第32話 荷物

「確かに妙だな」

「ええ。庄司さんは何か気づくことがあったということでしょうか。あるいは、あの匂いを無視すれば、杉山さんが仕掛けたドッキリと考えられそうですけど、そう想像したのかどうか。しかもあの生臭さと鉄臭さは本物ですしね」

「ああ。間違いなく本物の血液だろう。そうだな、自分が死んだと見せかけるために血液パックでも持ち込めば別だが」

「そう簡単に手に入らないですよ」

「だよな」

 考えてみると不思議な話だ。

 青龍のカバンを捜索してみたくなるのは解る。大きなトランクやバッグと、マジック用の大きな荷物を持ち運んでいるだけあって、人が隠れそうなものがあるからだ。

 しかし、ここに二泊三日するだけの人たちは、小さなカバンしか持って来ていないだろう。それなのに探したのは不可解だった。

「まあ、動転していて荷物を出してみろと迫ったのかもしれないですけどね。その場にいなかったので想像するしかありません。それに凶器くらいならばカバンに隠せますから、それほど奇妙な行動ではないのかもしれません」

「まあな」

 真っ先に疑っておいて、その意見はどうなんだ。

 そうツッコミを入れたくなるが、あれこれと可能性を考えるのは大切なことだろう。普段の現場に残った証拠や聞き込みから犯人を割り出す刑事の手法は、この場では使えないのだ。足りない部分はあれこれと想像する。ここでは柔軟な発想が必要になる。

「ざっと調べただけですけど、荷物の中に何かが紛れ込まされている、ということもありませんでした。この部屋はもう大丈夫ですか」

 青龍が最後にそう付け加え、一応はベッドの下とクローゼットの中も見せた。当然、そこには何もなく、クローゼットは使用していないために空だった。見事に荷物はベッドの上とその付近にだけに広げられている。ステージで着用していた燕尾服さえ、ベッドの上に広げたままになっている。

「ジャケットは皺になるんだから、クローゼットを使えばいいだろ」

「面倒なんですよ。見えない場所に置くと忘れ物の原因にもなりますしね」

 雅人の苦言を青龍はそう言って却下した。

 なるほど、ベッドの上という見える場所にだけ荷物があるはずだ。普段は繊細なマジックを披露しているというのに、意外とがさつで、うっかり忘れ物をするタイプだと知ることとなった。

「では、次に行きましょうか」

「ああ」

 メンバーはそのまま航介と雅人が使う部屋へと移動した。こちらも荷物がひっくり返っているが、これは捜索された結果だった。雅人も航介もその後は庄司と合流し、雅人はそのまま現場に向かったので仕舞う暇がなかったのだ。

 そう言えば、青龍はいつの間に荷物をチェックしたのやら。雅人たちが捜査している間にマジックを披露していたから、必要なものを取りにこっそり部屋に一度戻ったというところか。片付けに関してがさつだという一面があるものの、何かと抜け目のないマジシャンだ。

「俺たちもチェックしてみましょうか」

「そうだな」

 何かが紛れ込まされている可能性もある。凶器が出て来れば、それこそ犯人にされかねない。先ほどの青龍の発言を受けて、二人は荷物を元に戻しながらチェックしてみた。だが、結果は無くなっているものも増えているものもなし。

「刑事だと先に明かしていますからね。ここに何かを紛れ込ませるのは、犯人ですと名乗り出るようなものでしょう」

「そうだな」

「竹村さんの部屋に行きましょうか」

「ああ」

 そちらも刑事がいると解っているから紛れ込ませそうにないが、荷物が散らかったままだろう。楓もまた現場に行っていたから、片付けている時間はなかった。そういうわけで、片付けがてら寄ってみることになる。

「あっ」

 だが、楓が部屋に戻ると同室の桑野の姿があった。ベッドに横になって休んでいたところに、ノックもせずに乗り込んでしまった。

「あら、刑事さんにマジシャンさん。それに及川さんまで」

「すみません、お休みのところ」

「いえ。頭が痛くて休んでいただけだから。薬も飲んだし、もう大丈夫ですよ」

 そうは言う桑野だが、顔色は明らかに悪かった。昨日のようにはきはきとした様子は見る影もない。

「無理なさらず」

「すみません。あんなことがあった上に、このじめじめした天気でしょ。どうにも頭痛がして」

「ああ。低気圧が近づくと頭が痛くなるって人がいますね」

「ええ。雨の感じからして、そんなに大きな低気圧じゃないと思っていたのに、困ったものだわ」

 それじゃあ遠慮なくと桑野は再び横になる。

 というわけで、この部屋の捜索は後回しとし、さらに女性の部屋とあって楓に一任することとなり、そのまま一行は一階に舞い戻ることになるのだった。

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