第39話 アリバイは?
「つまり、相当手の込んだトリックを用いているのは間違いないんだな」
「ええ。ただし、先ほども言ったようにエレガントではない。たぶん、理論上は正しいものの、実際に出来るかどうか不安だったんでしょうね。それが事件が二つになった原因でしょう。ついでに謎の状況があちこちで発生している原因でもある」
「じゃあ、最初から狙いはこの野々村だったと」
「でしょうね」
青龍は頷き、ふうむと綺麗な顎を撫でる。
そこまではすんなりと理解できたが。まるでそう言っているような仕草だ。
「どうした?」
「問題は色々とありますよ。まず、容疑者は誰か」
「それは、神田じゃないのか」
「候補としてはそうです。しかし、今回のタイミングだと、確実に疑われますよね。それなのに実行したというのが疑問点です。タイムリミットがあるとはいえ、どうしてこの時間に実行したのでしょうか」
「ああ、そうか」
現在、神田は野々村と梶田と同室なのだ。そして梶田がこっそりと一階へと下りた後に犯行をするのは簡単だが、果たしてどうしてこのタイミングなのか。
これだけのトリックを用いておいて、アリバイが完璧な時間に実行しなかった理由が解らない。
「ええ。となると、疑えるのは桑野さんでしょうか。しかし、彼女が席を外したのは竹村さんと一緒にトイレに行かれた時だけですね」
「はい。一人で行くのは怖いからって、一緒に行きました。彼女がトイレを先に済ませて、私が使用している間は洗面台にいましたよ」
「なるほど」
「おいっ。そもそも、そんな短時間に犯行を行うことは可能なのか」
今にも神田を捕まえに行きそうな雅人に、まあまあと青龍は窘める。先ほど、その短絡的なところを指摘されたばかりだというのにこれだ。
刑事としては中途半端な状態にするより、怪しい人から話を聞くのが確実なやり方なのだろう。しかし、この限られた空間ではその方法は拙い結果しか生まない。
「詰問するのは得策ではありませんよ。神田が有力である以上はなおのこと、踏み込み方を間違えるのは危険です。これ以上、事件をややこしくしたいんですか」
「うっ」
青龍の指摘に、雅人は言わんとしていることは理解できた。つまり、互いに疑心暗鬼となって余計な事件を増やす結果になるかもしれない、というわけだ。下手すれば神田が血祭りに上げられる。
「一先ず神田さんから離れてみましょう。他の人はどうでしょうねえ。金井さんの部屋のお二人の様子はどうでした」
「どうって。ずっとひそひそと喋っていた以外は、庄司が風呂に行ったぐらいだな。と言っても、奴は風呂の調子が悪いことを知らせたわけで」
「ええ。容疑者から外して問題ないでしょう。そもそも、ここは彼の別荘ですからね。わざわざこれだけ多くの来客がある時に、こんな不可解な死体を作る必要はないんです。誰もいない時に用事があると呼び出し、普通に殺す方が早いですよ」
「だよな」
それは解り切っていることだ。それに、庄司の眼中には岩瀬しかない。その岩瀬が絡むせいで行動がちぐはぐになっているものの、他は問題ないのだ。
「そう言えば、お前のことも、当て馬として呼んだらしいぞ」
「ああ、でしょうねえ。それは最初にお会いした時に気づきました」
「そうなのか」
てっきり知らないだろうと思っていた雅人は、驚く顔が見られるかと思ったのに当てが外れた。
そう言えば、航介が人物関係をバラした時もあまり驚いていなかったか。最初から二人の関係に気づいていたか、知っていたということだ。
「このパーティーは庄司さんの誕生日に合わせて開かれているわけですから、彼の意向がたっぷり詰まっているわけですよ。そして、主目的は誕生日を祝ってもらうことではなく、岩瀬さんとよりを戻すことだった。というだけです。まあ、元の関係に戻れるのが何よりの誕生日プレゼントでしょうからね。だからマジックショーは誕生日当日ではなく前日に行われたんです」
「そうか」
なるほど、そう考えればすっきりするのか、と雅人は溜め息を吐く。しかし、恋人とよりを戻すためだけに、世界的に活躍しているマジシャンを呼びつけるか。金持ちの発想は解らないなと呆れてしまう。
「まあ、理由がどういうものであれ、こちらとしては、お金さえ払っていただければどこでもやりますよ」
「ふん。それはマジックだけにしてもらいたいもんだがな。そもそも、お前のマジックのギャラは幾らなんだ?」
「具体的には教えられませんけど、そうですね。金井さんの一か月分の給料くらいは軽く掛かります」
「うげっ」
言われて雅人はカエルが押し潰されたような声を上げた。それをさらっと払うのか。たった二時間ほどのショーのために。
やはり金持ちの発想は解らないな。
雅人はそう納得するしかなかった。
「まあまあ。マジックというのは娯楽ですよ。その時間をどう捉えるかによって、対価を払う払わないが変わるだけです。ですから俺は、呼ばれれば基本的にどこにでも行きますよ。
今回は宿泊費なんかも庄司さんが持ってくれますから、とても美味しい話でしたしね。それに同じ大学の先輩であり及川の知り合いだというのも、引き受けた理由になります。あとはスケジュールとして可能か、それが俺の考慮すべき点です」
「ふうん。なるほどねえ」
何だか初めてマジシャンとしての青龍の実態を知った気がする。いつもはどこかで噛んでいないかという目でしか見ていないから、そういう職業としてのマジシャンを意識したことがなかった。
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