第7話 合流

「玄関も立派ですね」

「そうだな」

 ようやく辿り着いた玄関は、三段ある階段を上った先のポーチを抜けたところにあった。それだけでもこの洋館の凝った造りを感じてしまう。

 だが、それに不釣り合いな現代的なインターフォンが横に取り付けられているのが笑える。それを押すと、すぐにドアが開いた。

「はい」

 体格のいい、白いシャツを着た男性が出てきた。彼が庄司ではないことは、写真で確認しているので解る。となると、誰だろう。

「ああ、及川さんが呼んだ二人ですね。どうぞ。俺はここのパーティーの料理担当の梶田ってもんです。よろしく」

 ははっと、梶田は豪快に笑った。その様子に面食らった雅人だったが

「梶田って、あのフレンチで有名な梶田達也かじたたつやシェフですか」

 と意外にも楓が嬉しそうな笑顔で反応した。

 女子らしさなんて警察手帳と引き換えに捨ててきたような奴と思っていた雅人は、その反応にびっくりしてしまう。

 しかもシェフまで有名人を呼んでいたのか。それにも驚きだ。

「この人、ゆ、有名なのか」

「有名も何も、テレビでよく紹介されているじゃないですか。とっても綺麗な料理を作る人なんですよ。まさか金井さん、見たことないんですか。あのミシュランにも載っている、有名なお店をなさっているシェフですよ」

 最大限頑張って褒め称える楓に、梶田も悪い気はしないのか、まあ載ってますねと苦笑している。

「さ、中へ。他の人はもう着いてますよ」

「ありがとうございます」

「靴のままで大丈夫ですからね」

「はい」

 洋館であることをそこまで拘るかと驚きつつ、二人はおずおずと土足のまま中に入った。前を歩く梶田も土足だというのに、やはり違和感が拭えないせいだろう。どうしてもそろそろと移動してしまう。

「こっちへどうぞ」

「ああ。残り二人か」

 梶田がドアを開けると同時にひょこっと顔を出したのは、今度こそ庄司史門だった。優男な印象のある庄司は、横に梶田が並んでいると非常に対照的で面白い構図になっていた。

 そんな庄司を見て思うのは、モテるだろうなということくらいか。すらっとした体形に優しい顔立ち、青龍とは違うタイプだが女性に受ける顔立ちをしている。

「初めまして。今回は無理を聞いてくださり、ありがとうございます」

 そんな分析は微塵も出さず、雅人はにこやかに握手を求めた。庄司はにっこりと白い歯を覗かせてそれに応じた。

「いえいえ。お安い御用ですよ。氷室青龍は大人気ですからね。それにあの及川の友人ならば大歓迎です」

「すみません。個人的なパーティーにお邪魔するのはどうかと思ったんですけど、あの氷室青龍の大ファンでして、つい及川さんに頼んでしまいました」

 本当は大嫌いだし逮捕したいけどな。

 という本心を笑顔で隠し、雅人はそう言って頭を下げる。

 楓もマジックだけならば素直に凄いと思っているので神妙な顔で頷いた。

「ええ、ええ。大丈夫、ちゃんと説明を受けていますよ。こんな間近で見られるとなるとファン冥利に尽きるでしょうね。うちにもファンの奴がいてね。それはぜひ呼んであげるべきですよとはしゃいでいましたよ。後で紹介しますね」

「はあ。ありがとうございます」

 まさか思いもよらぬ援護射撃を受けていたのかと、雅人は苦笑してしまう。そして今から、どうやって話を合わせようかなと悩んでしまった。

 とりあえず、青龍の舞台は一通り見ているから大丈夫か。知識としてはそこらのファンに引けを取らないだろう。

「ささっ、こちらへどうぞ。今頃みんなその氷室さんを囲んで談笑してますよ。主役の私なんてほったらかしで夢中なんですから」

 そう苦笑して、庄司は二人を伴って居間へと向かう。すでに廊下に笑い声が響いていて、何やら盛り上がっているのが解った。青龍のことだから、トランプを使って軽くマジックを披露しているのかもしれない。

「世界的に有名って、やっぱり凄いんですね」

「そうだな」

 その盛り上がりに、楓と雅人はあんなにムカつく奴なのにと揃って心の中で毒を吐き出す。

 そうしておかないと、これからしばらくポーカーフェイスを続けなければならないのにやってられない。

「おっ。ようやく残りも来たんですね」

「その前に俺を歓待しろよ」

 居間に顔を出した庄司に対して神田が残り二人しか気にしないので、庄司はわざと肩を竦めてみせる。

 やはりマジックを披露している最中であったらしい。手にはトランプのデッキが握られていた。

「いやいや。当然歓待していますよ。よっ、社長。三十七歳おめでとうございます」

「それは今言わなくていいよ」

 神田の切り返しの早さに苦笑しつつ、こんな奴ばっかですがと庄司は二人を招き入れた。雅人と楓は素早く青龍に目を向けたが、青龍はまるで初めて会ったかのようににこにこしていた。

 相変わらず、マジシャンとして振舞っている時の奴は隙がないなと、雅人は苦々しくなる。

「こちらは氷室さんの大ファンだという及川の友人だ。仲良くやってくれ」

「へえ。及川さんの友達なんだ。氷室さんとも友達だというし、お二人は工学に関係ないとのことだし、意外と人脈が広いんですね。普段はそんな素振り全く見せないのに」

「よ、よろしくお願いします」

「まあまあ。こいつとは大学時代に知り合ってね。俺は工学部でこっちは法学部だけど、面白い奴だからさ」

 困惑する雅人に対し、しっかり航介がフォローを入れてくれる。この人物が仲介に立つと紹介された及川航介かと、初めてその顔を知ったのだがにこやかに笑う。

 あのホテルで友人経由だという話は聞いていたが、この航介がパーティーの仲介人となっているのだ。しかし、初対面の相手と友達だという設定は、これから苦戦を強いられそうだ。

「今回はありがとう」

「どういたしまして。存分に楽しんでくれよ」

 あっさりと笑顔で対応してくる航介の方が何枚も上手だなと、雅人は苦笑するしかない。

 さすがは青龍の知り合いというところか。只者ではない。

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