最終話 次の計画は?

 神田が屋根裏に設置していた妨害電波を出すという小型の装置を撤去すると、あっさり携帯電話は復旧した。

 普段はなんとも脆弱な連絡手段に頼っているものだ。そう感じさせられる。だが、現代において携帯電話やスマホ以外の手段を用いることは、今後もっと少なくなるだろう。

 さて、そんな考察はどうでもよく、雅人が呼んだ警察によって、別荘の中は大騒ぎとなった。とはいえ、すでに犯人は逮捕され、事件の真相は明るみになっている。後は証拠を押さえるだけだ。だから捜査そのものは簡単に終わった。野々村の死体が溶けて若干大変だった部分もあるが、それでも、一からトリックを考えなければならないという手間が省けていたから早いものだった。

 問題の杉山の死体だが、大部分は青龍の推理通りに冷蔵庫のタッパーから発見された。そして最も隠し難い頭部は、これも青龍が想像したとおり、書斎に置かれた杉山のバッグから発見されている。

 こうしてあっさり事件は解決したわけだが、雅人は非常にもやもやとしてしまう。

 そもそも、どうしてこんなにも青龍が協力的だったのか。

 終始逃げることなく協力した青龍に対し、雅人はイライラを募らせてしまう事件だった。



 数日後。

「くそっ、今度こそお前の尻尾を掴んでやると思ったのに」

「ご愁傷様です」

 トリックを見破った青龍から詳しい調書を取ることになった雅人は、思わず本人を目の前に悔しさを滲ませてしまった。

 今日もまた協力的な態度を崩さす、あっさりと警察署に現れた青龍が憎い。

 それに対し、青龍は余裕綽々に微笑むだけだ。光を受けて青く光る髪を掻き上げ、まだ悔しそうに睨む雅人に向けてにっこりと笑ってくる。

「貴様は一体何者なんだ?」

「ただのマジシャンですよ」

「犯罪に関わってないと言い切れるのか」

「さあ」

 青龍は何度そう問われても惚けてみせる。しかも最初の事件でトランプが残されていたことから、警察が疑惑を抱き続けると解っていてやっているのだ。

「ちっ」

 確たる証拠もなく犯罪者と糾弾できない。それは楓にも注意したことだ。雅人はただただボールペンをきつく握り締めるより他はない。

「それで、神田さんの様子はどうですか」

「ふん。お前が直々にトリックの総てを明らかにしたからか、随分と素直だよ。最初の事件に関してだが、不可解であればよかったというだけで、被害者は杉山でなくてもよかったなんてことまで言ってやがるぜ。

 どうやらあそこに着くまでは、桑野を狙っていたようだな。と同時に、お前の噂なんて利用するんじゃなかったと後悔もしている。まったく、あのお調子者は困った奴だよ」

「でしょうね」

 くすくすと、本当に愉快そうに笑うものだから、雅人も睨んでいられなくなってしまった。実際、二泊三日という短い間だったが、一緒にいたせいで印象が随分と変化している。今までのようにただ気障で嫌な奴とは思えなくなっている。

「つくづく、犯罪に手を貸しているようには見えねえな」

「ふふっ。意外にもそれが真実かもしれませんよ」

「ふん」

 それを認めることは、雅人にはどうしても出来なかった。ただ、もう一人、怪しい奴は現れたが、それだって青龍と手を組んでいると考えることしか出来ない。

「あの及川って奴も気に食わん」

「そうですか。実は今日これから会うんですけどね」

「余計な仕事を増やすんじゃねえぞ」

「さあ。それはどうでしょう」

 どこまでものらりくらりと躱して、青龍は警察署を出て行った。そして雅人に言った通り、その足でそのまま航介と待ち合わせをしたレストランへと向かった。

 詫びも兼ねてランチを奢ってやるとのことだったが、どうせ新たな犯罪計画を思いついただけだろう。その打ち合わせだ。

「よう。どうだった?」

 昼下がりのイタリアンレストランにて、すでに待ち構えていた航介は余裕たっぷりにワインを傾けていた。事件を受けて庄司の会社がバタバタしていて大変だというのに、外部のアドバイザーであるこの男には暇があるらしい。

「少しは君を疑ったみたいだけど、まだまだ俺がやったと疑っているね」

「ふうん」

 席に着くなり訊くのはそれかと青龍は苦笑したが、こういう関係なのだから仕方ないだろう。店員に遅めのランチとなるパスタを頼み、それで今日の呼び出しの目的を訊ねる。

 もちろん、それが次の犯罪に繋がると知っていて、楽しみながら訊いてしまう。

「今回は多くの場面でイレギュラーだったからな。今度はもっとエレガントなものをあの刑事さんに提供したいね」

「ほう」

「誰かさんに、俺はピンを零してタイヤをパンクさせた間抜けに仕立てられたことだし。そういうミスがないようにしたい」

「おいおい」

 まさかあれを根に持つのかと、青龍は運ばれてきたパスタを受け取ってくるくるとフォークに巻きながら苦笑してしまう。

「大体、あれ、ただの厚紙だろ」

「ご明察」

 青龍はパスタを一口食べてから、ポケットからあの円錐形のピンを取り出した。そしてそれを指で軽く潰してしまう。

 そう、これはパンクの件を誤魔化すために、青龍が咄嗟に用意したものだ。後はまるで強力なピンであるかのようにテーブルに押し当て、綺麗に潰してやればいい。音は靴で誤魔化した。

「さすがはステージ慣れしたマジシャンだ。そんな簡単なもので全員を騙せるんだからな。俺も精進しないと」

「おいおい。手加減してくれよ。君の考えるトリックは、本当に解くのに骨が折れるんだからな」

「今度はもっと凝った演出を考えているんだ。また、粗探しを頼むよ」

「まったく。発想はあの金井さんと同じだよな」

 そう言うと、青龍はもう素の部分を隠してしまって、ミステリアスなマジシャンの雰囲気に戻る。それに航介は満足そうに頷いた。

「それは仕方ない。総てに置いてお前ほど適任な奴はいないからな。お前の頭脳を頼りにしているよ」

「そう言われるのは、気分がいいですね」

 にやりと笑うと、計画を話してくれと促す。

 当分は航介と縁を切ることはないな。

 そう考えると、先ほどの雅人の悔しそうな顔が思い出されて、より一層笑ってしまうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

天才マジシャンによる完全犯罪講義 渋川宙 @sora-sibukawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ