込まれたものです。君たちも招待するように先方に頼んでおきましょう」

「そ、それは、あなたの計画に抜かりはなく、私たちに見抜けるはずはないという自信からですか」

「お、おい」

 圧倒されている雅人を押し退けてそんなことを楓が言い出すので度肝を抜かれる。が、青龍は面白そうに笑うだけで、腹を立てた様子はなかった。

「面白いお嬢さんですね」

「なっ」

「まあ、どうとでも解釈してください。私には何の不利益もありませんから。それに観客は一人でも多い方がいい。それでは来週、森林の中の静かな別荘にてお待ちしておりますよ」

 二人を圧倒し続けた青龍は、そう言って微笑むのだった。




 なぜ世界的にも有名なマジシャンである氷室青龍が、警察に目を付けられることになったのか。

 その発端は二年前にある。今でこそ有名であるが、その当時はまだ、海外では認められていたものの、国内では名を知られていなかったから油断したのだろう。加害者の部屋から、氷室青龍と繋がりを示す品が発見されたのだ。

 もしもそれがなかったら、今でも青龍は陰で犯罪を操っていただけで、警察に目を付けられることはなかったかもしれない。しかし、そのあるものが氷室青龍こそ一見不可能犯罪に見える事件を仕立てた計画者であると示していた。

「あれで吐くと思ったんだがな」

 今でも思い出す度に雅人は苦々しく呟いてしまう。物証が出たのはたった一度なのだ。その後も、青龍は警察に目を付けられているというのに犯罪に手を貸し続けている。さらには同時に国内外に有名なマジシャンにまで成り上がっていた。


 では、一体何が決め手になったのか。


 それは加害者の部屋に不自然にあったトランプだった。雅人はこの時初めて知ったのだが、マジック用のトランプの中には予め仕掛けが施されたものがあるのだという。その仕掛けは様々なタイプがあるそうだが、その時に見つかったのは、柄の中に見分けやすいパターンが仕込んであるあるというものだった。

 そんな柄に仕掛けのあるトランプが一組見つかったのだ。当然、被疑者はマジックを嗜む人間ではなく、本人の持ち物ではないことは明らかだった。その点を追及すると、被疑者は青龍からもらったことのみを自供した。

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